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    さかばる

    恐るな。性癖を晒せ。

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    さかばる

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    映画観た記念に書いた七五です!なんと一ミリも映画関係ないです。お仕事の話。
    ※注意※
    妄想爆発のじゆぐ、じゆれいが出てくる
    モブが出てくる
    作者が七五って言ったら七五です

    #七五
    seventy-five

    映画観たよ!記念。 壱、男と『紅』
     
     
     男はその日、仕事でなんだか物々しい屋敷の前に来ていた。男は解体業者の作業員である。数日前に依頼を受けて目の前の屋敷の解体を頼まれた。隣に立っているのがその依頼主である。二十代らしいが顔は青白く、目が落ち窪んで三十代位に見える。生気が無い顔をしている癖に、目がギラついていて金にがめつそうだった。この屋敷を取り壊して土地を売っ払うつもりらしい。社長がかなり安い金額で引き受けさせられたとこぼしていた。これじゃ利益が出ないと断ろうしたが、名家の御子息で断り切れなかったそうだ。
     男は依頼主を前に、後ろに六人の部下を従えながら現場の敷地内に入る。いかめしい門を潜るとそこには美しい庭園が広がっていた。今の季節が花の季節の春だからだろうか。色とりどりの花が植えられ、植えられた木々も綺麗に整えられている。解体を依頼された家屋まで歩く間、枯山水まで見ることができた。こんな美しい庭園を壊してしまうのは勿体無い気がするが、仕事だ。仕方がない。
     そう考えている内に現場に着いた。平屋の日本家屋だが、どうにもおかしい。
     男はすぐに感じた違和感に気がつく。この屋敷、入口がないのだ。今、男に面している壁以外は高い塀に囲まれている。これでは人が住めない。
     依頼主が漆喰の壁に向かって手を付き何か小声で呟くと
    「この壁を壊せ」
     慇懃無礼な態度で命令された。少しムッとするが、依頼主の命令だ。拒否することは出来ない。
     部下たちとハンマーで壁を壊し中に入る。屋敷の中は信じられない位寒かった。今は日中動いていると汗ばむ位なのに中は歯の根が合わなくてガチガチと鳴る程冷えている。屋敷の中は真っ暗だった。電気も通っていないなのだろう。ライトで足元を照らさないと歩くこともままならない。ますます人が住める環境では無くて男が訝しむ。しかし前を行く依頼主は無言だった。何も聞くなという雰囲気を感じた為、男も黙っていた。
     長い長い廊下を何度も折れて方向が分からなくなった頃にようやく一つの部屋に辿り着く。襖を開けると、板張りの大きな部屋の真ん中に長方形の箱がぽつんと置かれていた。ライトの光に反射して箱の装飾が光る。
     箱を見ていたら急に視界が赤くなった。息苦しくなって、頭がクラクラして立っていられなくて膝から崩れ落ちる。脳に酸素が行っていない。床を見ると赤が広がっていた。おかしいと思い右手で目を擦ると手が真っ赤になった。そうか。この床の赤は自分の血だ。体に目を移すと全身から血が噴き出して作業着が暗い赤になっていた。霞む視界の中で周りを見ると、自分の部下達は全員倒れている。
     ——ああ。きっと死んだ。
     全員赤に囲まれている。少し遠くで依頼主の悲鳴が聞こえる。こんなはずではと叫んでいる。再び、大きな悲鳴が聞こえて後は静寂だけになった。
     もう自分の呼吸も聞こえない。男は赤に染まってもう何も見えない目を閉じた。
     
