Recent Search
    You can send more Emoji when you create an account.
    Sign Up, Sign In

    itono_pi1ka1

    @itono_pi1ka1
    だいたい🕊️師弟の話。ここは捏造CP二次創作(リバテバリバ)も含むので閲覧注意。

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji 🌟 🌸 🍬
    POIPOI 33

    itono_pi1ka1

    ☆quiet follow

    やくもく決戦準備の頃。リーバルとテバが兵士の墓参りに行く話。 ※モブ兵士の死描写(軽度)を含みます。※リーバルの家族関係についての捏造設定(孤児)を含みます。 ※その他も捏造200%

    ##リト師弟
    #二次創作
    secondaryCreation
    #ゼルダの伝説
    theLegendOfZelda

    ヘブラの空墓 高い空、白い氷雪の山から吹き下ろす冷気が、からからと赤い屋根上の風車の帆を押している。
     そばに遙か上空から一羽の鳥が近づいてくる。しかしその鳥は人のように皮鎧と鋼の胸当てを着け、弓を背負っている翼の民リトの戦士であった。
     鳥はすっくと屋根に立つと、不用心にもその翼の先で回る風車に触れた。人の手指のように厚く丈夫なその翼は、勢いづいている風車の羽根にもびくともせず、その回転を止めた。静止し、花のように広がった風車の弁の姿形が露になる。
     風車のどれもが一様に青い布地に、羽根を拡げた鳥のような黄色の丸い紋章が刺繍され、縁に白の一本線が入ったセイルウィング型だ。
     
    「100年前のヘブラでも、この風車のデザインは俺の記憶とも変わらんようだな」

     リトの戦士テバは懐かしむように呟いた。
     この風雪ふうせつの大地へブラにおいて、翼ひろげた鳥の紋章は鳥人の一族リトの民の旗印だ。そして群青と白の色合いは、リトたちの敬慕する一人の戦士を象徴する。ハイラル王家より任じられて世界を救う戦いに身を投じた、群青の翼の英傑リーバルの庇護下にある街々を示すシンボルの風車だ。
     あくる日のこのへブラは東、リトの戦士たちが守護する連合軍拠点都市の一つは、穏やかな活気に満ちていた。
     
    「にゃあ」

     声につられて視線をやると、屋根の上に一匹の猫がいた。どうやら先客だったらしい。黒い身体を風車の黒い影に横たわらせているので、見落としたようだ。
     
    「おっと、悪い。昼寝の邪魔をしたか? だが、この辺りの高所はしばらくリトの空路になるんだ。戦線が落ち着くまでは人通りが多くって、あまり昼寝場所には向かないぞ」
     
     猫は目つきを鋭くしてぐるると不機嫌そうに唸ってみせたが、テバの言葉が伝わったのか、ふいとそっぽを向いて身軽に屋根を伝って他所へと離れて行った。
     屋根から細い塀の上へ、塀から器用に飛び降り街道の人込みをするりするりと抜けていくしなやかな動きは、高所から見ているとなかなか面白い。

    「さて、俺も仕事に戻らねえと……」
     
     テバは次なる仕事を探して屋根から地上に飛び降りた。着地で蹴爪が掘った砂煙が舞う。ちょうどその屋根下で呼び込みをしていた新聞売りが一瞬おどろいたように視線を白いリトの方にやったが、すぐ興味をなくしたように再び声を張り上げる。
     
    「号外!号外!赤い夜にお隠れになったとの噂だったハイラル王陛下が、なんと姫巫女様のお導きで御身満足ご無事でお帰りになったってさ!とっておきのインタビューと絵姿だよ!」
    「絵付けはへブラを代表するあのクロウバ新聞社のお抱え名画師だ!一部三十ルピー、おひとり様三部まで!さあ買った買った!」
    「ひとつちょうだいな!」「こっちにも!」
    「まいどあり!」

     声に呼ばれて寄ってきた客たちも、砂塵に目を擦りながら関心を寄せるのは屋根から降ってきたリトではなく号外新聞の方だ。翼の民の街では、誰かが空から急に降ってくることも日常茶飯事である。

    「ちょっとそこのリトの旦那!商品を買わないんならとっとと退いておくれよ!うちは休憩所じゃないんだから」
    「ん、ああ。すまん。景気よく売れているものだと感心していてな」
    「……あらっ?」

     じっとテバの顔を見つめた新聞売りが首をかしげながら顎に手を当てた。「旦那のお顔、なんだかどっかで見た覚えがあるような……」などと呟いて顎をさすり、目を細くしてテバの顔を睨みつけながら何事か考え込んでいる。
     
    「どうかしたか?」
    「いえねえ、うちの目は一度見た方のお顔は絶対に忘れない特別よい目をしているはずなんですけれどねえ……」

     なんだか嫌な予感がしてきた。テバはじりじりと後退りするように距離を取る。
     そのとき、新聞売りがあっと声を上げた。
     
    「旦那の腰に下げてるそいつ!そいつの紋章は我らが救世主のハイラル連合軍の御旗の印じゃないか。するってえと旦那はもしかして、軍のウワサの“客将”の……!?」
    「げっ」
     
     テバは慌てて自分の腰元を手で隠した。リトの翼の手は大きく、幸いにも小さいポーチ程度なら簡単に覆い隠せる。
     しかし、ただでさえ注目を集めていた新聞売りの発した感嘆するような声に、周囲の客たちが何事だろうとちらちら視線をテバの方へと向けてきている。これはまずい。
     
    「な、何でもない。こんな小さいポーチの紋印なんて、なあ? きっと見間違いだ。そうだろう。さあ、邪魔をして悪かったな!すぐに退散させてもらうぜ、いい商売を!」
    「あ、ちょっと!旦那!」
     
     言い捨てるようにまくし立て、テバは片手で腰を押さえたまま人々の視線を振り切るように駆けだした。人ごみに紛れるように活気にぎわう仮設街道へと逃げ込む。
     芝居小屋の入り口からわらわらと出て来る人並みにするりと身をすべらせて、流されないように進んで逃げる。湯屋を通り越し井戸を飛び越えてついでに屋根まで駆け上がり、上から隣の街道に躍り込んだ。
     そこまできて、テバはようやく安堵の息をついた。
     
     ──自分が参加した戦いが新聞の記事になるなんて、何だか変な気分だな。

     テバは押さえた手をどけて、腰元につけた革のポーチを見やる。そこには、伝説の厄災ガノンに対抗するために結成されたハイラル連合軍のシンボル、ハイラル王家の紋章が鮮やかな金の糸で刺繍されている。
     アッカレの大地でそれまで行方不明だったハイラル王の無事が確認されたという記事の報、その現場にテバは連合軍の戦士として居合わせた。厄災の復活した赤い夜から、雌伏の時を過ごしていたハイラル連合軍はこの吉報に大いに沸いた。姫巫女と、退魔の剣の騎士と、武略に優れた大王おおきみがいるならば、もはや伝説の存在であっても敵は無いというのが、近頃ハイリア人たちの間で強固になっている信仰心だ。
     なんと驚くべきことに、余所者を認めるのに難があるプライドの高い翼の民リトの間でも、その噂は力強い。彼らのカリスマというのは大したものなのだ。

    「まるでどこもかしこも俺の知らない土地みたいだ」

     あの風車以外は、とテバは屋根の上でからから回る群青色を見た。テバの知るヘブラ地方というのは、厳しい豪雪の土地とそこから少し離れた渓谷高原の土地で、人よりも自然の方が強く支配を拡げている。
     
    「リーバル様たちがおられなかったら、俺はここがヘブラの一部だと言われても、きっと信じなかっただろうな……」
    「おやにいさん、“里帰り”かい? 」

     テバの呟きを、すぐ傍の土産屋の店主が耳ざとく拾った。反射的にテバはまた腰のポーチを手で隠した。
     
    「手土産はもう買った? まだならうちの干果と、氷のような水晶まんじゅうの宝石箱、お勧めだよ! 大人から子供までみぃんな楽しめる、ハズレ無しの商品さ! 」
    「いや俺は……」

     ここに帰るさとはないんだ、と返そうとして、テバはくちごもった。テバが未来から来たにんげんであることは、未だ市井しせいには公になっていない。
     かと言って、ヘブラ出身でないリトと言うのも、このハイラルでは中々信じてもらえない。少数民族であるリト族は、一族同士で知らぬ顔名前は無いと言ってもいいほど、種族としてのプライドと結束が固いのだ。
     そうテバが返答に迷って嘴を開きかねているところに、一声、目の覚めるような大声が響き渡った
     
    「あーっ良いところに居る!テバ!」
     
     名を呼ばれてハッと振り向くと、何やら慌てた様子のリトの同輩が今にも転びそうなつんのめり具合で駆けてきている。まるで何かを追いかけているような様子にも見える。

    「そこの“フクタ”を取ってくれ!」
    「“フクタ”?」

     聞き慣れない単語だ。テバは“フクタ”を探して周囲に視線を走らせながら内心で首をかしげた。
     “取ってくれ”と言うからには何かの道具か物かなのだろうと思った。しかしそれにしてはまるで“人の名前” のような響きをしている。
     テバの目に映ったのは、木彫りの舟と模造の剣を持って駆けて来る子供たち。犬の鼻先につつかれて転がってくる薄汚れた手袋。急ぎの仕事なのか口に小麦パンをくわえて走る飛脚。談笑しながら歩いてくる夫婦連れ。このうちで彼が呼び示したものはどれなのか。

    「ふむ──……」

     テバは迷いなくそれ・・を取り上げた。犬の鼻をひっかかないようにぶわりと先んじて風で手袋を浮かせて、キャッチする。

    「コイツで良かったか?」
    「それだ!ああ良かったこれでオニゴッコをせずに明日の納期に間に合う!」

     大急ぎでテバの元まで駆けてきたリトの同輩は、はあーっと息をつくと「ありがとな」と言って大事そうにテバの手から“フクタオ”を受け取った。そしてオモチャにしていた布を取り上げられて足元ををキャン駆け回るキャン悪戯子犬をじろりとねめつける。「こいつめ。目を離すとすぐに道具を盗っていきやがるんだから」とその頭を撫でてやる。肩腕の筋肉の付き方からして、彼は戦士ではなく職人だろう。

