嵐の後に一泊二日でリュウジさんが大宮に研修に行くという噂を聞きつけ、僕も行きたいですとワガママを言ったのは一週間前のことだ。
僕ももう高校二年生になっていたから、進路の参考にしたいとか言えば、羽島指令長は簡単に許してくれた。もうとっくに運転士は引退しているが、リュウジさんとの繋がりが欲しくて、お手伝いとして超進化研究所に出入りしている。それで、僕も超進化研究所の職員になることに興味があると勘違いされたのかもしれない。静岡の船舶関係の大学に進学することをずいぶん前から決めているというのに。でも、この勘違いでリュウジさんとの一泊二日の旅に行けることになったのだから構いやしない。
そうニコニコしていられたのは行きの新幹線の中だけで、いざ研修を一緒に受けると大変だった。長時間の座学や現場での実務研修など、やっぱり超進化研究所の職員たちはすごいなと改めて思う。
「大丈夫だったか?」
研修が終わり、大宮支部から今日泊まるビジネスホテルへの道すがら、リュウジさんは疲れ切っている僕の顔を覗き込む。
「社会人ってすごいですね」
それに今日抱いた感想を口にすれば、社会人の体験ができたなら良かったと頭を撫でてくれた。
チェックインを済まし、部屋に入る。気心知れた仲というのもあって、部屋はツインだった。リュウジさんと一緒に寝ると思うと、ドキドキしてしまう。
「シャワー先に使っていてくれ。羽島指令長に報告してくる」
そんな僕を尻目に、リュウジさんはそう言うと出て行ってしまった。一人残された部屋で、少しつまらないなと思いつつ、お言葉に甘えて先にシャワーを浴びた。
それからホテルにあったパジャマを着て出てくると、ちょうどリュウジさんが帰ってきたところだった。
手に持っていた炭酸飲料のペットボトルを差し出され、ありがとうございますと僕は受け取る。
「慣れない研修で疲れただろう。先に寝ていてもいいぞ」
そして、そう言い残すとリュウジさんはユニットバスに消えていった。
慣れない研修と慣れないホテルだからだろうが、リュウジさんはいつも以上に僕の世話を焼いてくれる。それが面白くなくて、ボフンとベッドに体を投げ出す。
そうしていると、リュウジさんがシャワーを浴びる音が聞こえてきた。それにドキリと心臓が跳ねる。そういえば、前に似たようなことがあったなと思い出す。確かあの時はナガラもいた。シンカリオンで出動して、台風で帰れなくなって、一緒にビジネスホテルに泊まったのだ。
あのときも、リュウジさんは弟の面倒を見るように甲斐甲斐しく世話を焼いてくれた。今日だって、リュウジさんに世話になってばかりだ。リュウジさんにとって、僕はまだ弟のような存在なのだろうか。
出会った頃のリュウジさんと同い年になって、少しは大人としてみてくれるようになると期待していたがそんなことはない。結局、僕たちの年齢差はずっと一緒で、僕が大人になった分、リュウジさんはもっと大人になっていく。埋まらない差がもどかしい。
シャワーの音が止まり、ドライヤーの音が聞こえてきた。それから程なくして、ガチャリとリュウジさんがユニットバスから出てくる。それをベットに突っ伏したまま眺めていると、不意にこちらへ視線を向けてきたリュウジさんと目が合う。それでドキリとまた跳ねた心臓を誤魔化すように、枕に顔を埋めた。
リュウジさんが動く気配がする。顔を埋めたままそれを追っていくと僕の近くで立ち止まった。そして、ベットが小さく揺れる。リュウジさんが僕のベットに腰を下ろしたのだ。
「大丈夫か?」
そう言って頭を撫でられ、なんだかいたたまれない気持ちになる。
「ビジネスホテルに一緒に泊まるのは二回目だな」
「そうですね」
リュウジさんもあのときのことを覚えているようで嬉しくなる。
「あのときは、ホテルのパジャマはブカブカだったな」
だって、あのときの僕はまだ小学生。クラスでは大きい方だったけど、リュウジさんを見上げてばかりだった。
「今はぴったりだ。大きくなった」
「あのときのリュウジさんと同い歳になりました」
「早いものだな」
でも、今は違う。あのときのリュウジさんと同じ歳になって、背丈もほとんど変わらなくなった。あのときブカブカだったパジャマもピッタリなのだ。僕はそれだけ大人になったのだ。だから、そろそろ子ども扱いはやめてほしい。
「あの、一緒に寝てもいいですか?」
あのときとは違う。僕はもう何も知らない子どもじゃない。
「流石にあのときと違って狭いだろ」
「そうですけど……」
そうやって正論で返されると怯みそうになる。でも、リュウジさんとホテルに泊まることなんてもうないかもしれない。このチャンスを逃すわけにはいかない。
「あのときだって、下心はありました」
だから、そんなことを口走っていた。
「リュウジさんと一緒に寝たいって……」
寝れないからだとか、ベッドが広いからだとか、リュウジさんも疲れてるからだとか、必死に理由をつけて一緒に寝てほしいと懇願した。それほどまでに必死だったのは、ただただリュウジさんと同じベッドで寝たかったから。疲れたリュウジさんへの気遣いなんかじゃなくて、ただの自分のエゴ。今だって、リュウジさんにあわよくば手を出してほしくてそんなことを言っている。
「今も昔もシマカゼはかわいいよ」
「子ども扱いしないでください」
子どもの可愛いワガママなんかじゃないのに、リュウジさんにとりあってもらえなくて悔しい。そう顔をしかめていると、子ども扱いしてるんじゃないとリュウジさんは言う。
「かわいいから大切にしたいんだ」
そして、優しくほおを撫でなれる。それだけで絆されそうになる。
「十八になって、まだ俺のことが好きだったら誘っておいで」
「へ?」
リュウジさんの言葉をうまく咀嚼できない。つまり、僕のリュウジさんへの気持ちはバレていて、今夜あわよくば手を出してもらおうという目論見さえも見透かされていということだ。その事実にカッと顔が熱くなる。
「そのときはちゃんといただいてやろう」
そして、続く言葉に内から熱が湧いてくる。
「そんなの、好きに決まってます!」
ビジネスホテルの決して大きいとは言えない部屋で、僕とリュウジさんがいる。そんなの今すぐにでも手を出して欲しい。だって、リュウジさんのことが好きだから。十八になっても、もっともっと大きくなっても、リュウジさんが好きに決まっているから。待ってる時間がもったいない。しかし、シマカゼは性急だなとリュウジさんは困ったように笑うだけ。
「俺はシマカゼに対して誠実でありたいんだ」
だからとリュウジさんの顔が近づいてくる。
「あっ……」
それに呆気に取られている間に、唇を重ねられていた。
「今夜はこれで我慢してくれ」
リュウジさんにここまで言われたら、わかりましたと頷くしかない。でも、さっきのキスで僕の身体はどうしようもなく反応してしまう。
「十八になったら、ちゃんと責任取ってくださいよ」
だから、これくらいの恨み言を言うくらいは許してほしい。