     
     弐、五条と上層部
     
     
      五条はその日、上層部に呼び出されていた。
     緊急の呼び出しだ。無視するわけにも行かない為五条は渋々、本当に渋々腐った蜜柑どもの元を訪れていた。
     五条が部屋に入り部屋の中央に進むと真っ暗な部屋に蝋燭の灯りが灯され、障子越しに上層部の狸共に囲まれる。相変わらず陰気な空気だ。五条は包帯越しに老人を睨み付ける。
    「緊急の呼び出しですが、何の用でしょうか。真逆、下らない案件ではないですよね。私も忙しいのでね。愚痴を聞いている暇はないのですよ」
     五条は心底面倒臭そうに喋る。この老害共に尻尾を振る気はさらさら無いのだ。
    「口の減らない小僧め。しかし今日は大目に見てやる。まずはその報告書に目を通せ」
     五条は言われた通り上層部の子飼いの者から渡された資料を読む。
     ——二〇××年四月十六日午前十時三十六分、T県S市に封印されている特殊封印呪霊『紅』の封印が解かれる。
     封印を解いたのは加茂家末端の家の息子。金欲しさに土地を売る為解体業者に依頼。
     封印を解いた後、解体業者七名と共に死亡。その後、準一級以上の術師を五人派遣するが、全員死亡。
     現在、現場は緊急的に結界が張られているが、何時破られてもおかしくないと結界を張った術師からの報告有り。
    「……は?」
     報告書を読み、五条は思わず声を出していた。
     特殊封印呪霊。その名の通り何らかの事情で祓う事が出来ず、特殊な封印がされている呪霊だ。儀式で封印されていたり、その土地に縫いとめておいたり方法は様々だが、どれも非常に強力な呪霊とされている。
     『紅』に関しては加茂の管轄なので詳しい事情を五条は知らないが厳重管理をしていたはず。それを金欲しさに封印を解くなどと。馬鹿なんじゃないかと五条は思う。流石に馬鹿すぎてそいつは死んでしまったが。後始末をする人間の身にもなってみろ仕事を増やしやがって。五条は心の中で一人毒づく。しかし、いつまでも文句ばかり言ってもいられない。
    「結界を張ったのは?」
    「織部の者だ」
     五条は顎に手を当て考える。織部が結界を張ったなら暫くは持つだろう。あの家は攻撃を捨てた代わりに強力な結界術を得た家だ。永遠には無理だろうが。
     五条は顔を上げ、老人たちを見回す。
    「私が呼び出されたということは、『紅』の祓除を上は決めたのですか」
    「そうだ。五条、お前に緊急任務だ。特殊封印呪霊『紅』の祓除。これが任務内容だ。なお、この任務はあらゆる物事において最優先されると心得よ」
     報告書を読んだ時から五条の答えは決まっていた。
    「特級呪術師、五条悟。この任務、謹んでお受けします」
     
     
     参、五条と七海
     
     
     その夜、七海は風呂に入り、酒でも飲みながら読書でもしようと思っていた。お気に入りの作家の新刊が一昨日出たばかりなのだ。ウイスキーの水割りを作り、リビングのソファーに行こうとした時、ベランダに続く窓がカラカラと音を立てて開いた。
     こんな時間に窓から七海の部屋を訪れる人物など一人しか居ない。一応確認すると包帯で目隠しして笑みを湛えた想像通りの人物がいた。五条だ。
    「五条さん。窓からは入らないで下さいといつも言っているでしょう」
     七海は形だけの注意をする。本当に嫌ならば鍵を掛ければいいのだ。七海はそれを決してしなかった。五条もそれが分かっているからか窓からの侵入をやめない。
    「こっちの方が早いじゃん。七海。風呂上がり?」
     靴を脱いで、入ってきた五条に七海は目を向ける。テンションがいつもより低いのが気になって全身を観察するが、おかしな所が見つけられなかった。
    「ええ。これから読書でもしようと思っていたところです。珈琲飲みますか?」
    「いや、いい。すぐに発つ。……ちょーっと厄介な任務受けてね。ま、僕は負けないけど時間掛かるかも。行く前に七海の顔を見ておこうと思って」
     そう言って五条は七海を抱きしめてきた。頬擦りをして、その頬に唇が掠めた。五条の自分より低い体温としっとりとした唇の感触に触れられた部分が熱くなる。
    「それじゃ。また」
     五条が七海を解放して背を向ける。七海は思わず五条の白い手首を掴もうとしたが、その手は空を掴み、五条はまた窓から去っていった。七海は五条が去った窓を見つめるしか出来なかった。
     