    「助かったぜ、テバ。でも……お前、よく“フクタオ”がこの弓掛のことだって分かったなあ」
    「フクタオ?それが名前か?フクタじゃないのか」
    「そうだよ。うちの親父・・の名前。“フクタ”でも間違いじゃねえんだけどな」

     弓掛、と言われて見ると、手袋のように見えていたそれは右手の親指と人差し指と中指の三つ分だけを覆えるようになっており、よくハイリア人の弓兵が手を保護するために身に付ける弓掛であると知れた。

    「まあ、人の名前だということは聞いて分かったからな。そこから考えて俺たち・・・が使いそうな道具だと絞っていけば、当たりはつけられる」
    「ふうん、するってえとやっぱり、100年後でも『死人の形見に名前を遺す』っていうのは変わらんのだな。何だかちょいと不思議なもんだぜ」 

     『死人の形見に名前を遺す』とは、リトの伝統的な弔い文化の一つである。死んだ者、偉大な魂たちの名前には神聖な力があるとして、その名の言の葉を身近なものに継ぐことで共にあり続ける、というものだ。主に詩歌と口承で一族の歴史を伝え紡いできたリト族にとって、故人の名を生活の一部と変え記憶に刻み続けることは、重要な意味を持つ。
     
    「じゃあ、その道具はリトの戦士フクタオ殿の形見、というわけだな」
    「“殿”なんて、ハイリア人みたいに畏まらなくっていいよ。オレとお前と何も変わりゃんせん、戦士のひとりだったんだから」

     ハイリア人は弓掛を防具として使うが、丈夫な羽根が戦士の身体を覆っている弓掛要らずのリト族においては、弓掛は職人の道具だ。羽根が邪魔をしてうまく磨けない木目や金属の面を均一に磨き上げるために、鑢代わりのように使う。弓を扱う戦士であれば、弓の握りの太さや曲がり具合を自分の手に合わせながら磨り上げ、弓身の微妙な調整を行うために欠かせない。
       
    「見たところ、年季の入った道具のようだが……親父さんはいつ?」
    「ああ、この厄災騒動の起こり始めよりちょっと前さ。厄災のウワサが立って魔物が活発化するよりも前……まだ平和な頃に、病でぽっくりとね。こいつはもともと親父がわけえ頃から使ってたもんなんだ」

     ずいぶん最近の話だと思ったが、長年愛用してきたものだという話を聞いて、テバは納得した。個人で弓掛を用意しているとは、弓職人に頼ることなく己の手で己の弓を整備していた伝統のリトらしいリトの戦士だったのだろう。テバもいくらかは自分の弓を自分でいじれるようにと技術を学んだが、それでも職人には及ぶべくはなかった。弓掛を用いるほどの整備の腕は身に付かなかったのだ。
     
    「こだわりの強い爺さんでなあ……なかなかの弓の名手だったんだぜ?ま、リーバルには及ばんがな。もう少し長生きしておけばこんな戦いの大舞台に立てたのにって、きっと今ごろ空の上で歯噛みしてるだろうぜ。いやあ、惜しかったねえ」
     
     呆れて冗談を言うような口調だったが、その顔つきは偉大な戦士であった父親を誇りに思っている清々しさが見えた。

    「少し見ただけだが……良い道具だな。年季が入っても手入れが行き届いていて、しっかり使える」
    「はは!親父が聞いたら喜ぶだろうぜ。親父は生きてる内から『ワシが死んだら、ワシの名前はこいつに預ける』ってえ、一族郎党言い含めててな。しつっこく念押しするもんだから、みんな返事するのが面倒になって、親父が生きてる内からこっちの道具まで|“フクタオ”って呼んでみせるようになったんだ」
    「そんなことしたら、親父さんを呼んでるのか道具のことなのか分からなくなって困ったんじゃないか?」
    「その通り。だもんで、親父のことは|“フクタオ”、こいつのことは縮めて|“フクタ”って呼び分けてたんでよ。さっきの『間違いじゃない』ってのはそういうこった」
    「なるほどな……」

     納得して頷くテバの横から、「へえ~そういうもんなんですかい。リトの皆さんの風習は変わっておりますねえ」と感嘆の声が上がった。先ほど、テバを呼び止めた菓子屋の主人だ。きょとんとした顔でリトの職人が尋ね返す。
     
    「変わってるってえ……ヘブラに住んでるなら大して珍しい話でも無いだろ?リトだって隠してるわけじゃねえしよ」
    「ああ、いやね、あたしは他所から疎開してやっとこさこのヘブラに店を開きなおしたもんですから、リトの皆さんの暮らしぶりってのは見るにも聞くにも珍しいばかりでしてね」
     
     「悪い意味で言ったんじゃないんですよう」と店主が縮み上がってペコペコするのを、リトの職人は「わかってるって」と宥めた。
     
    「ほう、それなら元はどのあたりにいたんだ?」
    「アッカレですよ。厄災のウワサが立って早いうちに出てきたんで、ウワサの姫巫女様のご活躍なんかは見られませんでしたが、惨憺たる戦いがあったと聞いては自分の勘の良さに身震いして感謝していたもんです」
     
     しみじみと店主は言う。アッカレの戦いと言えば、大厄災復活の直後にテバ達が集結してすぐの戦闘だ。テバにとっても思い出深い。暴走ガーディアンが大挙して押し寄せた戦場を姫巫女ゼルダの奇跡の力・・・・が切り開き、ハイラル連合軍の再起のための起点となった戦いだ。
     
    「戦火に追われて故郷を出るのは、並大抵の覚悟ではなかったろう」
    「そうですねえ。故郷ですからねえ。よく悩んだものです。ですが、国王陛下も戦いの勝利をお約束してくだすっていますし。いずれは戻ってくるのだという決意があば、意外と何とかなるものでした……しかしそれはそれ、商いは商いです。郷に入っては郷に従え。こちらにいる限りは、ヘブラの皆さんに粗相がないように努めていきますよ」
    「うんうん、いい肝っ玉と堅実さだ。あんた、ヘブラに向いてるぜ」

     リトの職人がおだてると店主は照れたように頭をかいた。そしてすぐにその顔を引き締め「そこで、お願いっちゃあ何ですが……」とテバたちの顔をうかがう。
     
    「この機会だ、リトの旦那方にお尋ねしたい。あたしらもこれまでの商売十分に気を付けてきたつもりではありますが、やはりヘブラの地で育った方々の感性を完全には解しきれませんからね……こちらでの商いで、何か気をつけるべきことってのはございますかね?」
    「そうさなあ。取り立ててオレったちが商人に文句つけたりってことはよっぽど無礼な真似をされなきゃ無いと思うぞ。んでも、まあ……この包装はちょっと、ヘブラ好みじゃネエかもな?」

     リトの職人が指さした菓子の詰め合わせの包装には、氷雪のヘブラ山脈を象ったらしい、白い山の描かれた用紙が使われている。
     
    「ヘブラ好みではない、とは?」
    「なんつーかなあ、感覚の話なんだよ。観光地としてのヘブラで有名なのはそりゃあ渓谷に山脈に厳かで豊かな大自然!って考えるのは分かるがね。ここで長く暮らしてるニンゲンオレたちにとっちゃ、そういうのは、うっかりでもナメてちゃいらんねえ“怖ろし”のモンなんだ。なあ?」
     
     同意を求められてテバも素直に頷いた。今でこそ専ら魔物退治に専念しているリトの戦士たちだが、平時の仕事は主に遭難した旅人の山間救助だ。戦士たちは武器の取り方と共に、寒気怖気のヘブラの御山に自分の命を取られぬように、山との付き合い方を先達から厳しく指導される。
     
    「氷雪は怖ろしい不吉なものでございますか、はああ……」
    「そういうこと。な、ヘブラで物を売るんなら、氷よりも風だよ、風!氷は雪山のせいで死のイメージがつきまとって不吉だってんで皆こわがるんだ。ヘブラの自然を取り込むんなら風の意匠が一番さ。雨雲に草木の種子を運ぶ風は、豊穣の証だし、街を護るオレらリトの戦士たちの旗印でもあるからな。ご利益も景気もすこぶる良い!」
    「なぁるほど、なるほど……じゃあ、うちの水晶まんじゅうは売り方を変えた方がいいかもしれませんねえ……」

     ため息をついた店主の差し出す菓子箱を、改めてテバは覗き込んだ。葛粉だろうか、清流のように透明な生地に包まれた色とりどりの餡が見るにも鮮やか、見た目通りに味の種類も豊富と華やかなまんじゅうが詰めあわされている。そのつるりと透明なまんじゅうの表面に、まるで星を散らしたよう金銀の箔や色のついた砂糖などがまぶされているものもある。見目の整えられた、芸術品のような甘味菓子。たしかに見栄えがして食欲をそそられる。人気だと言うのもうなずけた。

     ──リーバル様の好きそうな菓子だ。

     テバがそんな感想を思ったと同時に、隣のリトの職人が嘴を開く。
     
    「“水晶”で今は売れてんなら別にいいんじゃねえか? この菓子自体はまるっとしていて、たしかに氷っぽくはないしな。特になんか、この手の見目にこだわった菓子は目ざとく気に入るだろうし……ん、どうしたんだよテバ、変な顔して?」
    「いや、俺もそう思っていたところでな。リーバル様の気に入りそうな菓子だと」
    「あっはは! お前も、ヘブラに染まって来てんなア!」

