疲れた時には甘いものを.
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「司くん、委員会が終わった後、少し時間をもらえるかい?」
意図はわからないが、何となく了承すると、屋上で待っているね、と、類は柔らかい微笑みを見せた後、上へと続く階段に登っていった。
今日は点検日でワンダーステージの公演も練習も休みになった。とはいえ、学生であるオレたちは勉学と言う本分もあるため暇ではない。特に学級委員会に入っているオレは、近いうちに開催予定の学園祭に向けて、一般生徒より早く準備に関わり、今週は今日が三回目の委員会となる。
少し息苦しく感じてきた時に見る恋人の笑顔はよく染みるな、なんて思いながら、委員会へ急いだ。
◇
「類、まだいるか? 待たせてすまん!」
「大丈夫だよ。委員会お疲れ様」
予想より少し長引いてしまった委員会が終わった途端、誰よりも早く会議室から飛び出たオレは、ほんの少しの心配に急かされ約束の屋上へ駆け登った。金属の柵を背に座っている類の姿を確認したら、無意識に入れていた肩の力も抜けた。
「何か用事でもあったか?」
「うん、とても大事な用事だね。ほら、ここに座っておくれ」
オレが近づくと類はそう返事しながら両足を少し開き、真ん中にできたスペースをぽん、ぽんと軽く叩いた。
「な、なんだ。用事なら立ってても聞けるだろう」
「うーん、座ってもらわないとできない用事なんだ」
「な、なんだそれは」
「まあまあまあ」
警戒するオレに構わず、今度は急かすように腕を握ってきた。といっても、類の指は導くだけで、少しでも反抗すれば拒めるほどの力しか感じないのに、何故か振り払えなかった。気が付けばすっかり指示通り類の腕の中に収まってしまった自分の流されやすさが少し悔しい。
「今日も、沢山輝いていたね」
「っ」
左耳に触れるか触れないかの距離で、さっきの軽い口調と打って変わったような、ハスキーな低音が耳元に響く。思わずゴクリと唾を飲んだ。
「朝の体育で大活躍したの、窓から見たよ。すごく、格好よかった」
「……そ、そうだろうっ」
「うん、ますます好きになった」
「……っっ」
類は毎日「好き」をあらゆる場面で伝えてくる。付き合って暫く経つのに、そう言われるたび、慣れないオレの心臓はドクン、ドクンと奥から胸を押し上げる。
「合同の音楽の授業、先生にも褒められたけど、司くんのソロが今日もとても綺麗で、今でも頭の中で響いているよ」
「お、おおげさだ……っ」
「ううん、本当さ。このように、」
柔らかい言葉が終わらないうちに右の耳を覆われたかと思うと、
『大好きな司くんの声が……こんな風に、響くんだ』
「っっ……!!」
反対側から吐息が耳にかかるほどの距離で一文字一文字注がれた囁きは、逃げ場を失い、言われた通りオレの脳内を反響する。
「ぁ……っ」
『好きだよ、司くん』
「んっ……」
類のほんのりカサついた指先が声や熱い吐息と共に耳に触れて、つぅ、とゆっくりなぞられると、思わず肩を小さく跳ねさせた。
類の声が、好きだ。
「司くんの太陽のような笑顔も、虹のような七色の歌声も、目が離せないようなダンスも……」
オレを心から惜しみなく賞賛するその声が、
「いかなる時も僕の期待に全力で応える姿も……」
大好きだ。
『大好きだよ』
「っ、ぁ……るぃ」
元からぼんやりとしか見ていない互いの四本の足の輪郭がますます曖昧になり、背中の暖かさに包み込まれるように体が沈み、視界が溶けていく。
「る、い」
「ふふ。なんだい?」
「もっと……もっと、言ってくれ」
「何度でも言おう。『好き、好きだよ、司くん』
「~~……っ!」
はあ、と上下する胸が息を早くする。
「も、もっと……」
ちゅ。小さなリップ音に続き、甘い愛が降りかかり、耳を中心に痺れるような感覚が全身に広がっていく。
溺れていく。
……いつの間にか思考が奪われてしまい、何分経ったかも分からなくなった。スピーカーから流れる下校時間の鐘の音でようやく我に返った。
「っ!……」
「おや、時間切れだ。残念だけれど、帰らないといけないね。……立てそうかい?」
「うん……あ、あれっ」
「おっと……」
耳を覆っていた少し熱い手が、オレを支えていた腕が引かれて、身を起こそうとすると、立つどころか、座っているのも危うく、倒れそうになったオレの背中に再び類の腕が回った。
少し向きが変わったことで類の顔が見えるようになったが、きっと今のオレは情けない顔しているに違いないから、あまり見ないでほしい。
「フフ。少しやりすぎたかな?」
「う……ど、どうしたんだ、急に、こんな」
「司くん、少し疲れているように見えてね。あっ、さっき君に言ったことに何一つ偽りはないよ。今日も驚くぐらいに輝いているんだ。でも、だからこそ、恋人の僕から、頑張る司くんにエールを送らなくちゃと思ってね」
「そ……そう、か」
いつもの悪戯っぽい話し方を全部ポケットの奥に仕舞われたかのような砂糖漬けのセリフに、さっきの余韻が更に続いてしまいそうだ。
「……嫌だったかい?」
「そ、そんなことはない。…………すき、だった」
「よかった。疲れたら、またいつでも呼んで?」
そう言われ、頷こうとしたが、下へと向きかけた顔を類の手によって上へ向かせられ、今度は口の中にとろんとした甘さが広がった。