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    Twitterからの再録
    🦈が♣️に告白して🦈♣️になる話

    開門 フロイド・リーチ号泣事件というものがある。
     言葉の通り、二年程前学園のど真ん中でフロイドが人目も気にせず子供のように大号泣したという内容だ。関係者は当時ハーツラビュルの三年生であったトレイ・クローバーと、件の男のせいで少しだけ名前が知れ渡ってしまったサイエンス部二年ポムフィオーレ寮生の二人だが、フロイド自身は自分は被害者だと主張している。事の発端がどこにあるのかは当人達を含めて誰も理解していない。その日たまたま早くフロイドが目覚めてしまったせいか、部の活動でいつもより早く登校させられていたトレイのくじ運の悪さか、一世一代のタイミングを見誤ってしまったポムフィオーレ生か。その誰でもあって誰でもないのか。解りやすく始点を置くとするのであれば、部活動に熱心に取り組むトレイの後輩が朝の澄んだ煌めく空気に後押しされて、彼に想いの丈を告げた事だろう。
     
     部の仕事を終え、さっさと朝食にありつこうと食堂に向かっていた時。トレイは急に左側の風通しが良くなって足を止めた。後ろを振り返れば二メートル程離れたところに妥協無いスキンケアの元で保たれている美しい肌を薔薇色に染めた後輩が立っていた。
     
    あ、不味いな。

     彼のどこか決意に満ちた瞳を見た瞬間トレイは内心でそれだけ呟いた。彼はどうにも他人を勘違いさせてしまう事が昔から間々あった。そしてそういう者達は皆、今トレイの目の前で親指を握り込んで立っている男と同じ顔つきをしているのだ。
     さて今回はどう切り抜けようかとトレイが思案するより早く、後輩は短い言葉で抱えていた想いを解放した。回りくどく戯曲染みた風を好むポムフィオーレの生徒にしては、その言葉は酷くシンプルで解りやすいものだった。彼はトレイ・クローバーという男がどういう人物かを知っていたのだ。それはそのまま彼がそれだけトレイに焦がれていたという事だった。
     不安で揺れる瞳に見詰められて、トレイは奥歯を噛んだ。トレイは何も告白を受ける事が初めて、というわけではない。NRCに入学する以前から幾度かこういう場面は経験している。ただしトレイはそれを受け入れた事は一度として無かった。持ち帰って検討されることも無ければ、告白したされたからと言ってその後何か関係が変わるわけでもない。話題に飢えた思春期の男達から、難攻不落と称される所以である。トレイ自身恋をしてこなかった訳ではない。告白の経験はないし、今思い出してみてそれを恋と呼ぶかどうかは解らないがとにかく人を好きになるという行為は体験している。トレイは人がよかった。最初の頃は想いを告げてくれた者に対して真摯に向き合ってきた。それが普通の事だと思っていたからだ。トレイ自身が想いを寄せている相手がいれば誰とは言わないがその存在を明かしてきたし、そうでない時は正直に対象ではないと断りを入れた。けれど人というものは色恋沙汰になると大層面倒臭く、徒党を組んだり余計な噂を流したり。それが事実であろうと無かろうと、彼の生活に支障を来すことになるのが当たり前だった。色変え魔法を覚えるより早くトレイは鈍感な振りを覚えた。
     だがこうもストレートに。真っ直ぐに告げられてはそんなものは通用しないだろう。NRCに入ってからも何度か彼は覚えた技を使って切り抜けていたが、今回は先に封じられてしまった。今暫く、後輩との付き合いは続く。スッパリと断って今後の部活動に多少なり支障を出すのは嫌だったし、トレイの現状を説明して断りを入れるのも嫌だった。

    「ぇえっと……その、な……」

     有耶無耶にされるのは嫌だからと、その場で返事を求められてトレイは首の後ろを掻いた。どうやって切り抜ければいいのか。時計を見ずとも、しばらくしない内に二人のいるそこが登校する生徒達で賑やかになるのは解りきっていた。全寮制の学校が故、余程寝坊をしない限り登校時間に然程の差はない。上手い断り方が見つからないからといって先延ばしにして貰うよう交渉するのは悪手だし、第一問題を後回しにする趣味はない。そしてそれはトレイが後輩の告白を、今までとは違う手法で断ったという事実がほとんどの生徒に知られてしまうことを意味する。つまり目の前の後輩も自分が玉砕したという事を知られるわけだが、彼の表情を見る限りどうやらそんな事はどうでもいいらしい。切れ長の瞳は真っ直ぐに向けられたまま、唇を真一文字に引き結んで彼はトレイの答えを待っていた。どうやら第三者にこの場を見られて、ある事ない事尾ひれをつけて噂にされても構わないらしい。
     冗談じゃない。トレイは悩みに悩んでそこに行き着いたという風に申し訳なさそうな顔をすると、斜め下に転がっている石ころを見ながら最初から決めていた言葉を発しようとした。

