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    cantabile_mori

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    cantabile_mori

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    葬台新刊の導入です。

    5/4スパコミ新刊『キミに出会えてよかった!』葬台小説冒頭キミに出会えてよかった!


     きらきら星よ
     あなたはいったい誰でしょう
     あんなに高い空の上
     ダイアモンドのように
     きらきら星よ
     あなたはいったい誰でしょう

     ひらひら蝶よ
     あなたはいったい誰でしょう
     あんなにいっぱいの花の中
     万華鏡のように
     ひらひら蝶よ
     あなたはいったい誰でしょう


     はっ、と飛び起きた。
     またあの夢だ。脂汗が額と背中に伝う。昔、孤児院で子守唄として歌われていた歌と共に見せつけられるあの夢。
    「けったいな夢や、ほんま」
     ウルフウッドは安宿のベッドから立ち上がって煙草に火を点ける。
     ぐるぐる色々な色が視界の中で回っていって、一度止まったかと思えば逆回転をしだす。子守唄が輪唱になって分からなくなっていく。幾何学的模様が様々な形に変化していって、今まで出会った人々の声が聞こえてくる。それは何重にも重なって聞こえてきて、誰が誰だか分からない。唯一分かるのは己を兄だと慕ってくれた少年のものだけで、それでもその声はマーブル色の世界に呑まれていく。手を伸ばそうにもなぜか動かなくて、叫ぶしかなくて。己が叫ぶ声も聞こえなくなって、最後には。
     逆さまの蛾が、ぎょろりとした目玉を羽根に乗せて、こちらを見るのだ。
    「……っ」
     ぐしゃ、とまだ火を点けたばかりの煙草を側にあったチェストに押し付けて火を消す。
     考えなければいい。夢にまた出たとしてもあの子守唄を目印に向かっていけば、いつかは目が覚めるのだ。
     自分の黒髪を掻き混ぜて、そういえば昨晩シャワーを浴びていないことに気づく。道理で枕が砂っぽくなっているわけだ。はぁ、と溜息一つ吐いてウルフウッドはグレーのワイシャツを脱ぎ捨てて、下着もポイポイと脱いで全裸になる。
     と、そこへ。
    「ウルフウッド、もう起きてるよね。メリルたちがちょっと早いけど朝食にしないかって誘ってきてくれて──」
     ノックもなしに、男が部屋のドアを開けたのだ。
     金髪のふんわりとした髪に、黒のタートルネック。左腕はロストテクノロジーにも見える義手で、いつものトレードマークの赤い外套は羽織っていない。朝だからかオレンジの大きなサングラスはかけておらず左目の泣き黒子がよく見える。顔には屈託のない笑顔があって、しかしその笑顔はウルフウッドの格好を見た瞬間、固まった。
    「あ……う……」
    「なんや。あ、ワイ全裸やったわ」
     かぁ、っとその男、ヴァッシュ・ザ・スタンピードが顔を紅潮させる。
    「……っ! ご、ごめんっ!」
     と言ってヴァッシュはドアを激しい音を立てさせながら閉めた。どたばたと廊下を走る音も聞こえてくる。自分の部屋に戻ったのだろうか。
    「……あー」
     ウルフウッドは言葉にならない声を出した。こんな朝っぱらから、ムードもなしに全裸を晒す予定などなかったからだ。
     だってヴァッシュとウルフウッドは。
     つい先日、恋人になりたてのカップルなのだから。

