眼鏡ありがとう記念SS(つづく) ここは願いが叶うカフェ――なんてことはなく。
「あ~……明日までのコラム……何も、全然、一切思いつかない……」
近所にある個人経営の喫茶店のテラス席で、私は愛用のノートを下敷きにしながら頭を抱えていた。肌寒くなってきたせいもありテラス席は人気がなく、周囲に誰も座っていない為思わずうめき声まで上げてしまう。
ネタさえ纏まってしまえば一気に書き上げられるのだが、どうにも今回はこれだというものが思いつかないまま日数だけが過ぎてしまった。
「調子はいかがですか?」
「全然だめです……どうしよう……」
なみなみと珈琲が注がれたマグカップを持ってきてくれた、すっかり顔見知りになってしまった店員さんにまで思わず不安を吐露してしまう。のろのろと突っ伏していた身体を持ち上げると、珈琲の香ばしい香りが鼻先を掠めた。
「今日はもしかしたら、驚きの体験ができるかもしれませんよ」
「……何かお店でイベントでもあるんですか?」
問い掛けに「いいえ」と答え、何やら意味深な笑みを浮かべながら店内に戻ってしまった。
その曖昧な態度に首を捻るも、テーブルの隅で無常に時間を刻むスマートフォンのディスプレイを見てとにかく目の前の危機に向き合おうとペンを握った。
――とはいえここまで悩みぬいてもどうにもならなかったことが急に解決するなどということもなく。
通行人の姿や様子を見てネタが浮かびはしないだろうかと、藁にも縋るような気持ちでテラス席から見える、店の前の歩道を眺めていたその時だ。
「……ん!?」
喫茶店の入り口に長身の影が二つ見えて思わず目を凝らす。そこにはとんでもない美人が二人歩いていた。
判で押したように似通った顔は双子なのだろうか。この世に一人存在していることすら奇跡のような麗しい顔が二つ並んでいるのだ。急に異世界にでも迷い込んでしまったのだろうかとすら思わせる。
体つきと身長を見る限りでは二人とも男性だと思われた。十センチくらい身長差があるので双子というよりは兄弟だろうか。癖のある銀髪に淡めのブルーアイ、何よりその肌が遠目にも分かるくらいに肌理が細かく白い。整いすぎていて作り物に見えるくらいだ。歳はどちらも二十代に見えるが、色違いのようなコートで揃えている。
身長の高い方はベージュのコートにシルバーのノンフレームの眼鏡。表情は薄いが柔和な雰囲気で、誰しもが思わず救いの手を差し伸べてしまいたくなるようなオーラがある。
身長の低い方はブルーのコートにアンダーリム。レンズの奥に見える神経質そうに細められた目から気難しい印象を受ける。勝手な想像だが人付き合いを嫌いそうなタイプだ。
あのレベルの美人が二人並んでくるという状況に周囲もざわついているが、声をかけるなどもってのほか、スマホで隠し撮りをしようとする者すら現れなかった。
先程まで口をつけていたマグカップをテーブルに置き、呆然と目の前の光景を眺めていると、二人はカフェの入口前で立ち止まる。
「では私はこれで」
身長が高い方がそう声を掛けると、低い方が無言で頷いた。
入って来るのか、この喫茶店に。あのド美人が。思わず身構えてしまったがテラス席の扉は開かなかった。きっと店内に陣取ったのだろう。残念なような安心したような、複雑な気持ちで胸をなで下ろす。
だが即座に新たな火種が振りまかれてしまった。
ベージュコートと入れ違いに、派手な花柄のシャツを着た男が店から出るなり青コートに近づいていく。
「ファ~さん」
間延びした甘ったるい声と共に、頭からつま先まで黒づくめの男が青コートの男にアイスティーのカップを差し出した。相手が誰かも何を差し出したのかも確認せずに受け取った青年は、そのままストローに口を付けた。
「今日は寝坊しなかったんだね」
「ルシフェルと一緒だった」
「声ひっっっく……」
見目に反して青コートの方は地を這うような声をしていた。その美貌と凄み、そして地獄の底から聞こえてくるような声のマリアージュで完全に近づきがたい人間ナンバーワンだ。顔と声のギャップに慄いていると、それ以上に驚きの光景が広がり息を呑む。
黒髪男が唐突にあの絶対零度の男と肩を組み始めたのだ。
「この店が寛容だからいいけどさ、勉強なんて家に行って教えてやればいいのに」
「知らん。少なくともうちの家の敷居は跨せん」
「サンディにさ、キミの家で教えたいのだが……とか言えば二つ返事で迎え入れてくれると思うけど」
「知らん。助言をしたいなら行ってこい」
「ヤだよ別にオレは積極的にあいつらの応援してるわけじゃないし。それにここで離れたらファーさんは一人でどこか行っちゃうだろ?」
「当たり前だ。時間の無駄だからな」
内容は至って普通のものだが、黒髪男のボディタッチが凄い。あの近づく者は全員視線で殺すとでも言いたげなオーラをものともせず、腰に腕を回し甘えるように身体を寄せている。それは最早マーキングという他になく、周囲を威嚇しているようであった。
(いやそんなに牽制しなくてもその怖い人に声掛けられる人あんまいないと思います……)
思わず身を縮めてしまいながら内心で呟く。マグカップを両手で持ち、適温に冷めたそれを啜りながら様子を眺める。
此方側に顔が向いたので気が付いたが、黒髪男も相当顔がいい。顔立ちの整ったイケメンで、人懐こそうな笑顔を浮かべる姿に魅了される者は多いだろう。無口な青コートが黙り込んでいる横で黒髪男は矢継ぎ早に
そんな何処に出してもモテそうな男が、コミュ力ゼロ男(推定)にまとわりついて周囲を牽制しているとくれば、もうそれだけで物語がいくつでも生み出せてしまいそうだ。
・・・続く