     からからとリトの職人は笑った。ばしばしと背中を叩かれるその親しみが、少し元の時代のリトの仲間達のことを思い出させて、テバは面映ゆい気持ちになった。
     
    「ようし、ここはオマエさんたちへの土産にオレが買ってやるよ。後で飛行訓練場お前らンとこまで届けてやっからさ。駄賃代わりだ」

     ◇
     
     リトの職人と商人たちと別れて、テバはまた手持無沙汰に路地の隅へと立ち尽くすことになった。。
     草をかき分け、風車をからんと回していった空気のかたまりが、人混みにぶつかってやんわりと形を失う。そして行き場の無くなった風の一ふれが、一人離れて立っている自分のもとへやってくる。
     伝説の厄災の復活という大変事に見舞われたのにもかかわらず、ハイラル連合軍は勢力を持ち直し、あちこちの復興に尽力しながら決戦への士気を高めている。
      
     (──へブラは、これほど人の息づかいを感じる土地だったんだな。)
     
     これは、未来から過去の世界にやって来たテバが最初に感心したことだ。そして今も日々新鮮に感じ続けている驚きでもある。
     道を行けば人とすれ違う。その顔ぶれはリトだけに留まらず、ゾーラ、ゲルド、ゴロン、ハイリア人にシーカー族、商人から農民から職人や役人貴族と多種多様に富んでいる。もちろん背を預けて戦う戦士たちもいる。街道とは頼りない旅人だけが細々と消えぬように草木を打ち払い道を引くものではなく、馬車に荷車にと大勢の人々の足が踏み固めて往来するものであるのが、この過去のハイラルだ。
     リト達の生きる他はわずかな観光客しか訪れない未来のリトの村とは大きく違っている。リトの村での以外の生き方を知らぬテバにとって、未来の風景は戦場よりもこれらの日常こそが驚愕の念を伴って価値観の変化をもたらしたものだった。
     しかしその驚きは同時に、自分の生きている荒廃の未来のへブラの侘しさを思い出して、少し苦々しさを覚えるものでもあるのだ。
     悪いものでは決してない。未曾有の危機にも希望をステズ立ち向かう過去の人々も、逆風に足を踏ん張って生き続ける未来の自分たちも、どちらも誇らしくある。
     ただ、ほんの少しだけ。テバには、この穏やかさの中では息がしづらいのだ。
     未来の、恐ろしいほどの静寂の大地に慣れきったテバは、このあたたかい過去の世界で一人、浮いているような気がして。
     街町が穏やかであればあるほど、テバは気分が落ち着かず、人の賑わいが活気づいていればいるほど、テバは何とも知れぬ焦燥に駈られる。未来のしんと冷え切ったヘブラの御許で弓を引きつ翼打ちつと雪にけぶった曇り空ばかり見つめてきたテバには、明るいひだまりの下では己の羽根の淀みくすんだ埃っぽい白さが目立ってしまうような気遅れがする。

    (──弱音だな)

     そのようなことを以前、共に同じ未来から来たらしい仲間たち──ゲルド族の少女ルージュ、ゴロン族の少年ユン、ゾーラ族の王子シドと話したことがある。
     四人をつなぐものは大厄災を止めること叶わなかった荒廃の未来で生きてきたことと、共通の知己である“リンク”の存在の二つだった。未来の世界で、暴走する神獣を食い止めるために共に命を懸けて戦いに臨んでくれた勇敢なる友人、リンク。シーカー族の古代技術によって100年越しに目覚めたという異質な出自のその青年は、今テバたちのいる過去の世界にも、同じ名前・同じだけの実力・同じ勇敢さを持った退魔の剣持つ勇者として存在している──ただこの過去の世界のリンクは、テバ達のことを知らない。
     未来からやってきた四人にとって、そのような時のすれ違いが生む寂しさは、いかによく見覚えた世界よく見知った伝説の歴史に触れていたとしても、自分達が“異邦の者”であることを突きつける。

    (ここは、未来から来た俺たちの“故郷さと”ではない。俺たちの世界に起こった悲劇は、俺たちが記憶と知っている通りに変わりようもないんだろう)
     
     誰も彼も明確に口にしたことはない推量だが、テバたち四人はうっすらとした確信のようにその事実を知っていた。
     そして四人はまだ幾度か戦場を共にした程度でしかないが、互いの目に宿っている寂しさそして虚空の夢を掴むような心地が同じであることは、改めて言葉を交わさずとも十分に察せられた。

    (だが──きっとあのハイリア人なら。“リンク”なら。そんなこと気にせずに目の前の人々を助けるだろうから、な)
     
     そういうことなのだ。恩を返すことに似ている。己が祖を助ける気持ちと形を同じくしている。かの友人を通して縁というものがテバたちをここへ呼んだのならば、せいぜい英雄譚に華を添えるくらいは応えて見せよう。

    (今はたった一人でも、あいつと共に神獣を下した俺たちは、100年分の想いくらいは背負ってるんだ。一騎当千とはいかずとも、百人力くらいにはならねえとな)

     それが四人いるのだ、少なくとも四百人分の力であれば、戦士たちの行く真赤い夜道の石くれを払って躓かないようにしてやることはできるだろう。テバは嘴の端を上げた。暴走する神獣を鎮めて、テバにできなかったことをやりとげてしまった友人の、最初の言葉を思い出したのだ。

    (──『知ってます』、だってよ。俺の性格も、俺の為さねば引けんことも、神獣を止められなかったら俺たちがどうなっていたのかも。あいつは、知っていたんだった)
     
     テバも知っている。リトの戦士たちが戦いを諦めなかったこと、リトの英傑が勝利を信じていたこと、テバたちの“未来”を変えたのが今のテバたちと同じようにほんの数人の気高き戦士たちであること。

    (俺たちの腕は、あいつと違って、世界には足りず自分の見知った大地一つを庇うくらいの長さしかないかもしれんが──成せぬ道理はない、為すべき道理があるだけだ)

    「ふう。やはり、どこか哨戒に行かせてもらうとするか。いくら戦況が落ち着いたとはいえ、戦士に任せたい仕事はまだ幾らでもあるはずだ」

     息のしやすい静寂を求めて、テバは足早に歩き出した。凍てつく北風を追うようにして、人の気配の少ない方へ方へと吸い寄せられる。ヘブラの寒風はそんな時、戦士の翼を誘うように寄り添うのだ──その先では、粗忽者が足を滑らせるのを、闇のように深い渓谷の底が今か今かと口を拡げて待っている。人を寄せ付けぬヘブラの大地の恐ろしさは、どんな御伽噺よりも子供によく効く寝物語であり、老いも若いも戦士ならば誰もが胸に刻む戒めである。

    (呑まれてはいけない。だが、俺たちにとって“風”は、“畏れるだけ”のものであってはならないんだ)

     誰かに言い訳をするように胸に呟いて、テバは風を追った。足並みは軽く、翼はたたんで人の波を抜ける。
     離れにある兵士たちの詰め所を目指して──……ふとテバはもう一つ別の風の流れを見つけた。塵を巻き上げ、誰彼の裾や横髪をひらひらくすぐって、まるで飛び方を覚えたばかりの子供のリトが傍を跳ねて通り抜けていくような、寒禍かんかの気というよりも明るく涼やかな風だ。
     すうっとその風が流れていくのに視線を引き寄せられて見ると、そこには自分と同じようにぽつりと人垣から離れている戦士がいた。
     鮮やかな空の青のスカーフを首に巻き、凛とした佇まいで顎に翼の手を当て思案をしているリトの若武者。
     リトの英傑リーバルが、明涼の風の主のようにそこに居た。

    (──そういえばリーバル様も、いつもお一人だな。)
     
     リーバルは激しい戦いの後で、ふらっとどこかへ行っていることがある。彼自身、最前線で味方を鼓舞し続けて疲労も濃いだろうに、休むなり食事を取るなりをする前に、拠点を抜け出ていってしまうのだ。戦闘任務の後に「先に帰ってて」と言うこともあれば、何も言わずに出かけて、そのまま帰ってきていることもある。
     その行き先は知れないが場所は同じだ。帰ってきたときのリーバルのスカーフからいつも同じラベンダーの花の香りがするので、同じ場所に行っているんだと分かる。
     
     ──香をまとってくるのだから、湯屋か、檣楼しょうろうにでも出向いているのだろうか。

     そんな推測をしてみるが、どうにも彼の凛々しく孤高の佇まいと見比べるとしっくりこない。
     今日も、一緒に戦闘任務を終えたテバが拠点の荷運びを手伝っているうちに、リーバルは「先に戻ってて」と声をかけて一人とっとと上がっていってしまったのだ。
     そんなふうに別れたリーバルをねぐらで落ち合う前に外で見つけられたのは、今日が初めてのことだった。
     
     ──きっとこれから、いつものように出掛けなさるんだろう。
     
     リーバルの振る舞いは身軽だ。故郷の危機を聞けばどんな飛脚よりも早く駆けつけて、魔物を蹴散らし嵐を巻き起こしていく。仲間たちと食卓を囲めば、料理の味に舌鼓を打ちながら調理師の腕前を的確に評して、酒は断っても談笑の輪には静かに入っている。自ら戦場を視察しては機運を読んだ策謀を練り、その慧眼は何度もリトの窮地を救ってきた。
     かと思えば、酔っ払いどもの相手に辟易して宴会場をするりと抜け出してしていることもある。孤高で自由。突風の化身のような人だ。何でも一人でやってしまうことに慣れているふうに見える。
     