        ✧

    「おせーぞ、テメェら」
     ロベルトがそう言うのは、この安宿に併設されているダイナー兼酒場である。宿泊客はここで簡単な朝食が取れるので、結構な人で溢れかえっていた。その間ずっと席に座って待っていてくれていたのだ、ヴァッシュとウルフウッドは感謝せねばならない。
    「そうですよ。私なんてお腹ぺこぺこなんですから。って、ヴァッシュさん?」
     同じくロベルトとテーブル席で待っていたメリルがウルフウッドの後ろについてきていたヴァッシュの様子を見れば、いつもの笑顔がない。下を向いているのだ。
    「何かあったんです?」
     メリルがそう問うと、あっ、とヴァッシュが顔を上げて頭を掻く。
    「あはは、なんでもない。なんにもなかったよ」
    「まあ、あったんやけどな」
    「ち、ちょっとウルフウッド!」
     あわわと慌てふためくヴァッシュとは裏腹に、ウルフウッドは鼻で笑いながら席に着く。
    「どういうことですの? 何があったっていうんです?」
     二人の間で何が起こったのか見当もつかないメリルが首を傾げるので、ロベルトは店員に酒を注文しつつ推測してやる。
    「そりゃあ、ヤることヤったんだろ。初夜ってやつだ」
    「ヤっ……‼︎ し、初夜⁉︎」
    「おいおっさん!」
     メリルはその意味が分かっていないようで未だに首を傾げている。ヴァッシュは顔を真っ赤にさせて、ウルフウッドは動揺して少しだけ耳が赤くなっている。
    「ヴァッシュさん、その、ヤる? ことをヤったんですの?」
    「まだヤってないよ‼︎」
     ガタンと席を立って抗議するヴァッシュの挙動に、ダイナーの客達の視線が集まる。「あ、あは、なんでもないですぅ……」と言ってヴァッシュは小さくなって席に座った。
     とにかく、とヴァッシュが続ける。
    「僕たちまだそんなこと、ヤ、ヤって、ないから! ウルフウッドも何か言ってよ」
    「ん、真っ赤になったり必死になって弁解したりおもろい思てな」
    「ウルフウッド!」
     テーブルを叩くヴァッシュにニヤニヤとするウルフウッド。メリルが本当によく分かっていない様子でロベルトに尋ねる。
    「先輩、そろそろ教えてくださいよ」
    「お前にはまだ早い。ま、言えるとしたら、こいつらついこの間から恋人関係になってるってことだ」
    「えぇ⁉︎」
     今度はダイナーにメリルの大声が響く。集まる視線にメリルも席に小さくなって、ちらりとヴァッシュとウルフウッドの方を見ながらロベルトに耳打ちした。
    「どこからそんなネタを?」
    「そりゃ一流の記者ならこいつらの動向を掴んでるに決まってるだろう。取材中なんだろ」
    「すごいです。で、で、どんな告白だったんですか?」
     メリルが身を乗り出して聞いた。ウルフウッドは気にせず店員に朝食を注文をし、ちょっと、とヴァッシュが止める間も無くロベルトはニヤリと笑いながら話し出す。
    「ありゃあ、ノーマンズランドの二つ目の月がまん丸だった夜だった──」