     そして、丸二日、五条から連絡はなかった。
     
     
     肆、七海と伊地知
     
     
     五条からの連絡が無い。
     七海は五条が任務だと分かっている時はこちらからは連絡をしない。任務の妨げになるといけないからと思っているからだ。しかし今から特級祓いに行くと五条が言っていても一日掛からずに仕事を終え、七海に連絡してくるのが常だった。それが二日も何も無い。流石に気になってこちらから進捗の確認のメッセージを入れてみたが、音沙汰は無かった。五条の事だから任務に失敗した、もしくは呪霊に殺されたなんて事はあり得ない。あり得ないと分かっているが、七海は心配だった。五条は自分の大事な人なのだから心配せずにはいられないのだ。
     そこで、伊地知なら何か知っているかもしれないと思い立ち、スーツにサングラスの仕事服で七海は高専に向かった。
     補助監督の控え室に行こうと廊下を歩いていると、運よく書類とタブレットを抱えた伊地知と行き遭う。
    「今日は。伊地知君。少しいいですか?聞きたい事があるんです」
    「あ、七海さん!丁度良かった!私も聞きたい事がありまして」
     お互い用事が有ったようだ。伊地知に先に用件を言うよう促す。
    「実は、五条さんと報告書の件で連絡を取りたいのですが、繋がらなくて」
     七海はサングラスの奥で目を見開く。伊地知の用件は七海の用件と同じだったのだ。
    「私も五条さんと連絡が取れないので伊地知君に何か知っているか尋ねようと思っていた所です」
    「えっ!七海さんもですか?……そうすると本格的に五条さんと連絡が取れないのかもしれませんね。五条さんの身に何か……?いや、それに限ってはあり得ない」
     驚いた後、視線を床に落とし、伊地知は考えこんでいるようだった。暫くブツブツ口の中で何か呟いていたかと思うと突然顔を上げ、七海を見る。
    「GPS。そうだ。GPSです。高専所属の術師の携帯は例外なくGPSで追跡出来るようになっています。……連絡の途絶えた術師の生死を確認する為に。五条さんの携帯も勿論、追跡出来るようになっています。すみません。七海さん。この書類持っていてもらえますか?」
     七海に書類を預けると伊地知は手に持ったタブレットを操作する。忙しなく指が動き、タブレットを操作していたかと思うとタブレットから七海に視線を移しタブレットの画面を見せてくる。その顔は酷く強張っていた。
    「T県S市。これが五条さんの携帯がある場所です。T県S市ですが、今補助監督と窓の間で噂になっています。十日ほど前から術師の出入りが激しくなったのですが、その事について箝口令が敷かれているらしい。箝口令が敷かれているのはどうも御三家関係だというものです」
     七海は伊地知と無言で顔を見合わせる。御三家が関わっているとなれば事は重大だし、五条が呼ばれるのも分かる。それと同時に御三家が関わる任務は大抵、碌なものじゃない。
    「伊地知君。スケジュール調整を」
    「今日と明日で合計二日間都合をつけます。その後は少し忙しくなりますが宜しいですか?」
    「構いません。お願いします」
     七海は急いでタクシーを拾い、T県S市への新幹線に飛び乗った。
     