     ──あの人は、過去でも未来でもリトおれたちを置いて一人で高みへといっちまうみたいだ。

     孤高の似合う英傑リーバルは、決して人徳が無いわけではない。まだ英雄と語り草になるほどではないが、リト随一の弓の腕と飛行技術を持つ戦士であり、陣地を越えた巨大な兵器・神獣ヴァ・メドーを操るその姿は、たしかに人々から慕われ、憧れを集めている。
     けれども、たとえばリトの村の内側にはあちこちに飛び立つ用のせり出しがあるように、このヘブラには風が──彼がするりと“孤”に戻れるように気を配った空隙がある。
     彼の住まい兼修行場である飛行訓練場にも、それは顕著だ。
     湖上に構えられたリトの村から少し離れたリノス峠の谷間にある訓練施設・飛行訓練場には、訓練のための設備の他、一通りの生活空間が確保されている。戦士として身を立ててからのリーバルは、そこに一人で住んでいるという。あの若さで住宅を一つ構えることができる羽振りや手腕にも驚くが、その住まいに異邦人のテバをあっさりと居候させる豪胆さにもテバは目を丸くして驚いたものだ。
     そしてリーバルが案内してくれた私有の飛行訓練場の舎屋は、とにかく広々としていた。のだ。
     最小限のキャビネット。最小限のラック。収められた最小限の日用品。部屋の中央に使い込まれた囲炉裏がなければ、人が住んでいると言われても少し疑ってしまうほど、個人的な物が少なかった。荒れ果てて物資の余裕がない未来の世界でテバが一人で通いつめている飛行訓練場と、大した差がないのだ。
     未来から喚ばれて来て家がないというテバに、彼の住まいである飛行訓練場を居候先として開放する前は、本当に一人きりで暮らしていたのだろう。
     リーバルの孤高には、いつも人々の了承がその周囲に含まれている。
     周りのリトたちも、彼がそうして一人で動くのを承知で距離を詰めすぎず、離れ過ぎずで放っている様子がある。
     リトの拠点はいつもどこか空白があるのだ。それは孤高の英雄によく似合っていて、彼と表面ばかり似たような一人者には、息がしやすい。

    (息はしやすい。だが、それだけだ。身を切る空気が冷たいのは、怖気おぞけ寒気さむけのヘブラのままだ)

     実のところ、少し寂しい気持ちがあった。テバは一人でこの過去の世界にやってきた。リーバルが孤高ならば、今のテバは孤独だ。もちろん同じ未来から来た仲間はいるが、彼らとテバは種族も生き方も異なってきた、友人一人を縁にした遠いつながりだ。
     今のテバには、自己の決断と来歴を確かめ寄る辺となるホームが無いのだ。それこそ、戦場でも生活でも世話になっているリーバルのことを除いては。
     家族や古馴染みというわけでもなし、リーバルにはリーバルの事情があって自由にしているのだから、彼の行動することにテバがアレコレ嘴を挟むなんて、出すぎた真似でしかない。
     それでもテバは、彼が自分を置いて行ってしまうことが、どうにも寂しいのだ。
     
    「置いていかれるのが寂しいなんて、雛鳥ガキじゃあるまいに……」
     
     ──我ながらダサいぜ。そう呆れて恥じ入りつつも、テバの目はやはり、あの翡翠の髪留めが揺れる後ろ姿を追ってしまう。
     リーバルは風のように軽やかに人並みを抜けていき、彼の周りにだけ混雑というものがぱっと存在を無くして、一直線に足を進めている。
     その足取りはどうやら外門を目指しているようだった。
     
    「やっぱり拠点を出ていくのか……?」

     一体どこへいくんだろう。テバは不思議に思っていたが、リーバルはあまりにも身軽にふらっといなくなるので、いつも聞くタイミングを逃していた。出かける前の彼を見つけた今日こそは、その機会なのかもしれない。
     声をかけようかどうしようかと逡巡しているテバの背後に、大きな陰が差す。

    「──墓だよ」
     
     ぬっと後ろから声がした。驚いて振り返ると、縦に積み上がった荷物箱が立っていた。いや荷物箱の塔の向こうに、丈の長い羽根飾りがついた冠兜が伸びている。あっけに取られていると、荷物の塔の横からすっと同胞リトの顔が覗き込むように出てきた。リトの戦士部隊の隊長格の男だ。
     
    「た、隊長!」
    「よう、テバ。白いのがうろちょろしてっから、お前だと思ったぜ。どうやら暇そうだな? ちょいと手伝ってくれよ。重さは何とでもなるが、前が見づらいのが難点でな。何、すぐそこの門の詰所までだからよ」

     隊長が嘴の先で示した方向は、ちょうどリーバルの後を追いかける形になる。手空きなのも本当だ。テバは頷いて、荷物を半分受け取って歩き出した。
     
    「それで……墓とは?」
    「あいつ……リーバルの行き先の話だろ? 墓だよ。あいつがふらっといなくなるのは、いっつもに行ってるんだ」

     知らずの内にテバは疑問を嘴に出していたらしい。ともあれ、この隊長はリーバルの代わりに疑問の答えをくれそうだと思って、テバは次いで尋ねた。

    「墓って……いったい誰の? 」
    「さあ、誰のかはもう分からん」
    「わからない? 」
    「へブラの大地で死んで身元の分からなくなった連中をまとめて供養してる集合墓地だからな。戦死した兵士もいれば、街で火だるまになったり魔物になぶられたりした市民もいる。中には死体の無い奴だって。リーバルも、特別誰かのためにって意識して供養してやってるわけじゃないだろう」
    「ほう……」

     集合墓地。テバの知る未来には存在しない施設だ。一度荒廃を極めたハイラルでは、集めるほどの数の人々がいないからだ。
     聞けば、リトの生活区域というよりも、雪原方面に程近いハイリア人集落に作られている施設らしい。遺体や遺留品を収めたひつぎを地下に埋め、その上に墓碑ぼひを建てる。
     リト隊長の説明を受けて、しかしテバは首をかしげた。

    「……で、その墓碑ボヒ……というのは? 」
    「へっ?」

     テバの言葉に、隊長が間抜けな声を上げて振り返る。見つめ返されたテバも困惑して、目を丸くしながら聞き返した。
     
    「だって……遺体は燃やして、死者の魂は空に還すものだろう? 死者の名前は道具に託して、俺たちの生活に刻むだろう? 遺体を始末してやれなくたって、魂はみな自分で空への帰り方を知っているハズだろう──碑を立てて一体どうするんだ? 眺めるのか?そこに魂はいないのに? 」
    「あー!ああー、そうか。お前はリトの村を出たことが無いんだって言ってたな。じゃあお前には馴染みが無いかもなあ……」
     
     首をかしげるテバに対して、隊長はうーむと唸りながら説明を試み始めた。
     
    「えーっとだな、各地にある女神像みたいなもんだ。死んだものの魂は空に還って、オレたちを見守っているから……そのことへのお礼とか、生前の恨み言とか……何かしら生きてる者から死者へ伝えたいことをだな、その墓碑を通して託すんだ」
    「託すって誰に?」
    「んん。色々あるが……それぞれの家や土地に祀ってる“妖精ヨウセイ”が、人々の祈りや弔いの気持ちを背負しょって、天にいる魂たちのところまで届けてくれている……ってのが、メジャーな話だ」
    「妖精たちが、俺たちの心に入っては祈りや弔いの気持ちをせっせと集めてるのか……」

     テバの脳裏には、過去の世界に来て初めて見かけた郵便配達員……赤い帽子をかぶり、手紙や伝言を背負ってハイラルを駆けまわっているポストマンの姿が思い浮かんだ。正直にそのイメージを伝えると、リト隊長は大笑いしながら「まあ、システムとしちゃポストマンとポストの関係に似たような話だ。流石にあそこまで汗臭くはないだろうが」と言った。
     
    「どこまでホントの話かは知らんがな。でもま、妖精たちが一人一人の心を巡り回ってたら、時間がかかっちまうだろ? せっかく祈っても弔っても、いつ届くか分かりゃしねえ。だから、早く届けてもらえるように、気持ちを集めてまとめた中継所となるがあったら便利だろう。とにかく姿が見えない死者の魂に思いが届くようにと、その弔いの気持ちをヨウセイたちに集めて持ってってもらうための場所に、の証を立てておくのさ」
    「その目印が、
    「そういうこと」
    「女神像と同じということは、やはりハイリア人の文化なのか、それは?」
    「そうだな。ハイリア人の住む街には大体どこでも墓地と、墓碑があるらしい。死んだ相手のことを思う、生きている者のための施設って感じだ」
    「だが、遺体の無い場合はともかく……埋めるだけじゃ、誰かに掘り起こされちまいそうなもんだろう」
    「そうさせないために、ひとっところに集めて管理をしてんだよ。……まあ、オレたちリトの弔いは、“火葬”が主だからな。理解しがたい気持ちはわかる」
     
     ふむ、とテバはひとまず納得したように頷いた。
     リトの弔いは、遺体を焼いて空に還す儀式が終われば、その後はさほど決まった慣習は存在しない。せいぜいが親しい人々の間でそれぞれ故人を偲びながら酒を飲む程度だ。
     リト族は同胞の遺体を見つければ、それが自分の近親縁者かどうかにこだわらず、その遺体を始末する。それは、羽や爪など、同族の死体が悪用されないようにするためだ。
     リトの服屋がリトの子供の生え替わりの時期に抜け落ちた柔らかな羽毛を使って防寒服を作るように、リト族の羽根は商品としての利用価値がある。大きさや色の多寡を問わず、質の良く丈夫な羽根だ。
     ゆえにこそ、その誇るべき翼の一部を不当に扱われぬよう、『死者の血縁と離別の炎以外は遺体に触れられない』という決まり・・・がある。
     
    「まあ、ハイリア人の死体からなにかを作ろうとしたって、髪の毛くらいしか使い道がないんじゃねえの」
    「じゃあ、リトの外では『形見に死者の名を付ける』習慣は無いのか」
    「おう。死者と同じな名前を付けるのはエンギが悪いって言って、むしろ避けるらしいぞ。これはシーカー族の方から浸透した話だったかもしれねえが」

     テバは先ほどまで一緒にいた職人のことを思い出した。彼と話した時には過去から未来でもリトの伝統が変わらないものだと伝承の遠大さに感心するような気持ちがあったが、今のリト隊長との話では、一人異なる時代からやってきた己の世間知のずれを見た寂しさがわずかに勝った。
     