    「ねえ、ウルフウッド。起きてる?」
    「……今起きたで」
    「あ、ごめん」
    「嘘や」
    「えー? 嘘は嫌だなぁ。本当は何してたの?」
    「おどれを見ていた」
     へ、とヴァッシュが星空を見るのをやめて、隣の寝袋に包まっているウルフウッドに目を向ける。
     ここは寒暖差の激しい砂漠の夜。周囲が温かくなるように焚き木をして、周りに四人が寝袋に入っている。メリルはとっくに寝ているようで、ロベルトは向こうを向いていびきをかいていた。そんな中、ずっとヴァッシュは星が瞬く夜の空を見上げていて、ウルフウッドは星空を見ているヴァッシュのことを見つめていたようだ。
    「……」
    「なんでって、聞かんのか」
     ヴァッシュは逡巡する。ウルフウッドの目を一目見て、彼は首を振った。
    「聞いちゃいけない気がするから」
    「ワイは言いたい」
    「だめ」
    「言うたる」
    「だめだってば」
     押し問答が続きウルフウッドが立ち上がってヴァッシュの横へと座り込む。ヴァッシュは急いで起き上がって、なおも言おうとするウルフウッドの口を塞ごうと手を伸ばすが掴まれてしまう。
    「おどれ、ワイの目を見て分かる言うたな。今、ワイはどないな目しとる?」
    「……」
     黙るヴァッシュ。それにもう目を見ようとしない。ぐい、と掴んだ手を引いて無理矢理こちらを向かせる。
     ヴァッシュは、口元を戦慄かせて言った。
    「分からないよ」
    「分かるって言うたのはおどれやろ」
    「違う。そっちじゃない」
     ようやくヴァッシュがウルフウッドの瞳を見た。その顔は眉根を顰めていて、なぜだか苦しげだった。
    「僕の、気持ちが。分からない。君の言いたいことが分かるから、なおさら自分の気持ちが分からないんだ」
    「おどれのことやから、自分も同じやとか抜かして本当はワイの気持ちとは違うのかと思うてたわ」
     フゥ、と息を吐いてウルフウッドは言う。実は緊張していたのだ。
    「なら、少しでも可能性があるっちゅーことやな」
     黒のサングラスを外し、瞳を晒す。
     どくんどくん、胸がうるさい。けれどチャンスがあるのであれば、この機を逃さない他はない。
     すぅと大きく息を吸って、ウルフウッドはヴァッシュの瞳をまっすぐ見て言った。
    「ワイはおどれが好きや」
     ヴァッシュの瞳が星のように揺らめく。
    「一目惚れやったのかもしれん。やけど一番はやっぱり、おどれの目を見れば分かるって言うたときや。なんで分かるんや、って思うた瞬間もう、おどれのことしか考えられんくなった。もうずっとや。車ん中でも、夜寝るときも、おどれが何か食っとるときも目が離せへん。こんなん、おどれの気持ちも聞かな腹の虫が収まらへん」
     一気に言い切ったウルフウッドはじっとヴァッシュを見た。
     ヴァッシュはウルフウッドが何を言っているのか理解できなかった。だって、自分も胸の高鳴りでうるさかったから。
     でも、こんなに真剣な瞳で言われたら、分かる。分かってしまう。その燃える恋心が透けて見えてしまう。圧倒的な熱量が、ヴァッシュを包み込もうとする。
     だから。
    「……僕は、なんで僕は君の目を見るだけで君が分かるんだろうってずっと考えてた。確かに僕は普通の人間じゃない。普通の人間より生きてる。だから分かるんだって、そう勝手に思ってた。だけど」
     ヴァッシュは一度目を閉じる。まるで祈るように。
    「君だから……君だから、分かるのかな」
     焚き木の炎が揺らめくように、ヴァッシュの瞳も、心も揺れている。ああ、ウルフウッドに気づかれているだろう。気づかないで欲しかった。自分自身にも、気づかないで欲しかった──この気持ちに。
    「なあ、おどれ、今どないな顔しとるか分かっとるんか」
     ヴァッシュは瞼を開く。ウルフウッドと視線を交わして、彼がニッと笑った。
    「目の前の男が好きで好きで仕方ないって顔しとるで」
    「……!」
     違う。そう言いたかった。でも。
    「……ぼ、くは……!」
     言葉がうまく出てこない。
     違うんだ。僕は君たちを酷い目に遭わせた。だからそんな言葉を、そんな純粋な恋を向けられていい存在じゃないんだ。そう言いたいのに。
    「…う……ぅう…!」
     この感情は違うのだと言い切れない何かがあった。これは何だ。分からない。分からない。こころがふるえる。こんなに自分が分からないなんてことは初めてで、迷子のようにウルフウッドを見た。
     君の瞳は、とてもあたたかな、やさしい色をしていた。
     真っ黒のはずなのに、色が見える。それが温度を伝ってヴァッシュの冷たい心を溶かしていく。
    「なあ、もう、分かるやろ。自分の気持ち。嘘吐くの嫌いて言うてたやないか。なあ、泣かんといてや」
    「……っ、僕、泣いてなんか…ないよ」
    「心で泣いとるんやで」
     ヴァッシュの頭を掻き混ぜるように撫でる。そしてそのふんわりとした金髪の髪に口づけを落とした。
    「好きやで」
     もう、ヴァッシュは完全にウルフウッドに身体を預けていた。心に湧き上がった『分からない』の渦を何とかして欲しくてウルフウッドの胸に縋り付く。
     もう言わないで。そう言いたいけれど、言えなくて。むしろ──もっと、言って欲しくて。
     ヴァッシュは恐る恐る顔を上げた。
    「ウルフウッド。この気持ちは、なに?」
     その顔はウルフウッドに覿面だった。ノックアウトされた気分だった。
     いつの間にかヴァッシュの唇に口づけをしていた。
    「ワイと同じ。好きってことや」
    「好き」
     かちり、とパズルのピースが嵌る音。
    「好き……すき。すき……ぼくは、ウルフウッドが、すき」
     何度も確かめるように繰り返す。その度にウルフウッドは首肯して、せやで、と伝えた。
    「僕、君のことが、好きなんだ」
     そっか。そうなんだ。君の瞳を見て君が分かったのは、そういうことだったんだ。
     目と鼻の先で、ヴァッシュ・ザ・スタンピードの初めての愛の告白がされた。
     ウルフウッドの目の前には、瞳を濡らして、まるで眩しい星空を見上げるかのように自分を見る愛しい人がいた。ウルフウッドには大人の恋が分からない。だけど、好きだと伝えること、好きという感情、それを伝える勇気と絶対に気づかせたいという根性があった。それはとても青くて、成熟した大人と比べれば幼いものであったが、ヴァッシュという存在にはとても眩しく見えたのだ。
     焚き木のパチパチとした音と、お互いの呼吸音しか聞こえない。顔が近づく。『好き』が重なるとき、唇も重なる。
     眩い星の瞬きほどの時間のキス。唇が離れて、ヴァッシュが微笑んで言った。
    「君は、きれいだ」
     紛れもなく心からの言葉とその美しい表情に、ウルフウッドは面を食らって、耳が赤くなってしまった。だがヴァッシュを抱く腕だけは、しっかりと力を込めていた。一生幸せにしたる、という決意の元に。

