秘密の攻防ミーティングルームで、リュウジさんと浜松さんが話をしている。おそらくこないだの戦闘についてだろう。それを眺めながら、ナガラと羽島指令長にもらったお菓子を食べている。これ究極おいしいぞと限定のポテトチップスを次から次へと口に入れるナガラを横目に、僕はリュウジさんの背中、いや、うなじを見つめていた。
超進化研究所のジャンバーの襟から見えるか見えないかのところ。そこに僕だけしかしらない跡があった。少し距離があるので、ここからではよく見えない。きっと本人も知らないだろう。しかし、そこに確実に僕が刻まれていると思うと高揚感が湧いてくる。
これは好奇心による行動だった。リュウジさんはいつも冷静沈着でクールである。巨大怪物体の戦闘中でも、焦ったところをほとんど見たことがない。そんなリュウジさんを困らせてみたい。焦ったところを見てみたい。それが自分が原因だったらもっといい。そんな子供じみた好奇心。いつもだったら、大人のリュウジさんに釣り合うように背伸びをしているけれど、所詮僕はまだ小学六年生なのだ。今回は子供であるという事実を、存分に行使しようと思う。
「資料の確認ありがとうございます。羽島指令長に提出してきます」
話が終わったのだろう。リュウジさんがミーティングルームから出て行こうとする。その背中に向かって、リュウジくんと浜松さんが呼びかける。なんですかとリュウジさんは足を止めた。
「首、虫に刺されてるよ」
「首?」
そう指摘され、首へ視線を落とすリュウジさんに後ろ後ろと浜松さんが指をさす。それに釣られて、リュウジさんがうなじに手を添えて、あぁとこぼした。
やっと気づいたなとクスリと僕は笑う。見えないところだったら好きにしていいと言ったのはリュウジさんだ。だから、リュウジさんが寝ている隙に、密かに付けた。リュウジさんには見えないところ。言いつけを破ったわけじゃない。
真面目でクールなリュウジさんが、キスマークをつけてきたのだ。果たしてリュウジさんはどんな反応をするだろうか。赤面するだろうか。焦るだろうか。それとも必死に言い訳を探すだろうか。そのどれもが、僕が原因だと思うとやはりゾクゾクする。
「虫じゃないですよ」
僕の予想を反して、リュウジさんは涼しい顔でそう言ってのける。要領を得ていない浜松さんに向かって、さらに口を開く。
「犬に噛まれたんです。しつけのなってない犬に」
困惑する浜松さん越しに、リュウジさんと目が合った。そして、ニヤリと笑った。
「シマカゼもうなじ刺されてるぞ」
リュウジさんの一言に、僕はバッとうなじを手で押さえた。そこがなんとなく熱い。その熱がリュウジさんから与えられたものを思い出させ、僕の身体の温度はどんどん上昇していく。僕も見えないところだったらいいですよと確かに言った。けれどもリュウジさんは決して跡を残そうとしなかった。それが寂しいと思っていたが、僕の知らないうちに残してくれていたのだ。ここはジャケットの襟で見えないところ。そして、僕の見えないところでもある。しかし、ここにはナガラも浜松さんもいる。わざわざこんなところで言わなくてもいいのにと、僕は心の中で毒吐く。二人に見られて、なんて言い訳すればいいのか。どうやって誤魔化せばいいのか。僕が一人であわあわしていると、羽島指令長が待っているのでとリュウジさんは行ってしまった。寂しげにリュウジさんが出て行った扉を見つめていると、どこ刺されたんだとナガラが襟の中を覗き込んできた。
「だ、大丈夫だよ!」
「ムヒ塗ってやるよ」
持ち歩いてるんだぜと、無駄に準備の良い弟を呪いながら、引き剥がすために水色の服を掴む。しかし、あれ?というナガラの声にその行動を中断させられた。
「どこも刺されてないぞ」
「え?」
浜松さんも見てと、ナガラに呼ばれた浜松さんも襟の中を覗き込むが、綺麗なもんだよと言うだけだった。
「見間違えたのかな」
「そうかもね」
ナガラと浜松さんが出した結論に、そうだねと僕も頷いておいた。
そもそもあの位置で僕のうなじが見えるわけがないのだ。僕の悪戯への仕返しなのだろう。リュウジさんは真面目でクールな人である。でも、僕の前では少し子どもっぽいところもある。それは僕だけが知っていることだった。