    「リト達は死者を悼むためには詩を編むし、名前や偉業を覚えておきたいなら身近なものにその人の名前を魂を宿らせる……なんて、まあ若い連中はめんどくさがってる奴らもいるけどな……お前が知ってるんなら、少なくとも100年は伝統が続いてるってわけか」
    「ああ、俺の家にも死んだ爺さん婆さんの名がついたペンや絨毯がある、し……」
     
     言いかけてテバはハッと口をつぐんだ。続くはずだった言葉は、『未来には悲劇を忘れぬためにリーバル様の名前を刻んだ広場がある』というものだ。
      
    「あるし?」隊長は怪訝そうにテバの言葉を促す。
    「いや……リーバル様の名前をいただいた訓練場もある、からな。リトの文化はあまり変わっていないんだと、そう思っただけだ」

     テバはなんとか言い繕って言葉をつなげた。これは嘘ではない。100年も経てば普通リトは寿命を迎えて死んでいるのだから、テバの世界でリーバルが死んでいてもおかしなところは何もないのだ。テバの知るリーバル広場の名が、この世界とは違う悲劇の運命を辿った英雄を偲ぶものであるということを、黙っているだけ。
     
    「へええ、100年後も“名前”が残ってるなんて、リーバルのやつ、やっぱり相当すげえやつなんだなあ」
    「ああ……」
     
     幸いにも隊長はすぐに納得してくれたようだったが、テバは何だか相手を騙したような気分になって、胸の奥がちくちくとした。
     リトの死者の弔いとは、一つに死者の身体を火にくべ天に還すこと、二つに“生者は死者の名前・・を刻んだ道具・・と共に前を向くこと”。この二つで構成されている。
     死んだリトの英傑の持ち物のままになっている飛行訓練場や、悲劇の伝説の英雄の名を刻んだ村の広場なんかはわかりやすい例だ。はるか昔には、あまりの偉大さ故にヘブラの大地を為す山々にその名を残したリトの英雄もいたと言う。
     それらは、人々の生活に根差した“モノ”であるからこそ、名前を刻み残していく意味がある。
     人々が生きている限り何度も“それ”を目にし、手に取り、親しく触れ続けることで、故人の名を思い起こし続けるからこそ、弔いになる。
     つまりは、わざわざ何度も死を悼むためだけの場所を新しく誂えて祈る、という墓地の文化は、リト族の生活には馴染みが薄いのだ。

    「残された者のための施設、ね……」
    「へブラ山に近い雪原やリトの村辺りの居住区で墓場だのなんだのを管理するにゃあ、命がけの手間と苦労に見合わないってんで流行らなかったんだがね。ハイラル中央平原に近い方の集落では、ぽつぽつそういう取り組みが増えてるそうだぜ」
    「リーバル様は、その墓場を訪れて祈りを捧げていらっしゃるのか?」
    「そりゃあ、お前、祈る以外で墓場ですることなんてないだろうよ」

     当たり前だろうと隊長はそう言ったが、テバの胸内にはやはり疑問の気持ちが残った。
     テバの知るリーバルという人は、誇り高き翼の民リトの在り方を体現したような戦士だ。強者の責務を自覚し、空の支配者として己の振舞いを冠羽のてっぺんから尾羽の先までいつも気にかけて重んじている。炎舞うように風と踊り、炎熱がすべてを燃やし尽くすようにその風嵐はすべてを薙ぎ払う。上昇気流の技を編み出しリト達の常識を打ち壊した様は時代の最先端を行くようでいて、同時に彼はリトの誰よりも古典的クラシックな戦士である。
     そこにいくと、同じリト族であるリーバルがリト式の弔いをおいて、墓場まで祈りに出かけて行く理由が──よく分からない。 
     テバがそう思っていると、隣でリト隊長が喉の奥でくくく、と笑った。

    「よく分からねえって顔してるな」
    「……そんなに分かりやすいか、俺は? 」
    「リーバルにかかわることは、特に」

     まったく当然のことのように言われて、むう、とテバは唸る。
     リト隊長は「お前は別に胸の内の疑問を嘴に出しちゃいなかったよ。顔に出てただけだ」と自分頬を指差している。
     思わずテバはぺたぺたと自分の顔を触ってみたが、ますます笑われるばかりだったのですぐに止めた。
     
    「まあ、今日は、死者が出たからな。自分が預かってるへブラの軍に死者が出ると、律儀に増えちまった骨を詫びに行くみたいに墓参りに行く。この厄災に対抗する軍規模の戦いが始まってからのリーバルはずっとそうなんだ」
    「へえ……」

     テバは二の句を継ぐのに少しためらい、迷った末に声をひそめて尋ねた。「……今日は誰が死んだんだ? 」
     「ああ、ハイリア兵の斥候だよ」リト隊長はあっさりと答える。

    「ファイアチュチュに脚をとられて、そのまま焼け死んじまったとさ。俺たちみたいに翼がありゃ空へ飛び上がって逃げられたかもしれないが、ハイリア人にゃ2本脚しかないからなあ」
    「ハイリア人……」

     テバの頭にぱっと浮かんだのは、神獣ヴァ・メドーの暴走を鎮めるために協力してくれた、とある強靭なハイリア人の青年だった。翼もないのに空中で戦い抜けてしまう彼くらいになると、チュチュに絡みつかれた程度では死にそうにない。
     他にテバが知るハイリア人の姿は、故郷を焼け出されて久しく、帰る家を持たず放浪している旅人たちの姿だ。そこらを歩いて二、三もの魔物に囲まれたらすぐ気絶させられてしまうほど弱いのに、いつも何かしらを探してハイラルを巡り歩くことを止めない、好奇心の旅人たち。これは、チュチュに捕まったら死んでしまいそうな部分は納得できる。
     だが、死んだのは“兵士”だという。
     テバたちリトの戦士と同じように戦うために訓練を積んだにんげんだ。それは、どちらかというと前者の青年に近いのではないのか。

    「どうしてそのハイリア兵はチュチュに巻き込まれたんだろうな」
    「さあ? オレもそこまで詳しい状況は知らんよ。部隊が違ったからな。お前と一緒の部隊だったろ、オレは」
     
     先の任務で、テバたちへブラの防衛戦線は南西バメの丘の辺りで魔物の拠点を探して掃討作戦を構えていた。民間から魔物との遭遇報告が多く上がっている地点を洗い出して、斥候をやり、持ち帰った情報をもとに大将リーバルが作戦を立てた。
     そのリーバルの号令のもとにテバは飛べるリトの戦士を多く編成した分隊を預かって敵拠点の背後を取り、急襲した。リーバルたちのハイリア兵との混成部隊は地上で陽動を担っていたはずだ。

    「ということは、リーバル様の方の部隊にいた兵士なのか」
    「だろうな。まあ、そうでなくっても、死者の報告が上がれば墓参りには行ったと思うが」
    「自分が預かる部下の死、か……」

     言ってみて、テバは今まで自分が分隊を任された際に、その部隊の仲間が死んだ経験が無い事実を発見した。そうなるように念を入れて余裕のある作戦しか任されていないのかもしれない。合わせてリトの大将は、そういう繊細な気遣いができてしまう視野の広さを持つ人だ。歳ばかりが上なだけで、戦争に身を置いてはまだ日の浅いテバには、思いの置き所がわからない。
     考え込むテバを放って、隊長は顎をさすりながら感心するふうに殉死を遂げたハイリア兵を評する。

    「王家への忠誠心っていうの、あれはあれで凄いもんだ。オレたちだってリトの誇りのために命をかけるが、そりゃあ突き詰めれば自分のためだ。家族を護るため、自分の名誉を護るため。でもハイリア兵の奴らは王家のにんげんのために死ぬ。下手をすりゃ顔を合わせたこともない他人のためにな」
    「俺たちだって、守るべきもののために命を賭けるのは同じだろう」
    「お前には同じに見えるのかい」
    「あんたたちには違うのか? 」
     
     リト隊長は大きく首を橫に振った。

    「ああ、違うね。きっと、お前の見るのとオレたちが見るのとでリーバルが違って見えるのと同じ理屈さ」

     リト隊長はやはり至極当然そうにそう言って、テバの嘴の先を指で突く真似をした。それを咄嗟に避けてしまってから、にわかにテバは胸の辺りがちくちくした。からかわれて腹が立った訳ではない。理由はよく分からなかった。隊長の言葉に突き放されたように感じたのだろうか。
     
    「リーバル様も、そうなんだろうか」ぽつりと思わずこぼれた。
    「へっ、リーバルのことは、リーバル本人に聞いてみな。……そろそろ走っても追いつけなくなっちまうぞ」

     言われてはっと目をやると、リーバルはもう着替えを済まして詰所を出ていこうとするところだった。リト隊長はテバの腕から箱を引ったくって、しっしっと追い出すように手を払う。その気遣いに軽く黙礼して、テバは駆け出した。

    「リーバル様!」

     少し遠くから声を張って呼び掛けた。リーバルは立ち止まってきょろきょろと周囲を見渡している。声は届いたようだが、どこから呼び止められたかまでは分からなかったらしい。もう一度、リーバル様、と今度は普通の声で呼んで、テバはリーバルに追いついた。

    「ああ、そこか。何? また・・どこか報告書の不備でも思い出したのかい、テバ? 」

     からかうように言われてテバはかあっと顔が熱くなった。
     過去こちらに来たばかりの頃、テバは未来とは違い大所帯のリトたちの“軍式”とも呼べる報告様式に慣れておらず、報告書を提出するにつけて何度も事務のリトにため息をつかれていたのだ。見かねたリーバルがチェックついでに指導をしてくれるようになって、その間は報告書を書く度にテバはリーバルを探し回っていた。
     もちろん、今はもうそんなことはしていない。胸がちくちくしていたのが今度は背がむずむずするのに変わった。

