かわいい子には旅させよ「修学旅行? 行ってきていいぞ」
「へ?」
予想外の答えに、僕は思わず間抜けな声を出してしまった。
シンカリオンの運転士として、巨大怪物体から街を守っている。そのことは超進化研究所から学校へ説明されているようで、何度か授業を抜け出して出動したこともある。だから、修学旅行も辞退して、出動に備えるつもりだった。
「いや、でも、リュウジさんは林間学校行かなかったって」
それに、リュウジさんだって、運転士をしていたとき林間学校に行かなかったらしい。ならば、リュウジさんの教え子である僕もそうすべきだと思ったのだ。
「それ、誰から聞いたんだ?」
浜松さんが教えてくれましたと言えば、余計なことをとリュウジさんが小さくボヤく。
「俺のときは名古屋支部に運転士は一人しかいなかったからな。でも、今は違うだろ? 名古屋支部にはナガラもいる。ナガラだけじゃ心配か?」
「そういう訳では……」
ナガラは周りが見えずに突っ走ってしまうところがある。だが、それも実戦経験を積んでかなり改善してきた。そうなってくると、ナガラ一人では心配だなんて修学旅行を辞退する理由にならなくなる。
「俺がついてるから大丈夫だ。だから、安心して行っておいで」
「でも……」
さらにリュウジさんにもそう言われてしまえば、もう反論できなくなる。でも、やっぱりどこか納得できていなかった。そんな僕にわかったとリュウジさんは優しく語りかける。
「修学旅行の行き先は?」
「京都奈良です」
「じゃあ、京都支部にドクターイエローを待機させておく。これでどうだ?」
これはきっとリュウジさんの妥協案だ。京都支部にドクターイエローがあれば、修学旅行中に有事があってもすぐに出動できる。それで、それならと僕は渋々頷く。
「でも、もし巨大怪物体が出現したら、絶対連絡してくださいよ」
これだけは譲れなくてそう迫れば、わかったとリュウジさんは頷いてくれた。
♢♢♢
「どうして連絡してくれなかったんですか?」
待機室で資料に目を通していたリュウジさんに向かってそうすごめば、なんのことだとなんてことないようにリュウジさんは答える。それにとぼけないでくださいと、さらに迫る。
「修学旅行中に姫路で巨大怪物体が出現したんですよね?」
ナガラから聞きましたと付け加えれば、リュウジさんは一つ大きなため息をついた。
修学旅行のお土産の八ツ橋を食べているとき、姫路に行ったとナガラが口を滑らせたのだ。それで尋問をすれば、巨大怪物体が出現し、京都支部の応援で出動したこととそれをリュウジさんから口止めされていることを吐いた。あのナガラに隠し事など無理なのだ。
「姫路だったら、京都支部のドクターイエローの方が近いですよね? なんで連絡くれなかったんですか? 巨大怪物体が出現したら、絶対連絡してくださいって言ったじゃないですか」
それは修学旅行に行く前のことだ。修学旅行に行くことを渋る僕とリュウジさんで約束したのだ。巨大怪物体が出現したら絶対に僕に連絡をすると。それが僕とリュウジさんの妥協点だったのだ。でも、リュウジさんはその約束を守ってくれなかった。
「約束を反故にしてしまったことはすまない。シマカゼの修学旅行を邪魔したくなかったんだ」
あのリュウジさんに頭を下げさせているというのに、僕の気持ちは少しも晴れない。
「でも、僕はシンカリオンの運転士です。修学旅行より、巨大怪物体からみんなを守ることの方が大切です」
「それも大切だが、修学旅行も大切なんだ」
「そんなこと――」
「大切なんだ」
僕の反論を遮るように、リュウジさんは言う。
「小学校の修学旅行は、人生で一度きりなんだぞ」
「リュウジさんだって、人生に一度きりの中学の林間学校行かなかったじゃないですか」
リュウジさんは正しいのかもしれない。でも、そのリュウジさんだって、人生で一度きりの中学校の林間学校を行かなかったではないか。それに、一般論として修学旅行に行くことが正しいとしても、リュウジさんと志を一緒にしている僕にとって、リュウジさんが行かなかったのならば行かないが正解なのだ。それをそのリュウジさんがわかってくれない。
一歩も引かないという意思を込めてリュウジさんを見つめていれば、あれはだなととリュウジさんは息を吐く。
「シンカリオンの運転士だから行かなかったという訳じゃなくて……」
そして、言いづらそうに続ける。
「ただのサボりなんだ」
「へ?」
リュウジさんから思いがけない言葉が出てきて目を丸くする。
「シマカゼみたいにみんなを守るためとか、そんな理由じゃないんだ。俺とシマカゼは違うんだ」
困ったように笑いながら言うリュウジさんに、さっきまでの僕の威勢はどこかへいってしまう。
僕はどこかで間違えたのかもしれない。僕は僕の気持ちをリュウジさんにわかってほしかっただけなのだ。リュウジさんにそんな顔をさせたかった訳じゃない。僕はどこで間違えたのだろうか……。
