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    ksrg08871604

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    ksrg08871604

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    ムルの弟子がベネットの酒場の軒先でシャと喋ってるだけ

    そういえば数か月師匠を見かけて居ない。

     厄災を眺めながら晩酌をしているとき、ふとその事に気づいた。
     しかし特にどうということもない。常に世界中を飛び回り、気の向くまま行動している彼は数年消息を絶つこともざらだからだ。さすがに安否を確認したほうが良いんじゃないかと思い始めると西の天才がやらかしたという噂を耳にし、拍子抜けするというのが常だった。今もどこかで研究に没頭しているのだろう。慣れというのは恐ろしい。師匠の元を離れて初めの百年は今度こそ石になってしまったんじゃないかと泣きながら方々探し回り気の休まる時間の方が少なかったが、今じゃ何の憂いもない。全く気がかりではないと言えば嘘になるけれど、数ヶ月連絡が途絶えたくらいじゃ四六時中心配するなんてことはなくなった。
     きっと今も世界のどこかであの厄災に性懲りもなく愛を囁いているのだろう。熱っぽく夜空を見上げる師匠を思い浮かべながらオリーブを口に入れた。数百年前出会ってから今日まであの人が変わらず情熱を傾けることと言ったらその厄介な恋慕くらいのものだから。
     しばらく舌で転がした丸い実をかみつぶしたら思ったよりも酸っぱすぎて眉間に皺が寄った。数百年、生きたところでピクルス液の配合すら完璧にできない。自分の不甲斐なさが情けなくて子供みたいに不貞腐れたい気分になる。けれど、駄々をこねたところでなだめてくれる人も、叱ってくれる人もいないから寂しい。だから、まだ輪郭をほとんど残したオリーブを無理やり飲み下すだけにした。中途半端に引っかかる感触が苦しくてグラスに入ったモヒートを喉へ流し込む。
    「カーッ!」
     オリーブは無事に食道を通過したが今度は一気に煽ったアルコールが喉から鼻に抜けて息苦しさのあまり声を出してしまった。皿の上にはオリーブの刺さったピックがまだ三本残っている。これ以上食べる気にもなれなくて窓辺から離れて三本すべてをゴミ箱に落とした。
     さて、酒はまだある。だが買い出しを怠っていたから他にまともな食料はない。塩を舐めながらハイボールを飲むのは?けれど、それならまだ夜も始まったばかりだし、お店に行った方がいい。いくつか候補が頭に浮かんだが、弱っているとき足を向けるのは大抵あの店だ。となると、ドレスコードに気を遣ったほうが気兼ねなく楽しめるだろう。
     私はクローゼットを漁るためにのろのろと寝室に足を向けた。

