「お持ち帰りしてもかまいませんか?」
目の前に現れたシマカゼの一言に、俺は頭を抱えた。
今夜は名古屋支部の懇親会だった。もちろんお酒も出ている。他部門の職員とお酒を交えつつ意見交換していると、シマカゼがふらふらと寄ってきて俺にそう言ったのだ。顔は至って真面目そうだが、その目はトロンとしている。
「誰だ、シマカゼにこんなに飲ませた奴は……」
ため息混じりにそう言えば、周りの職員たちが必死に首を振る。この様子だと、シマカゼが勝手に飲んだのだろう。それに俺はさらにため息が出そうになる。なぜなら、シマカゼはお酒が入ると少しめんどくさいところがあるからだ。
「僕、リュウジさんをお持ち帰りしたいです」
「わかった。だから、少し水を飲め」
「大丈夫です」
「大丈夫じゃないだろ」
いつもなら俺の助言を素直に受け入れるシマカゼが、突っぱねてくる。それでやっぱり酔っているなと確信する。
「僕もリュウジさんと一緒に飲みたいです。もっと僕を構ってください」
シマカゼはアルコールが入ると、いつもより欲を隠さなくなる。いつも我慢しているから少しくらいならと思うが、人目も気にしなくなるからタチが悪い。
「今日こそ僕がリュウジさんをっ」
「シマカゼっ」
何か言いかけたシマカゼの口を手で押さえる。名古屋支部の面々が大集合している懇親会で、何を口走ろうとしているのか。
「大丈夫か?」
俺たちが騒がしくしていると、見かねた羽島指令長が寄ってくる。
「大丈夫じゃなさそうなので、連れて帰ります」
「僕は大丈夫です!酔ってないです!」
「酔ってる奴ほどそう言うんだ。ほら、帰るぞ」
そう腕をとれば、嫌ですと振り払われる。
「僕がリュウジさんをお持ち帰りするんです!」
「一緒に帰れば同じだろ?」
「全然違います!」
そう言うと、シマカゼが俺の手首を掴む。
「お持ち帰りさせていただきます」
そして、俺を引っ張り歩きだした。帰ってくれるならそれでいいかと、それに続いて店を出る。
俺の腕を引いて、シマカゼは夜の道をずんずん歩いていく。こっちは俺の家でもないし、シマカゼの家でもない。どこに向かっているかわからないが、酔いも覚めるから好きに歩かせてやってもいいだろう。そう思って黙ってついていくと、簡素なホテルの前にたどり着く。あまり派手ではないが、所謂そういうホテルだ。迷うことなくここまで歩いてきたから、おそらく事前に調べてあったのだろう。それで、お持ち帰りしたいと言っただけはあるなと感心してしまう。
「あ、の……」
お酒の力でいつもより横暴だったシマカゼが、急にモジモジし始める。
「きゅ、休憩していきませんか……?」
控えめな誘いがいかにもシマカゼらしくて、つい笑ってしまった。
「休憩だと終電に間に合わなくなるぞ」
この時間から休憩で入っても、終電の時間を気にしてゆっくりできないだろう。だから、そう助言してやれば、じゃあとシマカゼは俺へと顔を向ける。
「泊まりがいいです!」
シマカゼの言葉に俺は満足げに顔を緩める。
「俺をお持ち帰りしたんだろ?最後まで付き合ってやる」
俺の答えを受け、シマカゼは俺の手を引いてホテルへ入る。初めてのお持ち帰りにしては上出来だなと、心の中でシマカゼを褒めてやった。