    「い、いえ!それは大丈夫です。あの、今から墓地参りに行かれると聞いて」
    「隊の奴に聞いたのか。……そうだよ。それが何か?」

     テバは息を整えて、少し緊張した面持ちで言った。

    「俺も、一緒に行っても構いませんか」

     テバの言葉に、リーバルは少し驚いた顔をした。しかしそれは一瞬で、瞬きをする間もなくいつもの余裕そうな英雄の顔に戻ってしまった。ふとすれば気のせいかもしれないと思うほど微かな変化だった。

    「いいけど……別に何にも出ないよ? 本当にただ墓を見て、ちょっと花を投げ込んでくるだけだ」
    「はい。わかってます。俺が勝手にお供をしたいだけです」
    「……なら、とりあえずその鎧を着替えておいで。血の匂いがしたまま墓地に入ったら他の人を驚かせちゃうから」

     言われてテバは自分の鎧に幾らか血がついていることに気付いた。今日の戦でテバは怪我をしていないし、魔物の血は紫煙のように消えるものだから、誰か怪我した仲間の血をひっかぶったのだろう。たしかに、着替えた方が良さそうだ。
     テバが身支度をする時間を取ってから待ち合わせて行くことになり、そこで一旦リーバルとは別れた。



     墓地へと行くまでに、リーバルは二軒の店に寄った。一つは飯屋で、遅い昼飯を食った。もう一つは花屋で、墓地に供える花を買った。
     発つ前に「何にも出ないよ」と言ったのに、リーバルはテバの分まで昼飯を奢ってくれて、魚介の風味がよくきいたパエリアを嘴に運びながらテバは少しきまり悪い思いをした。自分より歳若い彼に金を使わせるということが情けなくもあり、テバがついていくと言ったから彼にこのような余計な手間をかけさせたのではないかという申し訳なさもあった。

    「気にするなって言っただろ。もう。……さあ、ここだ」
     
     墓地に着いたリーバルは、慣れた様子で墓守の小屋を尋ねて軽い挨拶をした後に、広い敷地内へと足を踏み入れた。
     柵に囲われた広い墓地はところどころに慰霊のオブジェクトや、樹木、花々が植わっており、あちこちに建てられている建築物が墓碑であることを除けば、墓地と言うよりも庭園と表す方がしっくりとくる。そしてリーバルについて中ほどまで進むと、ラベンダーの香りがした。いつもの、出かけた後のあのラベンダーの香りは、この墓地のあちこちにある見事な花壇に植えられている草花の匂いだったのだとテバは気付いた。

    「僕らリトは、死体っていうと普通その場で火葬しちゃうだろ。煙と共に魂が天に昇りますようにってさ。でもハイリア人は、死者の供養と言ったら土に埋めるらしい。僕らからするとちょっとヘンだよね」
    「リーバル様もヘンだと思われるんですか? こうして墓参りに来ているのに」
    「そりゃそうさ。僕は生まれてこの方、リト族以外の生き方をしたことがないんだもの」

     それはリト族なら誰だってそうだろう。テバだって同じだ。だからこそテバは、リーバルには別の何かがあるのではないかと期待、はたまた疑いを持って、ここについてきたのだ。
     肩透かしを食ったような気分になって、テバはぼうっと墓地の全体を見渡した。
     
    「記名の無い墓石が、ちらほらありますね」
    「ああ、それはごみ溜め・・・・だよ」
    ごみ溜め・・・・?」

     清廉な空気の漂う墓地に似つかわしくない言葉に、テバはぎょっと目を剥いた。

    「ここは、もともとはごみ置き場だったんだ。いつから始まったのかしらないが、誰かが空き地にぽいっとごみを投げ捨てて、また誰かがその真似をして投げ捨てて……繰り返す内に、みんな“ここはごみを持ち込んでも良い場所だ”って認識がくっついてしまった」
    「そんな曖昧な認識で始まったものなんですか?」

     幼子の無邪気な手遊びに、せっせと餌を運ぶ隊列を乱される働き蟻のような話である。「人は流されやすいものだよ。僕らだって士気を上げるにはそういう性質を利用してるんだから」リーバルはちょっと呆れたふうに肩を竦めて続ける。
     
    「で、そのうち死体を投げ込むやつまで現れた。ごみくらいなら普通の人でも適当に始末がつけられるけど、死体までとなると、流石に困る。不衛生だし、治安の悪化にもつながるしね」
    「なるほど。それで、そういう不届き者たちを監視をするために施設を……墓地を建てた、というわけですか」

     これはテバにもピンと来た。テバの時代にもリト達はタバンタの渓谷に風車と見張り台を一つ拵えてある。これは、渓谷に身投げ・・・をする考え無しの旅人を取っ捕まえるために用意されたものだ。人の減った未来のリトであるテバ達は死体が出ないように仕事をするが、数えきれないほどの人間が生き抗っているこの過去の世界では、いちいち数えていられない人間を止めるよりも、死体になったものを処理する方が早いのだろう。
     テバの理解にリーバルは頷く。

    「そう、街の長が税金でいっそここを墓場にしようと計画して、住民たちもそれに賛成した。それからここは墓地になった。もう10年は昔のことらしい。」
    「へえ……10年、」

     10年。リーバルからすれば、彼の半生より少し長い時間だろう。一方で10年は、未来からテバが越えてきた時間の十分の一だ。そう考えると、まだまだ新しいもののようにも感じられる。

    「墓場を作ったのに、まだ“ごみ溜め”がそのままあるんですね」
    「うん。世にはね、長年扱った道具へと愛着が沸いて、壊れたからと言ってただ捨てるには忍びないから、どうにか生き物のように“供養”してやりたいっていう人たちがいるらしいよ」

     その道具のための供養場としても、この墓地は開放されているのだとリーバルは言う。あちらの彫細工が見事な石板のしたには人形が供養される。向こうの糸巻きみたいな形の石板は職人道具ので、向こうの針山みたいな場所は、武器の供養場所だという。
     
    「武器を置いていくやつもいるんですか」テバは驚いて尋ね返した。
    「武器は、本当の本当にもう使いようがないほど壊れてしまった物だけだよ。鍛冶屋が、老齢で武器の奮えなくなった得意先から頼まれてわざわざ壊して納めに来ることもたまにあるらしいけど。勝手に持ってった誰かが街中で振り回したら、ことだからね」
    「それはそうでしょうね……」

     神妙な顔をして頷くテバを見て、ふっとリーバルは笑った。
     
    「でも、もう誰も手に取らない“がらくた”を置いていくって意味では、今もごみ溜めだ」

     素っ気ない嘴ぶりの言葉を聞いて、テバはちらとリーバルの表情を窺った。予想に反してリーバルの目つきに険はなく、遠く山際に沈む光を見つめるような望郷と断絶の静けさがあった。
     テバは一寸ちょっと息を呑み込んで、続ける言葉を変えた。

    「……ここには、人でも物でも、死んだ奴らは何でも集められて、誰かに祈って貰うことができるんですね」
    「そうだね」

     こくりと頷いたリーバルが、持ってきた花を墓碑に手向ける。白く無機質な墓石の上に色取り取りの花が供えられて、

    「よし、おわり」
    「それだけですか?」
    「花を投げ込んでくるだけって、行きに言っただろ。犠牲者それぞれをそんな手厚く弔ってやれるほどの余裕は、今の戦線には心情的にも物資的にもないからね。一律作業でおしまいにしてるんだ」

     そう言ってリーバルはふっと表情を消してしまった。さっき、この場所をごみ溜めだと呼んだのと同じ静けさだ。
     テバはまた一寸ちょっと息を呑み込んだ。今度は上手く続ける言葉を探し出せずに、沈黙が落ちる。

    「もう、そんな顔するなよ」
    「……どんな顔ですか」
    「自分にもっとできることがあったらなあって顔と、よく分からなくて何も言えないのがもどかしいって顔だ。わかった、わかった。何の話が聞きたいんだ?」

     それはあなたの方だ、と言い返したいのをぐっとこらえて、テバはずっと気になっていたことを尋ねる。

    「……リーバル様は、どうしてこの墓参りを始めたんですか?」

     リーバルはその問いかけが分かっていたかのように、さして驚いた様子もなかった。ただ、ふいと顔をそらし、墓に向き直った静かな横顔が嘴を開く。

    「うーん、今日死んだハイリア兵のことは知ってる?」
    「ファイアチュチュの爆発に巻き込まれて死んだと聞きました。斥候兵だったとも」
    「そうか。なら話は早い。死因は実際そうなんだけどね。……彼、死ぬ前にちゃんと此方の拠点まで帰ってきたんだよ」
    「全身を火に包まれて、それでなお歩いてきたと言うんですか?」
     
     テバは驚いて尋ね返した。リーバルは神妙な顔つきのまま、うん、と頷く。

    「情報を持って帰るのが斥候の仕事だからって。爆風から庇った地図を手に握りしめてさ、あちこち焼け焦げてお化けみたいな風体で番屋に駆け込んできたんだ」

     聞けば、ちょうどテバたち分隊が急行することになった隠れ拠点の情報を持ってきたのが、今日死んだ斥候兵だったという。それを聞いたテバはまた、胸の辺りがちくちくした。リト隊長にからかわれたときに感じたのと同じものだ。──それでこのちくちくするのは、罪悪感なのだと気づいた。

    「手当ては……間に合わなかったのですか」
    「ああ。やっぱりヤケドがひどくってね。へブラじゃあ炎系の魔物は滅多にいないから有効な治療薬の用意が少なくて、手は尽くしたけど助けられなかった」

     言ってからリーバルはおもむろにテバの顔を指差した。「な、何でしょう」「眉間にシワが寄ってる。凄い形相だ」テバは慌てて眉を上げて顔をほぐそうとした。それを見てリーバルはくすくすと笑う。また、“顔”でからかわれてしまったのだ。