    「気持ちは嬉し「ダメ!!」

     切羽詰まった声に遮られ、トレイは反射的に後ろを振り返った。がらんどうの背後を確認した後、入学祝に叔父から贈られた腕時計で時刻を確認した。大事に扱っている腕時計は今日も正しくトレイの左腕で時を刻んでいる。校内が賑わうにはまだ早い。トレイは左右を見渡して声の主を探した。最低でも一人目撃者が出来てしまった。誰の声なのかは解っている。トレイには確信があった。自分が彼の声を間違えるはずがないのだ。

    「フロイド?どこ「ウミガメくん!」え?どこ、……は!?」

     一番知られたくない人物に知られてしまった。どう誤魔化そうか。否誤魔化さない方が自然なのか。それがプラスに働くのかマイナスに働くのか。そんな事を悩む暇はトレイには与えられなかった。彼を呼ぶ声は頭上から降りかかっているようで、まさかなと上げた視線の先には晴天が広がっている。そうして声の主、フロイド・リーチは薄雲のかかるスカイブルーから泳ぐように舞い降り、否落ちてきた。軽やかとは言い難い着地を決めた人魚は、ポムフィオーレ生からトレイの視界を奪うと必死の懇願を全身で表しながらトレイへと詰め寄った。

    「ウミガメ君!」
    「フロイドお前ッ、脚!脚大じょ「俺、将来はそこら辺の、そこの雑魚よりも強い雄になる!」…………うん?」

     半歩下がった分を詰められ、トレイは上半身を反らしながらフロイドの下半身を見下ろした。地に確りと着いた二本脚は立派に二メートル近い身体を支えている。実のところを言えばフロイドは着地の衝撃で脚を痛めていたが、そんな事を気にしている余裕は彼には無かった。今、この瞬間。背中にいるトレイに想いの丈を告げたどこにでもいるような普通の男より自分の方が勝っているという事を形振り構わずアピールしなければならないからだ。

    「えー……と、多分、多分だけどもう彼よりフロイドの方が強いんじゃないか」
    「勉強も頑張る!錬金術も負けねぇから!」
    「一応言っておくがサイエンス部はいつも錬金術をしてるわけじゃないぞ?」
    「それは知ってるけど!とにかくそこの雑魚には負けねぇくらい上手くなる!」
    「いや、あいつは錬金術はそこまで得意じゃない。可もなく不可もなくってやつだな」
    「ウミガメ君が危ない時は飛んでくるし!」
    「ありがたいが今みたいなのは心臓に悪いからやめてくれ」
    「滅茶苦茶稼いで苦労とかさせないし!」
    「既に結構稼いでるって聞いたぞ」
    「もっと!」
    「もっとかぁ」

     それはすごいなぁ。ぼやけた感想を鳥の囀りが彩ると、フロイドはパッと顔を華やかせてトレイの手を掬い上げた。そうするのが当たり前のように、彼は昨晩片割れが丹念にアイロンがけしてくれたスラックスで地面に膝をついた。開けた視界の向こうで、予期せぬ乱入者に下がらせられた後輩が困惑し、動揺し、憤慨しようとしている。

    「それで、それでもって、俺はウミガメ君の……、トレイ君の特別な雄になる」
    「え」
    「トレイ君を侵すこの世の全てのものから守れる雄になる」 
    「フロイド……」
    「だからトレイ君、俺の、」
     
     いつだって見上げてばかりだった男を見下ろして、トレイは息を飲んだ。見目麗しい尊顔に収められたヘテロクロミアにトレイだけが映っていた。いつもとは違う視界にゆっくりとだが確実に、勝手に踊り始めた心が鼓膜の奥で響いている。かつて無い真剣な眼差しを送るフロイドは、もう一つ、俺のと呟きその瞳に分厚い涙の膜を張った。

    「俺、おれ、ぉれ、のっ!づがいになっでぇぇえええっ!」
    「なっ、ぇえっ?!このタイミングで泣くのか!?」
    「やだ~~~ッッッ!トレイぐんは!おれ、の!俺のだもん!!」
    「待て待て待て待て!俺は誰のものでも「ァアアーーー!!ダメダメダメダメッ!!トレイ君は!おれの番なの!!」
    「ええ……」 

     甘ったるい理由とはかけ離れた理由で鼓動を速めた心臓を左手で抑えた。恥も外聞もなく泣き喚く男はトレイの脚に絡みついて、雑魚の告白なんて受け入れないでくれと懇願する。寝癖を揺らすフロイドの頭頂部をぼんやりと眺めてから、トレイは溜め息を吐いた。何を言おうとしてもフロイドに遮られた為、トレイはその頭を落ち着かせる様に何度も撫で、ターコイズの細い髪に指を通した。