     
     伍、七海と五条、T県S市にて
     
     
     新幹線を降りると七海は伊地知に送ってもらった五条の携帯の位置まで向かう。時刻は正午を回っていた。駅のロータリーでタクシーに乗り、GPSの示す場所の付近まで行ってみると、そこはごくありふれた新興住宅街だった。真新しい建売の一軒家が並んでいる。小学校が近いのだろう。ランドセルを背負って下校する子供たちの集団を見かけた。五条の位置を確認しようとして携帯を上着から取り出していると不意に後ろから左手を引かれた。驚いて振り向くと、そこにはサングラスをかけた黒づくめの五条がいた。柳眉が顰められて、口をへの字に曲げている。
    「七海、何でオマエがここにいる。上から何か言われたか?」
     五条の七海を掴む手に力が入る。強く握られて七海は痛みで顔を顰めてしまう。それを見た五条ははっとした顔になり、慌てたように手を離す。すかさず今度は七海が五条の手首を握り返す。
    「いいえ。貴方と丸二日連絡が取れないので心配で来ました」
     七海の言葉に五条は口を丸く開ける。サングラスで見えないがきっと目も丸く見開いているだろう。間抜けな顔なのに造形が崩れないのは流石としか言いようがない。
    「え、何で?僕だよ?最強術師五条悟だよ?心配無用だけど」
    「それはそうですが、心情はまた別でしょう。貴方は私の恋人ですから」
     七海がじっと見つめると五条は石のように固まって、その後じわじわと顔を赤くしていった。七海の掴んだ手首までほんのり赤くなっている。
    「おまっ……こんな往来で。そういう所だぞ⁉︎わ、分かったからちゃんと話す!だから手、離して。移動するから」
     仕方がないとため息を付いてから手を離す。耳まで赤くなっている五条の後に付いていくと着いた場所はファミリーレストランだった。一番奥の人目に付かない席に座り、五条はパフェを、七海は珈琲とタマゴサンドを注文する。
    「いやあ、驚いたよ。現場に行こうと思っていたらいないはずの七海の呪力が見えるんだもん。思わず飛んできちゃった」
     五条は届いたパフェのバニラアイスをスプーンで掬いながら話し始める。
    「……七海は『紅』って知ってる?特殊封印呪霊の一つなんだけど」
     七海は珈琲を飲みながらいいえ、と答える。ただ特殊封印呪霊の事は聞いたことがあった。なんらかの事情で祓うことが出来ず大掛かりな封印処置をされている呪霊の事だ。そこまで思い出してから七海は五条の顔をそっと窺うがその顔の表情は読み取れない。
    「大掛かりな封印をされた呪霊の一つ。その呪霊の封印の為に屋敷が建てられ、敷地も整えられた。壁の漆喰には御幣と札が練り込まれ、柱という柱に結界が張られた。庭の配置は呪力を抑える印になっていた。それを破った馬鹿がいてね、僕はその尻拭いってわけ。やんなっちゃうよ」
     五条は口を尖らせて頬杖をつく。行儀は悪いが咎める気にはなれなかった。不貞腐れたくなる理由もよくわかる。やはり労働はクソだ。
     そのままの姿勢で五条は話を続ける。
    「『紅』は呪具に憑いている呪霊だ。呪具が呪力を増幅して供給し、無尽ともいえる呪力を作る。これは対峙して分かった事だけどね。今迄『紅』に対抗出来る呪術師が居なかったから仕方がない。最初は問答無用で祓おうとしたんだけどうまく逃げられたり、一部分だけ破壊してもすぐ再生してくる。それで次に呪具を壊そうとしたら今度は結界を破ろうとする。案外賢くてね。手こずっていた」
    「領域は?」
    「七海も周囲を見てきたろ。屋敷は住宅街ど真ん中。多分土地開発で周囲に建物が出来ちゃったんだな。周辺に人が居なければ直ぐ領域展開して片付けてた。それも出来ないし土地ごと壊す訳にも行かない。一般人に被害が出る」
     五条の領域はその性質上、周りに人がいる状態では使えない。人を廃人にするからだ。かと言って大技を出すと住宅街に被害が出る。
    「だから、周辺住民を避難させて領域使う許可取ってる所。なのに老害共が理由はどうするだとか金がかかるとかグダグダ言ってくるからさ、『紅』の被害が拡大してもいいんですね?嫌なら早くやれっていって通知全部切ってた。ごめん。七海の連絡もそれで知らなかった」
     そこで五条は黙る。七海はタマゴサンドを食べながら五条の次の言葉を待つ。五条の薄桃色の艶やかな唇が動く。
    「記録によると『紅』は封印されるまで百人以上の被害を出している。早急に片付けなければいけない案件だ。クソジジイ共の答えを待ってなんか本当はいられないんだ。七海、ここに来た以上、巻き込まれる覚悟はあるか?」
    「勿論、その為に来たんですから」
     二人は目を合わせ無言で頷くと同時に席を立つ。
     ファミリーレストランを出て、二人並んで歩き出す。
     向かう場所は一つ。
     特殊封印呪霊、『紅』の元へ。
     