    「医務班の奴らもね、今の君みたいに顔をしかめてたよ。火のついた地図なんか放り捨ててすぐ逃げ出せば命は助かったかもしれないのにって」

     ハイラル連合軍の軍医たちの剣幕を思い出してテバは身震いした。血を流していることにも気づかず戦場を飛び回る事の多いテバには、血気に逸る戦士たちを黙らせ、大人しくさせ、治療にひた走る彼らの恐ろしさとシビアさはよく身に染みている。

    「本当に……そうだと思ったよ。最期の言葉が、敵の情報なんてさ。むなしいったら無い。自分の身元なり、親しい人への伝言なり言えばよかったのに」

     絞り出したような声だった。ハッとしたテバが振り返る前に、低く潜められた声は続きを紡いだ。
     
    「たとえば……ミファーがこの拠点に居たんなら、彼は死なずにすんだかな」
    「え……」
    「ダルケルなら、念のために斥候を出すなんて姑息な手は使わずに兵を率いて作戦を成し遂げたかも。ウルボザだったら、そもそも寒冷な地方だからってあぐらをかかずにいろんな治療の備えを指示してたろうね」
    「リーバル様、」
     
     名を呼んで、テバがかける言葉を迷っている内に、リーバルは赤い目蓋を閉じてため息をこぼすように言葉を発した。
     
    「もし……もしも、僕じゃなくてアイツが先陣を切っていたなら、人を死なせずに戦ったのか……」

     その横顔は眉をきつく寄せ苦渋に歪んでいたが、その胸をしめつけるような表情の険しさが、彼の言葉が普段の好敵手への対抗心ではなく仲間を想う彼の優しさによって発されたものであることを示していた。
     素直ではないが、正直な方だとテバは思う。テバが瞬きをする間にリーバルは目を開けて、翡翠の瞳がきらりと輝く。いつもの自信家で、皮肉っぽい怜悧なまなざしがそこにあった。

    「まあ、ね。そういうことを考えるんだよ。僕も。こうして墓参りをする理由は、強いて言うならを振り払うためだ」
    「リーバル様も、やはり気を病まれることがお有りですか」
    「もちろんあるよ。気持ちの問題っていうのは……知らずと積もって動けなくなることもあるから、こまめに区切りをつけておくことにしてる」

     意外な話だった。リーバルという人がよく洞察に長け人に気を配る人物にであることは、テバも短い付き合いながら分かっている。しかし彼が、そのように思い悩むことがあるという事実を明け透けに話してみせるのは、普段のキザなカッコつけの青年らしくないようにテバには思えた。
     リーバル自身はまるで気に留めた様子もなく、ぶつぶつと文句を言い続けている。
     
    鬱屈うっくつを腹に抱えるだけ抱え込んで黙ってるとか、周りからすれば迷惑もいいところだよ。言わなくちゃ分からないのに、言葉にするのを怠るなんて愚策も愚策! 全然関係ないときになって爆発させるなんて、もっと時間の無駄だし。それくらいならその場で癇癪かんしゃくを起こしてすっきり吐いてくれる方がマシだ」
    「ずいぶん実感のこもった恨み言ですね」
    「そりゃもう。君は知らないだろうが、英傑が召集されたばかりの頃の姫と退魔の剣の騎士のいやァな空気ったらね、本当に鬱陶しいとしか言いようが無いものだったんだ」
    「ゼルダ姫と……あのリンクが、ですか? 」
    「姫にそっぽを向かれてあの案山子が一文字口の端っこを下げてる顔は、なかなか見物みものだったけどねえ。君、見損なったのは惜しかったね。ま、あの頃の姫よりも、今の姫の方が僕は付き合いやすくって助かるから、戻ってほしいとは思わないな」
     
     意外さの連続に、テバはぱちぱちと丸い目を瞬いた。

    「その……俺は、聞いちまってもよかったんでしょうか?」
    「何だい? 君、こういう話を何処ぞに言いふらすつもりでもあるの?」
    「と、とんでもない! 英傑様方の貴重なお話を面白おかしく扱う気はさらさらありません……!」
    「わかってるよ。未来から来た君に、そんなリーク先のツテがある筈もないし」

     慌てるテバをリーバルはまた軽くあしらってしまう。その様は彼らしい、いや本当にそうだろうか。テバは自分の見ているリーバルの人物像が揺らいで定まらなくなってしまった。

    「ええと、俺、からかわれてます?」 
    「はは!なんでだろうね。君はいつも僕のカッコつけを台無しにするから、いっそこういうことを吐き出しても良いかと思ったのかもな」
    「それは……光栄ですと言っていいんでしょうかね」
    「半分はね。半分は誇っていいだろう。で、半分は反省してくれ」
     
     しっかりと嫌味を刺されて、ぐう、とテバは頷いた。その様子を見てまたリーバルがくすくす笑う。

    「ちょうどいい。ついでにもう一つ聞いていってよ」 
    「……俺でよろしければ」
    「そうだな……僕は、この誰でも縁遠い誰かの死を悼むことができる墓地という文化に、憧れがあるのかもしれない、と思うんだ」
    「憧れ?」

     唐突な言葉だった。戦場と空以外で、この墓地という場所に向けて彼に嘴からその言葉が出ることはまったくテバの想定を越えていた。またゆらりと像がゆらいで、掴めなくなる。

    「名前と墓標とが故人への宛名代わりをしているこの墓地はさ……親と子、祖先と子孫。そういう血のつながり“ではない”縁を、受け入れることができるだろ。こういうの、リトには無いじゃないか」

     ──生まれてこの方、リト以外の生き方なんてしたこと無いもの。
     テバはそう言ったリーバルのことをふっと思い出した。リトの葬送慣習は血族の契りを重要視したものが多い。少数民族ゆえに代々と子孫を残していくことに重きを置いているのだ。子は区別なく皆で守り育てる、契りを交わして“家”に入れば
     
    「リトでは、故人の遺品を血縁にだけ形見分けるから、そうではないハイリア人式の墓が羨ましいのですか」
    「そういうこと。だからってわけじゃないけど……僕が死んだときに、君が花を手向けてくれたら、それは嬉しいことかもな」
    「リーバル様のお身内の方ではないのですか?」
    「ああ……身内はね、いないんだ」
    「いない?」
    「僕は、生まれたときから身寄りがなくってね。あるのは翡翠の脚飾りとそこに刻まれたリーバルという名前だけだった。族長の家に預けられて村の皆と家族同然に育ったけれど……この村の誰も、血縁という意味での僕の親族らしきひとはいないし、知らない」

     拾い子だったのだという。リトでは珍しいと言う程の話でもない。武者修行に出て帰らない父親せんし、事情あって子を育てきれずに村へと託して去る母親うたひめ。翼の民リトたちは互いの自由を尊ぶ。己の道は己の翼が知っているはずだからと、一人一人が己の在り様に責を持つ。一対のつがいと生涯を共にする猛禽たちとは異なる、不誠実であり誠実、合理ではなく矛盾を身内に飼うと決めた自由と尊厳の理念だ。その背をどれほど糾弾されようと嘲られようと、それらの正当性に依拠せず己の翼が選んだ道を貫くことこそが、誇り高きリトの一族だ。

    「……まあ、母親の事情がどうだったのかは僕もよく知らないんだけど。リトの村じゃ、一族の子供を悪く扱う奴はいないからね。赤子を外に放り出して野垂れ死にさせるよりは、村に置いていくことの方がずっと気の利いた選択だ。そういう意味じゃ、僕も運が良かったよ。僕はこの村みんなが家族だからね」

     ──リーバルは、オレたち村の皆の子供だよ。
     
     この過去の世界に来てから、テバが何度となくリトの同胞たちの嘴から聞いた言葉だ。
     戦士はもちろん、歌姫も酒場の主人も工房の職人も、輸送の商人も、あの意気揚々と肩で風を切る子は我が子なのだと語った。道行く子らもリーバルは皆の兄で弟だとくすくすと笑っていた。

    「でも、僕は同時に誰の子供でもないから。僕は村の誰が死んだって、その羽根を大事に持ってやることができないし、僕が死んだときだって誰もが僕の身体に触れてやることはないだろう。よくも悪くも僕は“そういう”敬意”を持たれているからね」

     リトたちの住まうヘブラには、彼の孤高を許すかぜがある。風が何物にも縛られずに吹きっ通ることを支え尊重する空隙があるのだ。テバは、それを知っている。
     
    「炎と煙だけだよ。僕が彼らの最後に渡してやれるのも、僕が彼らから受け取ることができるのも……朽ちた翼を焼き払う炎と煙だけだ。まるで戦場のようだね。せめて歌でも口ずさんでやれば、戦が終わったことくらいは伝えられるだろうけど。それだけだ。」

     テバは嘴を挟むことができなかった。 

    「だから、さ。──僕は、自分の物が欲しかった。戦士になって自分の嘴を養えるようになって、生まれたときから脚につけていたのと同じ翡翠の髪留めを買った。自分の家がほしくて、ちょっと我が儘を言って飛行訓練場を人が住めるように作ってもらった。自分だけの弓が欲しくて、オオワシの弓を作った」

     そこで一度言葉を切って、リーバルはくすりと悪戯っぽく笑った。 

    「君は、なぜ、僕の弓がオオワシの名前を持ってるかは知っているかい? 」
    「いえ、知りません」
     
     即答してしまってから、テバははっとした。英雄の根幹となる逸話が残っていないことを明かすのは、テバ達の生きる未来の悲劇をこの人に明かしてしまうのと同じことではないか。
     しかしリーバルはちらりとこちらを見たが、「じゃ、教えてあげよう」と言って深く追求してこなかった。

