なんでもない話 いつものようにベントレーを停めて顔を上げると、道路の向こう側を歩いているアジラフェルの姿が見えた。こちらに気付いた嬉しそうな顔に片手で応え、車を降りる。ひょいと道路を横切れば扉の前で隣に並んだ。
「ちょっと出ていたんだ。君を待たせることにならなくてよかった」
別に構わない、と思う。人間用の鍵などなんとでもなるし、クロウリーはすでにこの本屋に招かれている。今日は約束だってしていなかった。紅茶を用意するよと言ったアジラフェルの背中を見送り、サングラスを置物へ引っ掛けてからカウチに腰を下ろす。わずかに埃っぽい空気はいつも変わらない。棚に並んだ本だって先週から1mmもずれていない。この本屋はいつだってそのままだ。
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