     熱を持った頬を海から吹く風で冷ましながら神酒の歓楽街に到着すると、迷いなく一点を目指してぐんぐんと箒の高度を下げた。遠目に目的地の看板が見えるところまで降りて来た時、私は落胆でため息をついた。お店はしんと静まり返って明かりだって灯っていない。このまま見切りをつけて帰宅するのも名残惜しく、ひとまず入口へ降り立つ。すると、扉に掲げられた閉店のドアプレートのすぐ下にメモ書きを見つけた。
    『私用のため暫く閉店致します』
     流麗な筆跡は確かに店主のものだった。明確な期間が書いていないから再開時期は未定らしい。もしかしたら、数年は閉まったままかもしれない。いつか彼がガラス職人を看取るまで数年留守にしていたことを思い出しながらため息をついた。
     私の心を反映したかのように振り出した小雨(オズ様芸当は逆立ちしたってできないから気分の問題だ)に一層しょげながら箒をまたいだところで思いがけず名前を呼ばれた。
    「マリー? 」
     箒の柄を握ったまま振り向くとシャイロックさんが佇んでいた。
    「どうも、ご無沙汰しております」
     箒から降りて居住まいをただした。以前会った時とあまり変わりないようだったが、少し顔色が悪いようだ。店を休むことになった原因で幾分か疲弊しているのかもしれない。
    「いま戻ったところなんですか? 」
    「ええ、ようやく手を離れそうなので」
     何が、と主語は名言されなかったけれどその言い分じゃ子供でもできたんだろうか。もしそうなら再開当日にベネットの酒場は常連客の涙で水没してしまいそうだ。
    「そろそろ店を開こうと思って立ち寄ったんです。残念ですが今日はおもてなしできません。足を運んでいただいて申し訳ありませんが」
    「ああ、いえ、お気になさらず。久しぶりにお話しできてよかったです。また今度きますね」
     お店の点検を邪魔しては悪い。とっとと立ち去らなければと再び箒を構えたところでもう一度名前を呼ばれた。返事をして顔を向けるとシャイロックさんは何かを迷っているようで視線を彷徨わせている。やがて神妙な顔でため息をつくと彼は口火を切った。
    「最後にムルと会ったのはいつですか? 」
     師匠ったら、シャイロックさんのお店にも顔を出していないのか。よほど熱中しているのかな、と頭の片隅で考えながら最後に二人で散歩した野原の光景を記憶から掘り起こす。
    「数ヶ月前……えっと、コスモスが咲いていたから多分九月頃かと」
    「そうですか」
     そう言ったっきり彼はまた考え込んでしまった。手品のようにいつも適切な言葉を適切な時に差し出すシャイロックさんらしからぬ様子に戸惑ってしまう。そして、いつだって彼が調子を狂わす時には師匠の影がある。師匠にまつわる良くない噂──例えばどっかの国で捕まったなんてものでも耳にしたんだろうか?
     静かに言葉を待っていると、ややあって再びため息をついたシャイロックさんは思っても見なかったことを口に出した。
    「実は私、ムルを預かっているのです」
    「は、はぁ……、どうもまたご迷惑おかけしているようですみません」
     また余計な恨みを買って瀕死になったりしたのかな?もしかしたら、魔法科学道具の開発がらみの事故かも。シャイロックさん、すごく複雑そうな顔をしているし。
    「それで……なんといったらいいか──彼はもう私たちの知るムルではなくなってしまっていて……」
    「え、どういうことですか? 」
     あまりに突拍子ない言葉を飲み込めなくて聞き返すと、シャイロックさんは下唇を噛んで俯いた。こんな弱った風な彼を見るのは初めてだ。正確にいうと、師匠の立ち会っていない場で彼が動揺しているのを見るのは初めて。
    「ムルの魂は──砕けてしまったんです」
    「魂が? 」
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    ksrg08871604

    DOODLEイカれた夫婦(出典:サブスポエピ)の式で乾杯の音頭を取るシャイロック
    飽きてなかったら後で茶々入れるムルまで書く
    新たな門出、祝福の日。とある魔法使い夫婦の結婚式でその人は主役たちよりも人目を引いた。
    「では、僭越ながら私から乾杯のご挨拶を」
     シックでシンプルな礼服を纏っていたがむしろそれは彼の美しさを引き立たせていた。シャンパングラスの足をそっと摘んだ指さえも優雅だ。男女問わず多くの人々が見惚れている。そんな中、主役夫婦はというと、二人ともがうっとりと彼を見つめている。バージンロードで見つめあった時や、誓いのキスを交わした時より熱っぽい視線だ。彼らの馴れ初めを知らずその上壇上の男に酔いしれていない幾人かは戸惑いを隠せないのは当然だろう。
     しかし二人の事情をよく知る者──つまり、俺を含むベネットの常連は動じていなかった。
     いや、より正しい表現をするのであればシャイロックで頭がいっぱいになっている様子ではないごく少数の常連は、だ。
     抜け目のないシャイロックは考えた文章は全て頭に叩き込んだ様子。にこりと今が盛りの薔薇にも優る艶やかな笑みを浮かべた。
     一番後ろの席からは会場全体が見渡せる。今の一瞬で5人は頬を染めて俯いた少女がいた。太ももを抓る配偶者持ちの中年も二人。会場の3割以上の魔法使いが 793