     
     陸、七海と『紅』
     
     
     七海と五条は物々しい屋敷の前に立っていた。『紅』の封印されていた屋敷である。周りは家が並び、すぐそこに公園が見える。今も幼い子供と母親が仲良さげに手を繋いで散歩をしている。時計を確認すると針は午後二時二十五分を指していた。今日は快晴で雲一つない青空だ。風も穏やかで陽射しも暖かい。絶好の行楽日和だろう。人々を陽気にさせる気候だ。しかし、目の前の屋敷からは淀み濁った気配を感じる。あるはずのないひやりとした冷気が屋敷から吹き、七海の頬を撫でる。屋敷に目を向けると門から塀の隅々まで呪力が万遍にムラや隙なく巡っている。恐ろしい程強固な結界術だ。七海では破ることは出来ないかも知れない。
     結界術が施されている門の前には一人の女性が立っていた。年は七海よりも少し下位か。短く切られた髪がその小さな顔によく似合っている。
     女性はこちらに気がついたのか顔を向ける。だが、目の焦点が合わない。どうやら目が見えないようだ。女性は二人に向かって一礼する。
    「翠、悪いね。中に入るよ」
     女性は一つ頷くと手探りで門に触れ呪力を流す。すると、門が重い音を立ててひとりでに開いた。門を潜りながら五条は七海は尋ねる。
    「素晴らしい結界術ですね。あの女性が?」
     七海の問いに五条は七海に目を向けない。
    「そ。封印術を得意とする織部の最高傑作。七海はもう分かっていると思うけど翠は目は見えないし、話すことが出来ない」
     天与呪縛。肉体や呪力を代償に強大な力を得た者。時々そういう人間が居るということは聞く。直接目にしたのは七海は初めてだった。普段はそういった言い方をしない五条が最高傑作と称したのも気にはなった。
     そんな七海を余所に五条は立ち止まり、前を見据える。
    「見ろよ。あれが『紅』」
     元は美しく整えられた庭園だったのだろう。木々は薙ぎ倒され、花は踏みつぶされ、無惨な姿となっている。そして、周囲の空が赤い。その更に先に呪霊がいた。
     鮮血の如く真っ赤な色をした人間が二人抱きしめ合っている。その二人の首の先には有るべき頭部はない。その代わりに百合の花にも似た赤い大きな花が一つ、咲いていた。その中心から赤い蜜が花弁を通って地面に向かってダラダラと滴り落ちるが、その途中で霧となって呪霊の周囲に漂っている。空が赤いのは呪霊が発した霧によるものだった。
    「あの霧に触れると呪殺される。気をつけろよ。まぁあれは霧じゃなくて一粒一粒が呪霊なんだけど。服で防護しても無駄。服の繊維を通して皮膚に到達する。僕の無下限術式しか現状対抗策がない。だから、七海。僕が奴を相手している間にオマエは屋敷の中にある呪具を壊せ」
     五条が指を指して屋敷を示すと呪霊がこちらに気づきゆっくりと近づいてくる。
    「七海、僕に命を預けられるか?」
     七海は思わず笑ってしまう。そんな今更なこと。
    「魂さえも既に貴方のものですよ」
    「ヒュウ!情熱的だね」
     そう言った五条はサングラスを外す。その横顔を見ると六眼の瞳孔が開きそこから青白い炎が燃えて輝いていた。
    「もっと情熱的なものが御所望ですか?」
    「それは事が片付いてからがいいな。行け。七海!……さぁ、『紅』。もう一度僕が遊んでやるよ」
     五条の指示に従い七海は駆け出す。悔しいがあの場では自分は五条の足手まといにしかならない。自分に今、出来る事は呪具の破壊だ。屋敷に向かって走るが呪霊が追ってくる気配はない。五条がうまく引き付けているのだろう。ドン、と大きな音がした為、後ろを振り向くと呪霊が高く舞い上げられていた。すぐさま五条が呪霊の隣に移動し、足を振りかぶり踵落としを食らわせて地に沈めているところだった。五条は接近戦も強い。あの長い手足をバネのようにしならせて繰り出す一撃は重い。手合わせで七海は一本も取れたことが未だにない。
     屋敷にたどり着くと一度立ち止まり、七海は細く、長く息を吐き、気合いを入れる。背中の鉈を取り出し壊された壁から屋敷に侵入する。屋敷の内部は真っ暗でおまけに寒い。白い息を吐きながら携帯のライトを頼りに歩き出す。呪霊の気配はないが、禍々しい呪力を感じる。この呪力のせいで方向感覚が狂う。七海は慎重に歩みを進める。すると、突然左手の壁が明るくなる。何かと思い、目を向けると映画のフィルムのように映像が映し出されていた。