    「実は、弓職人の冗談が始まりなんだ。『見るも鮮やかなその紺碧の羽毛は、リトには誰も覚えがない』『あの渓谷を行くシマオタカの羽色にも似ているが、お前はそれよりはずっと大きな鳥だ』『ならきっと、お前は狩人の噂にしか聞かない伝説の鳥にして空の王者である“オオワシ”の子なんじゃないか』……ってね」
     
     ひらり、と手を振り上げてリーバルはその紺碧の羽毛をテバに見せるようにした。

    「オオワシ……」
    「なかなか気がきいてるだろう。くちだけじゃなくって職人としても腕利きな奴さ。今度、君の弓も見てもらうと良い。僕の紹介なら、そうぼったくられることもないから」
    「……はい。ぜひ」

     テバの返答に穏やかに目を細めたリーバルは、徐にすいと表情を消した。何を語られるのか、テバは知れず身を固くした。

    「僕は間違いなく幸福と幸運に恵まれた戦士だ。沢山の家族。沢山の仲間。今は動乱にあっても、このハイラルはいずれ長い平穏の未来を迎えるだろう。だけれども、僕は満たされてはいない。故郷を護りたい。仲間たちを一人も欠けさせたくない。でも自分の中にある一番大事なものは、己がすり減るほど希求しているものは、『ただ誰も見ぬ天上を飛び続けること』だと叫んでいる心があるんだ。」 
     
     それは、ひたと己の天分と道を見据えた戦士の言葉だった。
     
    「それが、僕は時々恐ろしくなるよ。もし僕が、何の契りにも血族の情にも縛られず飛べるが故に、欲望ゆめに溺れたら──。そうでなくとも、何か不慮の原因・・・・・で僕が己を律する理が機能しなくなってしまったら──……そのとき、いったいが僕を戒めてくれるのだろうね?」

     それは、己の孤高が無形のものに支えられている自覚を持つ青年の言葉だった。
     
    「このリトに──僕より強い人はいないからね」

     そこに居たのは、孤高の英雄だ。見慣れた姿に、見慣れない惜寂の翡翠を埋め込んだ一人の英雄だ。

    「あなたは、……」

     テバの嘴からは、考えるよりも先に声が出た。あなたは。何だと言いたいのだろう。分からない言葉の続きを探してテバの思考は急速に回転し始めた。そんな沈黙を見ているリーバルの方は、黙り込んだテバを急かすでもなくじっと続く言葉を待ってくれている。

     ──そうだ。へブラの英雄は、いつもずっと、そんな方だ。
     
    「あなたは……あなたは、それでいいんです。あなたがただ飛び続けるために飛んでいく姿に、俺たちは導かれている。だから“そのまま”で良いのです。強さを求めて強くなる。飛ぶことを求めて飛び続ける。“目的や意義なんて後でいい”。それがあなたの高潔さだ。俺たちリトの戦士が憧れて止まないあなたの美しさなんです。」

     分かり切ったことを立て並べている、そんな自覚はあった。だが、その当たり前は、テバが生きる未来の時代ゆえの知識だ。とうに彼のゆめが途絶え、ただその残光に魅せられた鳥たちが星を追って飛び立つことを重ね続けた未来であるがゆえに。

    「孤高の英雄リーバル、俺の憧れた英雄。どうか好きなように飛び続けてくださいよ。俺たちがあなたの飛んだ軌跡に歌を紡ぎましょう。あなたが向かった先の光にこそ誇りを語りましょう。何も気負わなくて良いのです。あなたが飛びたいまま飛んだ、その後を追う俺たちが、あなたの孤高の生き様に意義をつくります」
    「君たちが?」
    「そうです。あなたが気儘に飛び続けることと、あなたが故郷を慈しみ仲間を愛することに、なんら矛盾はない。リーバル様が負い目を感じる必要なんて無いんです」
    「でも……」
     
     否定の嘴が開いたがしかし続く言葉はなく、リーバルの翡翠の目はゆらゆらと揺れている。テバはその目を真っ直ぐと見据えながら胸の前に拳をつくり、彼の前にひざまづいた。
     
    「それでも。優しいあなたが俺たちに後ろ髪を引かれて、翼が鈍ってしまうと言うなら。どうかひとつだけ無礼を許して頂きたい」
    「……なんだい?」
    「“俺”があなたの前に立つことを。俺が、あなたを追い、あなたを越えて、リトの英雄さえ知らない空の先の先を見据えたその時は。──“俺”をあなたの視線の先に焼き付けることを!」

     発されたのは、恭しい態度に似つかず、このヘブラに吹き通る孤高のみちを、霜を踏み砕くかのように無粋に立ち入る言葉だった。けれどテバは、未来から来た一人きりの戦士は、彼の人の孤高を囲む風の一つではない。願ってもそのようにはなれない。

     ──だから・・・、俺はこの人の羽根に触れられるのだ。
     
    「ずるいね……ああ、ひどい“ずる”だぜ、テバ。君の憧憬の先は僕じゃないくせに、君は僕の先に立って飛んでいくんだから」
    「俺に憧憬なんて焼き付けた、あなたの責任ですよ」

     責任。そうだ。この人に問うべき責なんてものは、たった一つだけだ。

    「このリトに、魔物にくれてやる命など草の根の一つだって無いと豪語したあなたの言葉を、あなたを信じた俺たちを、どうかウソつきにはしないでくださいよ──……俺の英雄・・・・は、そんな不格好を許す方じゃない筈だ」

     ──きっとこの人が好きそうな言葉を選べた、とテバは少しの自信を持って彼の目をまっすぐと見据えた。
     
    「──ハ!あたりまえじゃないか。僕がいる限り、この村にも、いいや、へブラのどこにも、厄災の手先なんて一歩も踏み入らせない。ハイラルからだっていずれは追い出してやるとも」

     今度こそ見慣れた彼のシニカルさで「立ってくれよ、同胞」と呼びかける声に、テバは素直に従い立ち上がる。

    「他の場所は、僕ではない誰かが同じように奮い立っている筈さ。──ハイラルは、そういう誇りある大地だから」

     そう言って遠く見やる彼の目には、今もハイラルの各地で戦う連合軍の仲間の姿が浮かんでいるのだろうか。
     テバは、急に彼の弓に結わえ付けてある青い布の由来が分かった気がした。
     100年続くオオワシの弓の製法の一つ、群青に染める弓身とそれに結わえる英傑の衣と同じ青い布。
     それはきっとリトの英傑として、彼が己の力だけで手にした縁なのだ。
     家族や恋人といった血や情念のつながりではない、同じ志で心が通いあった仲間。リトの葬送の営みのなかで、誰かの名を冠した物を受け継ぐことも、自分の名を預けた物を誰かに遺すこともできないかもしれないと悩んだ一人きりの青年には、村の外で掴んだ他者との縁は、かけがえのない喜びだったのだろう。
     だから、“自分の物”にあの青色を加えたかったのではないかと、テバは思うのだ。群青に空色、そして白。青空にからから回るセイルウィングの風車たち、どれもが“彼の色”だ。

    「もちろん、──“他の時代”にも、ね。僕には敵わなくとも……誇り高い戦士の志が受け継がれていることは、期待してもいいんだろう?」
    「はい──はい、もちろんです! 」

     振り返ったリーバルのこちらを試すような挑発的な翡翠の眼差しに、テバは負けじと目に力を込めて強く頷いて見せた。
     
    「俺は、リトの戦士が一人としてあなたの名とほまれをきっと忘れません。他の誰にもだって、きっと俺が忘れさせやしない。約束しましょう。きっとです」
    「あのねえ。そんなに慕っても、君の生きる未来に僕がしてやれることなんて無いっていうのに。君は本当に、どうしようもなく熱心なやつだね」
    「性分なんですよ」
    「それは周りが苦労しただろうな」
    「ご明察ですね」
    「まったく、褒められたことじゃないぞ」

     呆れたため息をついて、リーバルはふいっと顔をそっぽにやってしまった。彼の雄弁な翡翠の瞳は見えなくなり、代わりに彼の群青の後ろ髪を留める翡翠の髪留めが、からころとテバの視界で揺れた。
     
    「君が未来へ帰ったら、うちに残った君が使った荷物は、全部ここに捨ててやる。名前をつけて、大事に持ってやるなんてしない。──風の強い日に燃やして、煙は天に返して、灰かすは綺麗に磨いた石板いしいたで蓋をして、捨てるんだ。墓と間違われないように、僕の名義で場所を借りてあげよう」

     遠く離れた時の向こうからやってきたテバは、この青年にとって、近くて遠いリトの身内か、遠いから近い他の縁か、どちらに映っているのか。はっきりとどちらかなんて、この青年は決して嘴にはしないだろう。
     ──けれど。
     
    「いつか村の誰も持っていかない僕の遺品があったら、同じように捨ててもらうとするよ」
    「そんなものなさそうですがね」
    「さあ、分からないぞ。彼らは変なところで気を回すからね。一人くらい、僕が通っていたことを思い出して供養する奴がいるかもしれない」
    「賭けでもしますか? 」
    「いいぜ? もちろん、取り分は未来の僕が貰うけどね! 」

     勝ち誇るような言葉と共に、ようやく青年が此方を向き直る。皮肉っぽく笑う青年の、しかし声は明るい。それは人々の前に立つために彼が作りあげた、英雄としての振る舞いなのかもしれない。憧憬を目に浮かべるテバすらも、その偶像を与えられているだけかもしれない。

    「さ、用は済んだし。帰ろう、テバ」
    「はい、リーバル様。帰りましょう」

     けれど──、テバは少し、自惚うぬぼれてもいいように思うのだ。変わらない風車の景色。身を切る空気の冷たさ。息のしやすい孤禽の巣。翼の民のものではない、遠い、いなくなった誰かのための空っぽの石碑。今この時の流れを飛ぶ中で一人きりの自分は、彼が青い綺羅の中に隠した一人きりの彼と、ほんの少しだけ同じ風が見えているから。
     
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    👏👏🙏💖💗
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    related works

    recommended works