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    calabash_ic

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    calabash_ic

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    ※息をするようにS3後

    なんでもない話 いつものようにベントレーを停めて顔を上げると、道路の向こう側を歩いているアジラフェルの姿が見えた。こちらに気付いた嬉しそうな顔に片手で応え、車を降りる。ひょいと道路を横切れば扉の前で隣に並んだ。
    「ちょっと出ていたんだ。君を待たせることにならなくてよかった」
     別に構わない、と思う。人間用の鍵などなんとでもなるし、クロウリーはすでにこの本屋に招かれている。今日は約束だってしていなかった。紅茶を用意するよと言ったアジラフェルの背中を見送り、サングラスを置物へ引っ掛けてからカウチに腰を下ろす。わずかに埃っぽい空気はいつも変わらない。棚に並んだ本だって先週から1mmもずれていない。この本屋はいつだってそのままだ。
     いそいそとカップを運んできた天使が少し胸を張り、小さな紙袋を見せつけた。
    「今日は珍しいものを手に入れたんだ」
    「へぇ、どんな?」
    「見てくれ、これ」
     紙袋から更に小さな袋を取り出し、効果音を口にしながらRoasted & Salted Mixed Nutsの文字を指差す。
    「ミックスナッツ? 珍しいもんでもない」
    「でもこれは特別なんだ。いつものやつより沢山入っている」
     いつものやつ、をクロウリーは知らなかったので黙っていた。両の目をきらきらさせた天使がいそいそと袋の中身を皿へ移していく。ざらざら、おおよそ半量ほど。アーモンドがひとつ、皿の端へ当たって机へ転がり落ちた。柔らかな指先がそれをつまみあげ、ふっと息を吹いてから口の中へ放り込む。奥歯で噛み砕いた音が聞こえる。
    「ほら、種類が多いだろう。いつものは四種類しか入っていないからね」
    「俺は食べないからわからない」
    「それもそうだ。いつものは……アーモンドとカシューナッツ、マカダミアナッツ、ブラジルナッツしか入っていないんだ。これは他にも色々入っている。試しに入荷してみたんだと教えてくれて、これが最後の一袋だった」
     天使の指は新しい紙ナプキンを取り、そこに四種類のナッツを乗せる。私はカシューナッツが特に好きだな、と歌うように話しながら。
    「ええと、これはピーナッツ」
    「そうだな」
    「それからクルミ。クルミなんて、なんだか懐かしくないかい」
    「ああ、お前がクルミの殻を指で割っちまった時は最高だった。十四世紀だったか」
    「もう少し前だった。今はもうしないよ!」
     人間達が目を丸くしていた様子を思い出した。くるみ割り機を使うまでもないと思ったのだろう。半笑いになりながら続きを促す。
    「この赤いのは……なんだろう」紙袋へ戻していたパッケージを取り出し、アジラフェルは原材料の小さな文字に目を凝らした。「ゴジベリー。ゴジベリー?」
    「前に食べてたぞ。三年前か? チャイニーズレストランで、お前は白いデザートを食べてた。あー、アーモンド……」
    「杏仁豆腐か」
     杏仁豆腐、と言う天使の発音は完璧だ。
    「ベリーはナッツじゃない」
    「まあ……そうだね。間違えて入ってしまったのかな」
     天使は首を傾げつつ原材料シールへ視線を戻す。
    「ピスタチオ」
    「これだ」
     クロウリーが薄緑色のナッツを指差すと、アジラフェルはやはりそれをつまみあげた。紙ナプキンの上に七粒のナッツと一粒のベリーが転がる。それから隣にあった深緑色の粒も拾った。
    「これはパンプキンシードだね」
    「これもナッツじゃない」
     ナッツの定義などクロウリーにとってはどうでもいい事だったけれど、アジラフェルの表情がころころ変わるのが嬉しかったのだ。それがたとえ呆れたような、冷ややかを装った目線であっても。
    「クロウリー……それを言うならピーナッツだって厳密にはナッツではないよ。人間の分類とは曖昧なもので……こっちはサンフラワーシード」
     ああ、と天使が息をつく。ひまわり! 記憶を呼び覚ますように目を細め、髪の先までが夢見るように揺れた。「トスカーナのひまわり畑は美しかったな」
     アジラフェルがイタリアのトスカーナ地方へ仕事に言った日の事はクロウリーもよく覚えている。挙動不審な天使が「飛行機には初めて乗るんだ。まだあまり信用しきれていなくて……」と拳を震わせていたからだ。それについてはクロウリーも同感だった。悪魔の仕事として航空力学上のヒントを人間の耳に吹き込んだ事もあったが、クロウリー自身はそれを信じていなかった。天使や悪魔のような翼があるわけでもなく、ましてや鉄の塊だ。信じろと言われたって難しい。結局アジラフェルは飛行機で飛び立っていったが、帰りは奇跡を使った。荷物が多かったからちょっと奇跡を使ってしまったけれど、行きは無事に着いたから、私はもう飛行機を完璧に信用しているよ。そう言って鞄の中からワインの瓶を何本も取り出した。
    「チーズもハムも美味しかったから、いつか君とも行けたら嬉しい」
    「ワインも美味かった。……飛行機で?」
     天使はほんの一瞬眉間に皺を寄せ、それを誤魔化すようににっこり笑ってみせる。悪魔はそれがおかしかった。そうだ、奇跡で行った方がよほど良い。皿の上から黄色い粒を拾い上げる。
    「それで天使さん、これは?」
    「ああ、ええと、これはコーン……随分大きいな。初めて食べるけど、話に聞いた事はある。不思議な事にアンデス地方でだけ大きく育つそうだよ」
    「なぜ? 土地の祝福を?」
    「私じゃない。むしろ君の仕業かと」
     天使に倣い、紙ナプキンの上にコーンを転がす。アジラフェルは再度パッケージ裏と見比べ、これで全部だと頷くとナプキンをそっとクロウリーの側へ寄せた。
    「これは君の分だ。たまには共有したい」
     そう言われては断る理由もない。ピスタチオにまとわりつく塩の刺激が舌に広がる。かつてニカウレーが執心していたナッツだ。クロウリーは彼女を見かけた事があったが、その頃天使がどこにいたのかは知らない。
     カボチャの種を食べ、マカダミアナッツを食べ、紅茶を飲んだアジラフェルが居住まいを正す。肩を揺らして袖をぎゅっと伸ばし、両手を膝の上で組んで、意味ありげにクロウリーを見つめ、それから斜め下へ視線を逸らして、やっと口を開いた。
    「あー、その……さっきのは冗談じゃない。君と旅行に行ってみたいと思ってる。友達が旅行に行くのはおかしくないだろう? 私達は連れ立ってどこかへというのをあまりしてこなかったし、だから少しの間この本屋も閉めて、君と……」
     落ち着きのない指先が緊張から跳ねている。喜びで悪魔は全身がむず痒かった。
    「その、私達はこれからも長いんだ。もっと思い出話ができるよ」
    「お誘いってのはこうやってやるんだ。『旅行にでも行かないか、エンジェル?』……お前の望みならどこへでも」
     アジラフェルの顔がぱあっと輝いた。今日一番の笑顔だった。
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    calabash_ic