     二人の若い男女が話しをしている。男は綺麗に整えられた髪にシャツにズボン、女は着物を着ていた。男は机に向かい帳簿らしきものを見ながらため息をついていた。
    『あら、正冶さん。ため息をつかれては幸せが逃げますよ』
     女は朗らかに笑う。結い上げた艶やかな黒髪と黒い瞳が綺羅綺羅と輝いている。内側から美しさが滲み出るような姿だ。
    『そうなんだが、しかし、事業がうまくいかないのはな。利益が上がらないから美代。お前に贅沢もさせてやれない』
    『私には正治さんがいますし。百合もついてきてくれました。それに私には貴方が下さったこの紅があれば十分です。この色、とても気に入っているんですよ』
    『しかし……』
    『それに、正治さんは人を大事にされるから従業員に好かれています。そういう方は必ず成功します』
    『ありがとう美代。せめて、金が借りられればな……』
    『正治さん……』
     映像が終わったので、七海は再び歩き出す。その先にまた映像が映る。七海は今度は歩みを止めなかったが、映像は七海に見ろと強要するように七海の目の前に映し出される。
     今度は先ほどの女と着物を着た脂ぎった中年の太った男が映っている。女は土下座をして顔を伏せている。
    『では、私が貴方の元に行けば、お金を貸してくれるのですか?』
     男は下卑た笑いを見せる。性根が腐っているのが分かる笑いだ。
    『ヒヒっ、そうだ。約束しよう』
    『分かりました。貴方の元へ行きます。だから、必ず、必ずお金を……』
     土下座をした女は最後まで顔を上げなかった。
     暗転。映像が切り替わる。
    『もう、貧乏には飽き飽きしました。私はこの家を出ます。それでは正治さん、左様なら』
    『待って!待ってくれ!美代!』
     追い縋る男には振り向かず、女は家を出る。
     涙する女に白髪の老年の女がついて行く。
    『美代さま、私、百合が付いておりますから』
     老年の女が女を抱き締める。二人は佇み、泣いていた。
     七海は歩みを止めない。映像は七海ぴったり付いてくる。
     今度は若い男が映し出される。事業が波に乗ったらしく男の周りを従業員が忙しなく動いている。男に笑顔はない。そんな男の元に老年の女が訪れる。
     老年の女は男に縋る。
    『あの方は貴方の為にあの醜悪な男の所へ行ったのです。金を融通してもらう為に。しかし、それは間違っていました。毎晩犯され、食事も碌に与えられず、暗い座敷に閉じ込められています。どうか、どうか、美代さまをお助けください……!』
     それを聞いて男は駆け出す。顔は涙と鼻水でぐちゃぐちゃだ。
    『美代……、美代……!すまない……』
     男は道中、何度も謝罪をただ只管に口にしていた。
     七海は長い廊下を歩き、襖に前に立つ。この奥に呪具がある。粘ついた呪力を一番濃く感じる。襖に手を掛けるが開かず。襖に映像が映し出される。
     男は玄関で額を地面に擦り付けている。目の前には太った男がいる。
    『金は全額お返しします!どうか、美代を返してください』
     太った男は聞くに耐えない汚い笑い声を出す。
    『儂の使い古しで良ければくれ手やる。もう見れたもんじゃないがな!』
     若い男がゆっくりと顔を上げる。その目は血走っていた。男は太った男に駆け寄る。その手にはいつの間にか匕首が握られている。太った男の首を刺す。蛙の潰れたような声を上げて仰向けに倒れた所に跨り何度も滅多刺しにする。太った男が動かなくなっても刺し続けていた。騒ぎを聞いて駆けつけた使用人がやって来たが男はその人間も刺し殺す。男は近寄る人間を次々と殺しながら廊下を進む。途中で匕首だけでなく、置き物を手にして次々と殺していった。廊下は壁も床の血に染まり、男の服も髪も血で真っ赤だった。男の顔だけが紙のように白い。幽鬼を思わせるような足取りで屋敷の奥に辿り着いた。襖を開けると、男が焦がれた女がいた。
