勝負パンツ「ちょっとそこへ座れ」
土方が真顔で言い出したのは夜も更けてそろそろ眠ろうかという頃合。銀時は風呂で汗やら汁やら何かいやらしいものやらを綺麗に流して、さっぱりした風呂上がり。ここは連れ込み宿の一室、つまりは事後というやつだ。
「なに」
「いいから座れ」
浴衣を雑に着て布団に胡座の土方が、タバコをふかしながらそう言い募るので、なにお前寝タバコダメだって何度言ったらわかんだよ本当によ、と小言を垂れながら『そこ』と言われた目の前にとりあえず座った。バスタオル一丁、胡座をかくのは躊躇われたので一応正座した。
なぜバスタオル一丁かといえば、目の前にパンツがあるからだ。
胡座をかいた土方の目の前、布団にくったり置かれているのは銀時が今日履いてきたパンツ。スーパーの衣料売り場のワゴンで買った、三枚千円(税抜)のピンクにイチゴ柄のアレだ。今日はさっさと脱いだので、汚れという意味では綺麗なものだが、それでも先ほどまで身につけていたものなので、そこはそれ、ちょっとはヨレている。
それを目の前にした土方が、
「お前に話がある」
と真顔で言い出すので、はあ、と銀時は気の抜けた返事をした。
「お前、これは勝負パンツか」
「は?」
「いっつもこれを履いてるな、ていうことはこれはお前にとって勝負パンツだってことか」
「はぁ」
イチゴパンツを指さした土方が、いたって真顔でそう問うてくる。
勝負パンツというのはつまり。勝負用のパンツということか。今日決めちゃうぞ、という勝負の日の。特別なパンツということだろう。
それはわかる。わかるのだが、なぜ目の前のパンツが勝負パンツかどうかという話になっているのか。
言葉は耳に入ってくるが、何を言っているかいまひとつ把握できないのは話の内容を聞きたくないからか。銀時は『はぁ』と発声した口のカタチのまま、ぽかーんと自分の恋人を見た。
「そう思っていいんだな」
「あー、」
なにをどう思おうがお前の勝手なんですけど、と喉まで出かかったが、それを言うと削られるのは精神もそうだが睡眠時間だ。今夜もまたガツンガツンと元気だった男は平気な顔をしているが、銀時的にはもうヘロヘロだ。寝たい。速攻、寝たい。眠りたい。だから。
「うん」
コクリ。頷いてみせると土方は、そうか、と重々しく頷くと同時に、枕元の塗りの乱箱におもむろに手を伸ばした。その手が持って戻ったのは、自身の財布。銀時も時折お世話になる、よく見慣れた土方のオサイフだった。
「いくらだ」
「へ?」
「買ってやる」
「何を」
「勝負パンツ」
「???」
「買うから! その、俺が買うから俺好みのを履け」
「…………」
いま何を言いましたかねこの男、とじーっとその顔を見つめると、土方はさすがに少し恥ずかしくなったのか、煙草を灰皿に押しつける隙に視線を微妙に外した。そして。
「俺は白いピタッとしたのが好みだ」
照れ臭そうな様子でそう言い出した。
もうその先は聞きたくなかった。
「あっ、おい、ちょっと!」
返事はせず、目の前のパンツも放置で銀時は布団をひき被った。季節的に少々暑いのだが、この際手段は選べない。この男から自分を隔離したい。そして早く寝たい。一刻も早く。
「なんだよ、白が嫌なら黒でもいいぞ」
「…………」
「あ、あれか? 柄物か? だったらマヨネーズ柄とかな」
それとイチゴ柄とどう違うんだよ、と言い返しそうになりグッとこらえる。
「形はな、普通でいいぞ、普通でな。いや、そのなんだ、まあ隠れてる部分が少ない方がなんてぇのか、いい? かなぁ? って気がしねえでもないけど、」
この期に及んでなーにが『かなぁ?』だ。そう思ったら頭の中で何かがプツンと切れる音がした。もしかするとパンツの紐の類かもしれない。
「お前な!」
ガバ、と布団を跳ね除けると、土方の顔が間近にあった。銀時も驚いたが、土方は土方で驚いたらしい。お、と一瞬、身を後ろに引いたので、その浴衣の襟を片手で鷲づかみ、
「お前が用事があンのは、パンツか中身か、どっちだ」
ドスをきかせて凄んでみると、土方はヤケに神妙な声で。
「中身だ」
悩むことはせずそう言ったので、銀時も頷いた。
これでパンツだと言い出したら殴り倒してやるつもりだった。
「よぉし。今日はもう寝る。寝ろ。解散!」
パッと襟を離して再び布団の蓑虫になると、上からから聞こえて来たのは。
「ノーパンってことか? か、かまわねえけど?」
「…………」
真選組の智将がそれでいいのか。
甚だ不安ではあったが、この際、もうどうでもいい。
ただひとつ分かったのは、自分の恋人は自分のパンツに関して割とバカということだ。
ため息をつくことも忘れ、銀時は無理矢理眠りをたぐり寄せた。