「悪い、少し席を外す」
「あ、のっ、リュ――」
そう言って立ち上がったリュウジさんを呼び止めようとしたが、次の言葉が出てこない。そうしているうちに、リュウジさんは待機室から出て行ってしまった。
リュウジさんが出て行った待機室はいつも以上に静かだった。この静寂が僕に重くのしかかる。謝ったほうがいいのかもしれない。でも、なにをどう謝っていいかわからない。だって、約束を破ったのはリュウジさんのほうだから。そう途方に暮れていると、どうしたと羽島指令長が待機室のドアから顔を出す。
「リュウジとすれ違ったが……」
「リュウジさんを怒らせてしまったかもしれなくて……」
「リュウジを?」
首をかしげる羽島指令長に稾をもすがるこ思いでここまでの経緯を説明する。そうすれば、羽島指令長はクツクツと笑い出す。どこに笑える要素があるんだと不満げに見つめていると、リュウジにかっこつけさせてやってくれと羽島指令長は言う。
「あの頃のリュウジはお母さんが倒れて、空手を辞めて、周りから可哀想な子というように見られてたんだ。その視線が耐えられなかったんだろうな。お母さんに心配かけないように学校にはちゃんと行ってたけど、林間学校だけはどうしても嫌だったみたいで、巨大怪物体が出現したらいつでも出動できるようにとかそれっぽい理由でサボったんだよ」
意外だろと続ける羽島指令長に、頷いていいかわからなくなる。
リュウジさんは僕とリュウジさんは違うと言った。確かにリュウジさんが抱えているものを僕は少しも想像することができなかった。
リュウジさんは指導代理の業務をこなしながら、勉強も怠らない。それに家のことも手伝っているらしい。そんな完璧に見えるリュウジさんの綻びを垣間見たような気がする。
「リュウジさんは僕たちにそういうところ見せてくれないです」
「そりゃ、後輩たちの前ではかっこつけたいだろ」
一応リュウジもまだ思春期だからなと羽島指令長は笑う。
「それでも呼んでほしかったです」
だとしても、僕を呼んでほしかった。僕を必要としてほしかったのだ。
「シマカゼの気持ちちゃんと伝えてやれ。
リュウジは独りよがりなところがあるからな」
そう言う羽島指令長に促され、僕はリュウジさんを探すため待機室を出た。
右手に紙袋を持って、超進化研究所の廊下を歩く。なんとなくどこにいるかわかるのだ。だって、僕も一人になりたいときはあそこに行く。
そう思いなが、野外展示場へ赴けば、長いベンチの奥の方にリュウジさんはいた。
まだ怒っていたらどうしようとか、そんな不安をこぶしで握りて、決して歩き出す。リュウジさんに僕の気持ちを知ってほしいから。リュウジさんの気持ちも教えてほしいから。
リュウジさんの近くまできて、大きく深呼吸をして、あのとに呼びかける。そうすれば、どうしたといつものように振り向いてくれる。それだけでひどくホッとした。
「お土産、渡してなかったので」
そう言いながら握りしめてきた紙袋をリュウジさんに渡せば、ありがとうといつもの調子で受け取ってくれる。
どれもこれもいつも通りで、さっきのことなんてなかったかのようだ。そうやっていつもの日常に戻ってしまうことは簡単だった。でも、曖昧にしておいたらいつまで経っても僕の気持ちは伝わらないし、リュウジさんの気持ちにも触れられない。
「さっきは、あの、すみませんでした」
「シマカゼが謝ることじゃない。俺のほうこそ、すまない」
そこまで会話をして、僕たちの間に沈黙が広がる。本当は謝って、僕の気持ちを聞いてもらうはずだった。それなのに、続く言葉が出てこない。そうしているうちに、少しだけとリュウジさんが話し出してしまう。
「後悔してるんだ」
「え?」
「林間学校サボったこと。だから、シマカゼには修学旅行に行ってほしかったんだ」
そんなことを言われると、出動の連絡がほしかっただなんて言えなくなる。
リュウジさんは林間学校をサボったことを後悔していることは教えてくれても、どうして後悔しているかは教えてくれない。僕が年下で教え子で後輩だから、羽島指令長の言ったようにかっこつけたいのかもしれない。でも、少しだけ、少しだけだが弱さを見せてくれたじゃないか。今はそれだけでいい。その見せてくれた弱さを僕なりに守ってあげたい。
「リュウジさんの修学旅行っていつですか?」
「来月だったかな」
ずいぶん急だなと思いつつ、絶対にとリュウジさんへと迫る。
「行ってきてください」
「シマカゼ?」
「東海は僕とナガラに任せて」
そして、そう言ってのければ、リュウジさんは目をパチクリさせた。かと思えば、クツクツと笑い出す。何か変なことを言っただろうかと不満げにしていると、頼もしいことだなと頭を撫でてくれた。そんなリュウジさんに、でもと続ける。
「巨大怪物体が出現しても絶対に連絡してあげないですからね」
仕返しとばかりにそう言えば、まいったなとリュウジさんはわざとらしく眉を垂らした。