     襦袢姿で痩せこけて、美しかった黒髪は結い上げられておらず艶がない。僅かな蝋燭の光に照らし出される目に光はなかった。女は男に顔を向ける。
    『正治さん……その姿は……』
     そう言われて男はハッとした表情になる。凶器を落とし、自分の真っ赤な両手を見ると膝から崩れ落ちる。
     顔を上げて男は女を見る。その顔は泣き笑いのような表情だった。
    『美代……。私を殺してくれ。もうこうなってはお前とは一緒に居られない。ならいっそ殺してくれ』
     女は男に近づきそっとその頬に触れる。
    『なら私も一緒に。一緒にいきましょう』
    『来てくれるのか?美代』
    『もう、離れたくありません。見てください。貴方がくれた紅、お守りとして持っていたのです。正治さん。私に紅を差して』
     女は襦袢から紅を出し、男に渡す。男は震える手で渡された紅を女の唇に差す。震えて上手く付けられていないが女は嬉しそうに笑う。そして女は匕首を男は置き物を手に持つ。
    『これでずっと一緒ですね』
    『ああ、一緒だ』
     女は男の心臓の辺りを匕首で深く刺し、男は女の頭を殴る。二人は折り重なって倒れ、絶命した。
     そこに老年の女が現れる。螺鈿細工の箱を大事に抱え持っている。
    『ああ……せめてお二人で安らかな所へ』
     老年の女は死んだ女の髪と男の爪を箱に詰め最後に紅を入れる。
    『私が景色のいい所にお連れしますからね』
     老年の女が箱を抱えて立ち上がると赤い霧が箱から噴き出る。老年の女は霧を浴び、
     全身から血を噴き出し倒れる。
     螺鈿細工の箱が血溜まりの中いつまでもいつまでも綺羅綺羅と輝いていた。
     そこで映像が終わり、襖が一人でに開け放たれる。
     ——成程。狡賢い。
     男女の悲惨な運命を見せ、少しでも憐憫の情を抱いたら最後、取り殺されるのだろう。見事な生存戦略だ。だが、七海には通用しない。そんな事で一々動揺していたら一級術師など務まらない。
     七海は大股で歩き、箱の前に立つ。携帯のライトに反射する螺鈿細工が美しい。七海は鉈を振り上げようと右手に力を入れたが、振り上げることは叶わなかった。背後から濃密な呪力を感じる。『紅』だ。七海のこめかみに冷たい汗が流れる。体が硬直して振り向けない。いや、応戦しなければ。無抵抗に何も出来ず殺されるのは御免だ。振り向いて武器を構えなければ。周囲が徐々に赤く染まる。死が七海を包み込む。
    「二股はやっぱ良くないでしょ」
     突然聞こえたその声に体の硬直が解け、七海は振り向く。『紅』の霧は『紅』の周りに収縮している。
    「七海に触れるんじゃねぇよ。僕のものだぞ」
     収縮した霧ごと呪霊が赫に吹っ飛ばされる。屋敷の壁ごと吹っ飛ばし、外の景色が開けられた大穴から見える。
    「ごめん。七海。アイツ逃げるの上手くてさ」
     五条がいつもの軽い調子で七海に向かって歩いてくる。そして七海と『紅』の間に立つ。
    「七海。オマエは僕が守る。だから、行け」
     五条の広い背中が見える。人類を背負う広い背中だ。背中越しにこちらを見る五条の目はこの場に似つかわしくない程澄んだ空色をしていた。
     吹っ飛ばされた呪霊がこちらに赤い霧を撒き散らしながら向かってくる。その霧はこちらまで絶対に届かない。
     もう、体は自由に動く。七海は箱の前に膝をつき、鉈を両手で逆手に持ち、振りかぶる。呪力と術式を乗せた鉈は寸分の違いもなく七対三の点を叩く。
     パキリ、とやけに軽い音がして箱が真っ二つに割れた。
    「よくやった!七海!」
     五条がはしゃいだ声で叫ぶ。次の瞬間、呪霊は屋根を突き破って再び空高く舞い上げられる。
    「術式反転、赫」
     五条の指先から放たれた収束した赫い光が呪霊を貫いた。七海は眩しくて目を瞑る。
     瞼を透かして目を刺激する光が収まった頃、目を開けるとそこには雲ひとつない青空が広がっていた。
     ——ふふふ、もうずっと一緒よ。
     ——ああ、ずっと一緒だ。
     七海には聞こえるはずのない笑い声が聞こえた気がした。

