かつて好きだった人ほら、ご挨拶して。
学生時代に付き合っていた女性の足元には彼女の膝くらいの、男の子。
「初めまして、こんにちは!僕、五条慎6歳です。」
「初めまして、こんにちは。慎くん。私は、七海健人24歳です。」
「慎、よくできました。」
「五条さんこの子は?」
「僕の子だよ。似てないけど、正真正銘僕が産んだ子だよ。」
その子は、彼女のきらきらと光る白髪とは反対で黒髪で、まるで宝石のような彼女の青い目とは違い黒い目をしていた。
6歳ということはちょうど自分と彼女が付き合っていたころだ。
自分が呪術師をやめたときにも重なる。彼女とは、私が呪術師をやめたと同時に分かれた。
まだ彼女を愛していたし、呪術師をやめた後も付き合う気でいたが、彼女がそれをよしとしなかった。
『七海が呪術師やめるなら、僕たちの関係も終わりだね。』
そのたった一言で、私たちは別れた。
そのあとに付き合った男との間にできた子なのだろうか。それとも、自分と付き合っていた時にはもうすでに、その男と付き合っていたのだろうか。そう考えるだけで自分の中に黒い感情が沸き上がるのを感じる。
彼女の立場を考えるのならば、子供がいるのは理解ができる。
だが、理解はできていての感情はどうにもならない。
私は、彼女と別れたあとでもいあまでもずっと五条さんのことが好きだった。
「あなたのお相手の人は、優秀な人なのでしょうね。まさか、結婚しているなんておもいませんでした。」
「まあ、優秀だよ。結婚?してないよ。僕は、未婚のままこの子を産んだの。シングルマザーってやつ。」
「・・・・お相手の方は、あなたが妊娠したことを知らなかったんですか?」
「知らないよ。だって僕が教えなかったから。」
それを聞いて、どうしようもなく怒り湧き上がってきてしまう。
「なぜ教えなかったんですか。その人にも知る権利はありますし、それにより責任があるでしょ。」
「う~ん・・・そうかな?僕は別に、その辺は気にしなかったよ。それに、僕のせいでそいつを縛るのは嫌だったしね。そいつは、優しい奴だから。僕が妊娠したとしたら、 そいつの自由を奪うことになる。そいつが幸せであるのが、僕の幸せだしそれにこの子を僕は愛してるから何もつらくはないよ。」
そういってほほ笑む彼女は美しかった。
五条さんは、きっとその男のことがまだ好きなんだろう。
彼女にそこまで愛されている。見ず知らずの相手に嫉妬を覚えてしまうしまうと同時に、彼女にそこまで思われているその人物が羨ましいと思ってしまう。
私ではない誰かを思う彼女のことを、私はいまだに愛している。
自分だけが過去に囚われているそんなような感覚に陥ってしまう。
————————
「それで、五条お前そのこと七海に言ったのか?」
「どのこと?」
「妊娠のことに決まってるだろ。そのお腹の子の父親は七海なんだろ?」
五条の妊娠が発覚した時一緒にいたのは、家入と夜娥だった。
五条が体調不良を訴え1番最初に疑ったのは妊娠だった。
すぐに夜娥に車を出してもらい産婦人科に向かい出された診断は、妊娠だった。
「言ってないよ。言う必要ある?たまたま当たっただけなのに。それに、あいつ呪術師辞めるんだし、僕が縛っちゃダメだろ。あいつは、普通生きれるんだから僕みたいな女じゃなくてもっと相応しい女がいるよ。あいつは幸せになるべきだ。」
「それはお前の勝手な意見だろ。相手の気持ちは無視か。」
「気持ちも何も、あいつはこの世界が嫌で出て行くんだから、僕と一緒にいない方がいいよ。僕と結婚したら、嫌でもこの世界と関わることになるからね。」
「本当にお前は自分勝手だな。」
「そんなの前からでしょ。」
(本当に五条お前は自分勝手だよ。相手の気持ちや意見を聞かずに、決めてしまう。夏油にそっくりだよ)
かつての同級生を思い浮かずにはいられなかった。
彼も誰にも周りの意見も聞かずに、自分だけで決めてしまった。
五条はそれで傷ついたはずだが、今度は五条が七海に対して同じことを繰り返している。似なくてもいいところが似てしまっている。
桜が咲き始めたころに、七海はここを出て行った。
そのころには五条のお腹は膨らみ始めていた。
彼女はつわりが酷く元々細かったその体躯はより細くなっていたが、彼女のことを誰よりもみうていたはずの七海が気づくことはなかった。
いや、気づけなった。
彼は親友を失ったことで、周りに目を向ける余裕がなくなっていた。
そのため、五条の頬がこけ始めていることに気づけなかったのだ。
もし彼の親友が死なずに生きていれば、もし彼が親友が死んでもそれに耐えれるほどの精神を持っていれば、もし彼女が何にも縛られず彼に自身の妊娠を伝えていたのなら、もし、互いになりふり構わず己の気持ちを伝えていたのなら互いに手を離さない未来があったのかもしれない。
ifでしかないもしもの話。
もう叶うことのない物語。
「じゃあね。七海まかり間違っても、戻ってくるなよ。」
「はい。さようなら。きっと戻ってくることはないと思います。この世界に未練なんてありませんから。」
(あるとすれば、あなたと永遠を歩けないことだ。)
だが、それは言葉にすることはできなかった。自ら望みこの世界から出ていくことにしたのに、それでも彼女の隣にいたいなんて我がままにもほどがある。
彼女の手を離したのは自分なのに彼女に手を繋いでほしいなんて・・・
「幸せになれよ七海。」
「ええ。あなたも幸せになってくださいね。」
(本当は私の隣で、私が幸せにしたかった。)
そんな素直になれない2人の姿を家入は一番近くで見る存在になっていた。
かつてこの場所には、髪をハーフアップにボンタンを来た少年と、この陰険な呪術師界に染まらず明るく無邪気な少年がいた。
だが、二人がいないなり家入が一番近くで彼を見ている存在になった。
素直になり切れない2人の背中を押していたのはいつもあの少年たちだった。
(いなくなるなら、2人の取扱説明書くらい置いていけバカ。)
家入は思わずそう悪態をついてしまう。
「じゃあな。七海元気でな。」
「はい。家入さんもお元気で。」
七海はこの世界を出ていく。
もう二度と七海と五条の線が交わることはないだろう。
しかし、家入はどうしても願ってしまう。
孤独になってしまった女友達が、好きな男と幸せになる姿を。
奪われるだけで、与えられてこなかった五条悟が幸せを手に入れることを願ってしまう。
女友達として、彼女のことを一番近くで見てきた家入だからこその願いだった。
七海の誕生日の一か月後に生まれた。
黒髪・黒目の少年は慎と名付けられた。