    MOURNING
    夜 くだらない会話の一例/キラ門 それぞれの部屋に寝具はあるが、共寝する夜もそれなりにある。数ヶ月前に布団からベッドへ買い替えてからその頻度が上がった。新しいマットレスが気持ち良いだの睡眠時無呼吸症候群が心配だの色々と理由を並べているキラウㇱにも思うところがあってやっているのだと察しているので、門倉は特に何も言っていない。真夜中、いつも先に寝てしまう門倉のベッドの脇にキラウㇱがのそりと立つので、布団の端を捲り上げてやる。キラウㇱは身体を滑り込ませて、大抵の場合は門倉の首の下に腕を差し込み、頭を抱えるようにして眠る。これが六割くらいだ。門倉の腕の中に潜り込んで、脇の辺りに顔を押し付けて眠るのが三割。残りの一割は、ほとんど手も触れず、ただじっと門倉の眠る様子を眺めている。同居を決めた際に「眠っているのを起こしたくないから寝室は別々に」と言い出したのはキラウㇱの方だったので、その彼がこういう風にする事でしか片付けられない感情を持て余しているのならなんでも許してやりたかった。今夜は三割だ。門倉がしてやれることは少ない。精々キラウㇱのために布団の隙間を開けてやり、朝は何食わぬ顔をしてくだらない言葉のやりとりをするくらいだ。
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