吟遊詩人はかく食べる「いらっしゃいませ。お好きな席へどうぞ」
どの店もランチの時間が終わってしまい、途方に暮れていたときに見つけた喫茶店。出迎えてくれたのは花と珈琲の香り、そしてモテるのだろうな、と咄嗟に思うほど甘いマスクの店員だった。
「ごはんもの、ってありますか」
「こちらのメニューに」
「あっ、と。ハヤシライスで。あとアイスコーヒーを」
二人がけのテーブル席に腰掛ける。水を飲んでやっと一息。店内を見回す余裕ができた。アンティークの調度品は男主人の喫茶店にしては可愛らしいモチーフが多い気がしたが、落ち着けることに変わりなく。
店内には女性客がカウンターで一人ノートパソコンを叩いていた。姿勢がいい。キャンパスで見かけたこともある気がする。
小皿の上にはジャムの乗ったクッキー。マグカップだから紅茶ではないだろう。
「クッキー、うちの自慢なんです」
出迎えた店員がハヤシライスを置きながら、そんなことを言う。見られていたのが恥ずかしく、「次来た時に」とだけ応えた。
ハヤシライスは玉ねぎのあまみが牛肉の旨みと合わさって自然と笑顔が綻ぶ。おいしかった。
店を出て、ヒマワリが視界に入りそこでようやく隣が花屋だったことを知る。それから、あの花の香りの出処に気づいたのだった。
サラリーマンのいでたちをした眼鏡の男性がその店をちらと見やって通り過ぎていく。料理もおいしいですよ、なんて話しかけたくなったがすんでのところで我に返る。
今度はクッキーを食べよう。そう決めながら。
「いらっしゃいませ。お好きな席へどうぞ」
院の研究が多忙を極め、やっと一息と外に出た。ふらりと足か向いたのはいつかの喫茶店だった。ヒマワリ、ジニアと夏の花が華やぐ姿にあれから季節が一巡りしたことに気づく。隣の扉を開けば、花とコーヒーの香り。晴れやかな微笑みと共に出迎えてくれたのは記憶の男性ではなかったけれど。
「えっとイリアス特製クッキーと、アイスコーヒーで」