純潔下心 ひとりで酒を飲みに来た。
どうということのない、静かな一日の終わり。ほどほど呑んで、ほどほど腹を満たし、帰路についたところで煙草が恋しくなった。
立ち止まり、火を点け見上げた夜空には、ほそおい月がかかっていた。
残暑もこの時間ではなりを潜め、頬を撫でる風は涼しくさえある。路地の片隅で夜風に運ばれていく煙を眺めていると、ふと、傍に立ち止まる気配がした。視線を流した先にあったのは銀色の髪。いつもの片袖抜きの珍妙な着物姿で、土方の傍に黙って立ったのは坂田銀時だった。
「なに、見てんの」
唐突にそう問いかけてきた銀時の声は、密やかに穏やかだった。そう言いながら銀時自身も、ほそおい月を見上げているので、答える必要もないようなもの。
「タバコ吸ってる」
「あ、そ」
都合よく解釈して投げ返した言葉に、銀時は短くそう言っただけで、それきり口を噤んだ。土方もどうしようもなく、ただ、煙草を吸うばかり。
──二人の間にあるのは『秘密』だ。
最初は酔った勢いで。二度目も酒の力を借りて。これはもう駄目だと土方が悟ったのは三度目で、その夜、土方は謝った。熱を吐き出しあった果ての布団で、彼の熱い身体を抱きしめたまま、ごめん、と呟いた。銀時はそれにも、ああそう、と返しただけで、それ以来、二人の間には何も無い。
ごめんと告げたその本意は、後戻りが出来ないと悟ったからだが、それが果たして彼にも正しく伝わっているかどうかは正直、土方には分からない。その事があっても、彼の態度は何ら変わらなかった。昼に出くわせば相変わらずの喧嘩腰、たまに酒を飲むこともあったが、それも何ら変わらないまま。ただ少し、酒で赤くなった頬や胸元を隠そうとはしなくなったことと、酔いで蕩けた眼差しで土方を見るようになったこと。誘ってるのかと思ったこともある。だが銀時は、何も言わない。
故に土方も、何も言わずにきた。
秘密をしまいこみ、意識にのぼらせず、ただ時折、彼の夜の面影を記憶の中に盗み見て、ここまできた。
吸い終わった煙草を足下に落とし、草履の先で踏みにじる。考える間もなく手は次の一本を取り出し、口に咥えて火を点ける。
銀時は、何も言わない。
ただ黙って傍で、ほそおい月を見上げている。
それでもいい。傍に居られることだけで。だが、自分はその先を知ってしまった。戻れなくなるだけの熱量と、痛みと歓喜を伴うその先を。
この煙草を吸い終わったら。
言えるだろうか。彼に。
ごめんと告げたあの夜のことを。
自分がその先を望んでいることを。
いま心の中に渦巻くどうしようもない衝動のことを。
その手を掴んで今すぐどこかへ連れて行きたいと希うこの気持ちを。
この煙草を吸い終わったら。
おぼつかない月明かりに眩しそうに目を細め、土方は未だ覚悟を決められず、ただ紫煙を吐き出していた。