眼鏡を買いに「わ、」
うたた寝。それも紀一にしては珍しく眼鏡をかけたままの寝落ちではなく、眼鏡を外し、依頼人からもらったぶさいくな猫のクッションを枕にして満を持しての昼寝であった。
そう、意気込んだのがよくなかったのか。傍らに置いていた眼鏡は起き抜けの手にあたり、落ち、運が悪く接触箇所が鋭角で、かつ慌てた紀一自身が踏んだため、ものの見事に無残な形になったのだった。
「あーっ!」
「キイチくん、邪魔するよ、って愉快なことになってる?」
扉をすっかり開けてからノックの音。声の方を見ようとも紀一の視界はぼやけてしまって人がいる事実しかわからない。しかし、来客が誰なのかは確かめるまでもなかった。
「雷ぁ……。眼鏡が……眼鏡が……」
「おや、珍しく弱気だ。スペアないの?」
「ない……」
「ふむ、一通りの片付けとかしていくことはできるけど」
「雷」
「ん?」
「眼鏡買いに行くから、着いてきてくれ」
「いいよ」
そんなこんなで二人は街へと繰り出すこととなった。
「眼鏡必要なひとが眼鏡ないとどんな感じなんだい?」
「うーん? 全体的にぼやけてて世界が曖昧になる、かな。人が来るとかは分かるんだけど、識別まではできないっていうか……ってわあっ」
言った傍からこけそうになっている探偵に笑みをひとつ、作家は腕を掴んでやる。
「お、おおさんきゅ……」
「うん、ただでさえ危なっかしいキイチくんが輪をかけて危なっかしくなるのがよく分かったよ」
「なにおう」
態勢を起こして、今度は探偵――紀一から雷に手を伸ばす。はし、と掴んだのは雷の手だ。
「これで問題ない!」
本当に問題ないとばかりに笑うものだから、雷は呆れより先に笑ってしまった。少しだけ赤くなった顔は果たして、彼の視界にどう映ったのだろう。