    「フロイド。良い子だから泣き止んで顔をあげてくれ」

     始業まではまだ時間があったが、既に彼等三人は衆目の中にあった。近くも遠くもない場所から人々は事の顛末を見守っている。何を言っても嫌だと首を振って額を押しつけるフロイドの泣きじゃくる声に、潜められた声はほとんど掻き消されていたが午後になればろくでもない噂が出来上がっているだろう事は解りきっている。どちらかと言えば嫌っている者や恐れている者の方が多いだろうフロイドだ。普段上から睨み付けるように見下ろし暴言や突拍子もないことを吐く男が、今は癇癪を起こした子供のように膝を着いて咽び泣いている。見目の良い男だから、もしかしたら惹かれている者もいたかもしれない。この観衆の中にも、そういう人物がいるかもしれない。
     トレイはフロイドの寝癖を撫でつけながら、視線だけで周囲を見渡した。多分、そういう人間がいたとしても今のフロイドを見れば幻滅するだろう。ちゃっかりと人混みに紛れているフロイドとは別の意味で涙を流しているジェイドとこれでもかと表情を歪めているアズールを除けば、きっと普通は百年の恋も冷めておかしくないのだ。

    「ほら、フロイド」
    「うぁあぁああぁぁっ!やだァ!嫌いになんないで!」
    「ならないよ」

     笑いを含んだ穏やかな声は確かにフロイドの耳に届いた。嘲笑ともとれる、事実普段の彼ならば馬鹿にしているのかと怒号の一つでも飛んだだろう。けれどフロイドはそれをしなかった。ようやくタンクは枯渇したのか。少しばかり顔を上げたフロイドはぽろりと最後に涙を溢して、そうして案外トレイの顔が近くにあることに心臓を高鳴らせた。

    「ならない」

     フロイドが恋をした顔より何倍も魅力的な顔をしていた。音が伝わるより速く恋を重ねている。赤くなった目元を親指で撫でられて、白磁の肌が朱に染まる。そしてそれは良くも悪くも今この状況がフロイドの夢でなければ、トレイの頬も同じだった。

    「……嘘?」
    「なんでだよ。ほら、確り顔を上げてくれないと返事が出来ない。返事をさせてくれ。目を見て言いたい」

     耳の後ろを通り首を撫で、顎に添えられた手は柔らかくフロイドを上向かせた。自分でそうしたというのに、トレイはまるでフロイドから顔を上げたように嬉しそうに破顔する。
     周囲の興奮は今や最高潮に達していた。難攻不落。鉄の要塞。砂糖と小麦粉とバターが恋人と言われていた男が、今まさにその城門を開こうと、否既に開かれているのだ。色恋沙汰が好きな人魚は唾を飲んで凝視していたし、密かに想いを寄せていた者達は制服の袖を濡らしながら歯を食い縛っている。お調子者が囃し立て、野次を飛ばす粗暴者を挑戦好きの獣人が黙らせていた。

    「久し振りに顔を見れた」
    「あ……ぅ、トレ、く、」
    「それで、あー……あのな、俺も「待ってッ!!」

     全校生徒に響き渡る程の制止は石壁に反響してやがて消えた。静まり返った空間の中でトレイが二つ三つ瞬きをする。丸くなった瞳にまた胸を締め付けられたフロイドが、ようやくトレイの脚を解放してからゆっくりと立ち上がり後ろへよろけた。

    「待って、まって……あの、」
    「え……どうかしたか?」
    「あの、ね、えっと……」

     整えられたばかりの髪を大きな手のひらで掻き混ぜてフロイドは唸った。すっぽりと自分の顔を隠し、指の間からトレイが首を傾げるのを見て天を仰いで再び唸る。そうして大きく二度深呼吸をすると、真っ直ぐにトレイを見て、すぐに視線を外した。男の今の情緒では愛する人物を直視する等自殺行為に等しかった。

    「その、あー……の、ね、こころの、」
    「…………こころ?」
    「心の、準備、を……する時間が欲しいです……」

     ヘタレ。馬鹿。アホ。千回フラれろ。死ぬまで準備してろ。雄の風上にも置けない。海に帰れ。馬鹿言うな海にはあんなのいらん。一生陸で右往左往してろ。ふざけんな陸にもいらねぇよちゃんと引き取れ。ギャラリーの不平不満罵詈雑言を背景に背負ったトレイは一度無表情になった後満面の笑みを浮かべ、慈悲の心でフロイドの申し出を了承した。そうして三秒の後。内側から蹴り破られた城門から出てきた男は、要塞の前で慌てふためく人魚を抱き上げたのであった。
     
     
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