        ✧

    「なぁんて、甘〜い告白劇があったんだよ」
    「わ、わ、わぁ……! なんで起こしてくれなかったんですか、先輩ぃ!」
     メリルがロベルトの腕をぽかぽかと殴る。その横でヴァッシュはテーブルに突っ伏して顔を隠していた。首が赤いのでどんな顔をしているのか丸わかりだが。
     対してウルフウッドはというと。
    「お、ミートボールパスタあんがとさん。ほれ、おどれのドーナツも注文しといたで」
     と、恥ずかしそうな素振りもなく突っ伏したヴァッシュの前に皿を置いていた。
    「なんで……君そんな普通の顔してられるのぉ……」
    「鍛えとるんでな」
    「どこで鍛えたの……」
    「それは秘密や」
     ロベルトが小声でメリルに「ガッツと根性ってやつだな、ありゃ」と言った。ロベルトの視線の先には、ぴくりと動くウルフウッドの耳があったのだ。あれは相当に羞恥を我慢しているに違いない。
     くっくっ、とロベルトは喉の奥で笑い、青いなぁと酒を煽った。
     メリルはというと、新たな祝福すべき二人のカップルの手を握って「おめでとうございます、おめでとうございますっ!」と何度も握手していた。
     あはは、と未だ赤みの残る頬のままヴァッシュはドーナツを頬張る。
    「甘っ!」
     それはお前らの方だぞという言葉は、ロベルトは言わないでおいた。
    「あー、苦い苦い」
     朝から酒が美味かった。





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