眠たげな君と夜の声.
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画面上に現れては消えていく文字は、計十パターンになった。時刻は夜十一時。逆算すれば、この無為に終わる時間を三十分続けたことになる。いや、まだ終わらずに続いているのだから、今この瞬間にも全てが有意義になるかもしれない。
『今度の休み、デートに行かないかい?』という簡単な一文を、最後まで打って、送信すればいい話だ。今頃の小学生にも指一本でできる。そう難しい話ではない。なのに何だろう、この無駄に速まる心臓の鼓動と、滲む手汗は。
やっぱり、また明日にでも伝えよう。そう思いながら電源ボタンを軽く押して、スマートフォンの画面を胸に当てながら、深呼吸した。
「いやいや、それができなかったからこうしてメッセージを送ろうとしていたのではないか僕……!!」
現実から背いていた目をカッと開かせ、再びスマートフォンのメッセージアプリを起動した。今日、学校で見た彼の眩しい笑顔と、僕の名を呼ぶ元気な声が蘇る。こんな真っ暗な夜の空でも明るく照らす、太陽の光を彷彿させるような彼を、僕は今日こそ初めてのデートに誘うんだ。絶対に。
別に、催促をされた訳ではない。付き合いたての僕達にはまだまだ時間がある。けれど今の時期、今回の休みを逃したら次のチャンスは2ヵ月後になる。それでは僕が耐えられない。色々と。欲を言えば今すぐに日本が週休三日になって、そのうち一日を司くんと過ごすのに使いたいぐらいだ。
『~♪』
「ん?」
スマートフォンを握りながらそんなどうしようもないことをだらだら考えていたら、聞きなれた通信音が耳に入った。まさか、以心伝心……と口元にやけそうになりながら画面をよく見てみたら、通話を応じるボタンも拒否するボタンもなく、代わりに表示されたのは通話を切るボタンのみ。
「!!!!!?」
いつの間に通話を押してしまったと気付き、急いで切ったのが更にいけなかった。何故なら指がボタンに触れた瞬間、司くんが電話に一瞬出ていたのが見えたのだ。
「……さ、最悪だ……! 違う、違うんだ司くん……!!」
パニックって震えた指を何とか制御してとりあえず「ごめん」だけでも送ろうとしたら、それよりも早く電話がかかってきた。
「は、はい!! 神代類です!!」
『る、るい……? どうした……?』
戸惑いに満ちた彼の声を聞いて、僕はドリルで部屋の地面に穴を開けたくなった。
「ご、ごめん、間違えて通話ボタン押しちゃってたみたいなんだ……起こしちゃったかい……??」
『んぅ……だいじょうぶ……まだ……寝たばかりだから……』
それはどう聞いてもレム睡眠から無理やり起こされた状態の声だけれど。切腹してから穴に入りたいと思う。
「わ、悪いことをしたねぇ……」
『うぅん……こうして……寝ながら類の声が聞けるの、初めてだから、嬉しい……ぞ……』
語尾があがっていく彼は本当に嬉しそうで、どうしよう、恋人が可愛くて、先週ショッピングモールでつい黄色い星型のクッションを買ってしまったのだけれど、恋人が可愛くて、そのクッションを抱き潰してしまいそうだ。
「っっ……僕、も、司くんの声が聞けて、嬉しいよ……!」
『ん……るい、なにか、用事があったのか……?』
「いや、 …………えっと、」
『……るい?』
クッションの布の匂いとふわふわした生地が頬を撫でる。
「……今度の休み、さ、で、デートに……行かない、かい?」
返事はすぐには返ってこなかった。もうこのまま司くん色のクッションに顔を埋めて窒息死したい。
『い……』
「へ? い、今何か言ったかい??」
『……いい、ぞ』
あっ、今、一瞬時間が止まったかもしれない。
「あ、ぁっ、ありがとう、司くん……!」
『こ、こちら、こそ……どこに行きたいか、もう、考えたのか?』
「う、うん。いくつか候補があるんだ。詳細はまた明日、教えるね」
『わかった。 ……デート、楽しみだ』
「僕もだよ……! ……本当に、ありがとう。いい夢が見れそうだ」
『……そう言って、二時三時まで、夜更かし……するなよ……』
「今から布団入るから! ……おやすみ、司くん」
『ん……おやすみ、る、ぃ……』
段々小さくなる彼の声に続き、寝息が聞こえてきたのを確認して、名残惜しくも通話を切った。
嬉しくて、今の勢いのままデートプランをノートにまとめようとも思ったが、彼と一緒に眠りに落ちれるなら、と、有言実行して僕も布団に入った。