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    REHABILIムル夢
    鯖よろしくムルハートに着地を任される弟子
    例のごとく口論相手の傷口に塩を塗って激高させた師匠は、背は低いが恰幅のいい男に突き飛ばされて、たたらを踏んだ。いつに増して最悪なのはここが見上げるほど高い塔のらせん階段ということ。ぐらりと傾いで師匠の体は真っ逆さまに中央に空いた穴へ落ちていく。
    「師匠! 」
     息を飲んで追いかけるように飛び降りた私を見て、愉快そうに彼は微笑んだ。そんな悠長な反応と持ち上げられるような感覚で胃が苦しい。だというのにあの野郎、能天気にも言い放った一言がこれだ。
    「着地は任せたよ」
     耳は風を切るびゅうびゅうという音で使い物にならなかったけれど気まぐれに教えられた読唇術がしっかりと役に立った。
     何が”任せた”だ試すように命を預けやがって! 
     広がるマントは一見翼の様だけれど、彼の落下速度低下の一助になっているかは怪しい。自由落下じゃ追いつけない。どうしよう、考えている間に底が見えてきた。地下室の床だ。石造りのあそこに叩きつけられれば並みの強度しかない師匠の体は取り落としたプディングより悲惨なことになる。いや、魔法使いだから粉々の石くずになるだけか。
     そう思い至って私は肝心なことをようやく思い出した。
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    REHABILIムルとご飯を食べてる弟子のSS「こんなに食事を師匠と共にしているのだから、そろそろいい加減私も、もっと頭が良くなってもいいと思うんだよね」
     本気とも冗談とも言い難いフラットな声音でマリーがそう言った。ムルは口の中にある玉ねぎと鯛の切り身をゆっくり咀嚼した。ビネガーを効かせた酸っぱめのカルパッチョはムルのリクエストで彼女が作ったものだった。
    「君の想定している"頭の良さ"と俺と同じ献立を口にすることにどんな因果関係があるんだ? 」
     さして興味もなさそうに返された言葉にマリーは口を尖らせた。
    「だって、細胞って食べたモノから成るんでしょ。一年以上あなたに師事してるし肉体の構成要素としてはあなたとかなり近しくなってるんじゃないかなって」
    「君は俺と同じになりたいの? 」
    「どうかな、師匠の賢くって博識なところは羨ましいけど。人から嫌われたり好かれたりが自分でも把握できないくらい激しいところは疲れそうだし短い寿命でもないのに延々と得体の知れないものに片想いしてるのもなんだかなって感じ」
    「つまり同一化願望ではないわけだ。ならば結構。同じモノがいくつもあるなんてつまらないからね」
     そう言ってムルはシャンパンを口に含んだ 745

    ksrg08871604

    TIREDムルの弟子がベネットの酒場の軒先でシャと喋ってるだけそういえば数か月師匠を見かけて居ない。

     厄災を眺めながら晩酌をしているとき、ふとその事に気づいた。
     しかし特にどうということもない。常に世界中を飛び回り、気の向くまま行動している彼は数年消息を絶つこともざらだからだ。さすがに安否を確認したほうが良いんじゃないかと思い始めると西の天才がやらかしたという噂を耳にし、拍子抜けするというのが常だった。今もどこかで研究に没頭しているのだろう。慣れというのは恐ろしい。師匠の元を離れて初めの百年は今度こそ石になってしまったんじゃないかと泣きながら方々探し回り気の休まる時間の方が少なかったが、今じゃ何の憂いもない。全く気がかりではないと言えば嘘になるけれど、数ヶ月連絡が途絶えたくらいじゃ四六時中心配するなんてことはなくなった。
     きっと今も世界のどこかであの厄災に性懲りもなく愛を囁いているのだろう。熱っぽく夜空を見上げる師匠を思い浮かべながらオリーブを口に入れた。数百年前出会ってから今日まであの人が変わらず情熱を傾けることと言ったらその厄介な恋慕くらいのものだから。
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