さにーちゃんとトラー その日は夏が終わって、空の色が秋に変わってきたある日のことだった。
図書室の整理と掃除をするということで、Ra*bitsと流星隊の一年生たちは成り行きで青葉を手伝うことになった。
「助かります。空気も乾燥してきて、本の風通ししたかったんですよ」
終わったら、ガーデンテラスでお茶でも淹れましょうねと青葉が笑った。
南雲は脚立の上に座って、本棚の一番上の段の本を抜いていた。全部抜いたら、埃の拭き掃除だ。高峯や仙石、Ra*bitsの面々も同じように働いている。
と、そこへ。
「しののーん! いるー?」
飛び込んできたのはTrickstarの綺羅星、明星スバルだった。
「きゃっ、明星先輩!?」
「あっいた! しののーん!」
紫乃に抱き着いてきた明星は、何やら紫乃に用事があったらしい。
(創くんが嫌がっていなのだけが救いで、あの人もちょっと隊長みたいなとこあるッスよね)
明星が聞いたら真顔で嫌がりそうなことを考えながら、南雲はもう一冊本を抱えた。そろそろ一回下におろした方がいいかもしれない。
「あ、しののんが持ってる本、これウチにもあるよ」
「そうなんですか? 有名ですよね。僕も好きです」
一度体勢を整えて、脚立を降りようとした時、明星の声が聴こえてきた。
「俺、小っちゃい頃にこの本からとったあだ名、近所の子につけてたんだよね。『トラー』って」
ばさばさばさ
抱えていた本が大量に落ちる音に、その場にいた全員――鉄虎を除く全員がそちらを見た。
「南雲くん、大丈夫ですか?」
「鉄虎くん?」
先輩や仲間の呼び声も耳に入らず、鉄虎は呆然と明星を見つめた。
「……さにーちゃん?」
周りがぽかんとする中、一拍おいて。
「……えっ!?」
明星が素っ頓狂な声を上げた。
「す」
「しゅ」
「ば」
「ばぁー」
「る」
「りゅ!」
「はいつづけて、すーばーるー」
「しゃるー!」
「ちがうー!」
むきーと怒るスバルを、スバルと鉄虎の母親が微笑まし気に見ていた。
スバル、2歳。鉄虎、1歳。
今日はスバルとスバルの母が、鉄虎の家に遊びに来ていた。
「トラーなんかこう!」
むぎゅっと鉄虎の柔らかい頬を両手で挟むのを、スバルの母が慌てて止める。
「こらスバル! 鉄虎くん苛めるんじゃありません!」
「トラーがちゃんといえないからわるいの!」
「もー……ごめんなさいね」
「いえいえ、スバルくんが遊んでくれて、鉄虎も喜んでるから。ほら」
母親に抱き上げられた鉄虎は、ほっぺを潰されたのも気にしていないようにきゃっきゃっと笑っていた。
「でもほっぺあんな風にしちゃだめよスバル。だいたいなんなの『トラー』って。昨日読んであげた絵本に出てきた虎さんじゃない」
「だってすばるのこと『さる』っていうんだもん。てとらじゃなくて『トラー』でいいの!」
「うーん、子どもの言うこと意味わからない……」
スバルの母親が頭を抱えたところで、鉄虎の母親が言った。
「じゃあ、『スバル兄ちゃん』ならどうかな? 鉄虎言える? 『スバルお兄ちゃん』」
「さーにーちゃん?」
「そう、さにーちゃん! これならどうかなスバルくん!」
「さにー?」
首を傾げるスバルに、得たりとばかりにスバルの母も頷いた。
「サニーってお日様のことよね! いいじゃない」
「おひさま?」
スバルはきらきらのお日様が大好きだ。それならいいかなあ。
「トラー、おれは?」
「さにーちゃん!」
鉄虎のきらきらの笑顔に、スバルは「だったらいいかなー」と頷いた。