     その後、屋敷を後にする為庭に出るが、庭は更に無惨な姿になっていた。花は跡形もなく吹き飛ばされ、地面は所々抉れてる。大分派手にやったらしい。この土地はこの後どうなるのか聞いてみると
    「ん〜呪いが完全に無くなったらマンションでも建てるんじゃない?」
     至極適当な答えが返ってきた。
     門に到着し結界を解いてもらい屋敷を後にする。盲目の女性は一礼をして二人を見送ってくれた。
     五条が頭の後ろで手を組み甘えた声を出す。
    「なーなーみぃー!疲れたー!ねぇ。美味いもん食って一泊して帰ろーそれ位の余裕あるでしょ?ちょっといいホテルに泊まってるんだー僕」
    「いいですね。魚介の美味い店にしましょう」
     七海は早速携帯で付近の店を調べる。その横で五条はデザートにチョコレートケーキある所にして!と細かい注文をつけている。
     並んで歩く二人を血の色ではない、優しい橙色の夕陽が包んでいた。
     
     
     漆、七海と五条、夜ホテルにて
     
     
     七海は抱きしめていた隣の存在が動くのを感じる目を開けた。
    「五条さん……?」
     今日は日中は忙しなく動き、夜も少し前まで色々動いていた為深く眠っていた。目を開けただけで頭は覚醒していない。
    「どこへ……?」
    「あ、七海?起こしちゃった?喉乾いたから水飲もうとしただけ」
     五条の声は少し掠れている。今日は離れていたくなくて意思表示の為抱きしめていた腕の力を込める。
     五条は七海のされるがままにされて、仕方がないという風に七海の頭をそっと撫でる。
    「なぁ。七海。何かずっと考え事してただろ」
     見破られている。七海は寝ぼけた頭でどう言い訳しようか考えて、諦めた。この人に隠し事は出来ない。妙な所で聡いのだ。
    「……あの呪具に呪霊が出来た過程を見せられたんです。愛し合った男女の成れの果てでした。純粋な愛もあんな形で呪いになるのかと」
    「愛ほど歪んだ呪いはないからね」
     五条は七海の頭を撫で続ける。
    「……私の想いも呪いに」
     五条は頭を撫でるを止め、今度は七海の頬に手を添えてくる。
    「これは覚えてなくていい事だけど、オマエが居なくても僕は生きていくけどオマエが居ない人生は死ぬ程詰まらないだろうな。オマエもそうだろ?お互い、呪い合って生きている。さ、もう寝な。オヤスミ」
     鼻先に五条のしっとりとした唇が触れて、五条はそのまま七海の腕の中で再び眠る。こんなの忘れられるわけないじゃないか。目を閉じ、七海の頬を撫でながら慈しむように笑う五条の顔を目蓋の裏に浮かべながら七海は思う。そして、五条はひとつ間違っているとも。五条が居なくなったら七海は生きていけないのだ。
     そうして五条の体をもっと強く掻き抱いて再び七海は夢の中へ旅立った。
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    Replies from the creator

    さかばる

    DONEこちらもリクエストを強奪したお話です。
    雪山で裸で抱き合うってこれで合ってます!?ついでに七五っぽくないですね?これ。いや、七五は少年の頃は線が細く繊細そうな(中身は違う)七海が大人になって溢れる大人の色気を醸し出す男になるのが趣だから・・・・・・。
    ホワイトブレス 五条が任務に向かったのは冬の、雪が降り積もる村だった。
     村で何人もの死体が出ているという報告。そして人間でないモノ、恐らくは呪霊の目撃情報が寄せられた。その呪霊の祓除に担任の夜蛾から五条は指名されたのだった。隣には一つ下の後輩、七海がいる。この任務、五条が指名されたというより、七海のサポート役ということで振られたのだろう。夜蛾にはなるべく七海の自由にさせるよう予め言い含められている。五条はその事に不満は無かった。七海は良い術式を持っているし戦闘センスもあるので鍛えたら強くなりそうだった。ここは先輩として見守ってやろうという気持ちである。ただ、
    「さっみぃ〜〜!」
     真冬の夜で今も雪が降り続くこの現状が問題だった。補助監督の運転する車を降りて高専の制服の上に防寒着にマフラーを身につけたが寒いものは寒い。放っておくとサングラスの奥のまつ毛が凍りそうな気がする。
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    DONE【展示】書きたいところだけ書いたよ!
    クリスマスも正月も休みなく動いていたふたりがい~い旅館に一泊する話、じゃが疲労困憊のため温泉入っておいしいもの食ってそのまましあわせに眠るのでマジでナニも起こらないのであった(後半へ~続きたい)(いつか)
    201X / 01 / XX そういうわけだからあとでね、と一方的な通話は切られた。
     仕事を納めるなんていう概念のない労働環境への不満は数年前から諦め飲んでいるが、それにしても一級を冠するというのはこういうことか……と思い知るようなスケジュールに溜め息も出なくなっていたころだ。ついに明日から短い休暇、最後の出張先からほど近い温泉街でやっと羽が伸ばせると、夕暮れに染まる山々を車内から眺めていたところに着信あり、名前を見るなり無視もできたというのに指が動いたためにすべてが狂った。丸三日ある休みのうちどれくらいをあのひとが占めていくのか……を考えるとうんざりするのでやめる。
     多忙には慣れた。万年人手不足とは冗談ではない。しかしそう頻繁に一級、まして特級相当の呪霊が発生するわけではなく、つまりは格下呪霊を掃討する任務がどうしても多くなる。くわえて格下の場合、対象とこちらの術式の相性など考慮されるはずもなく、どう考えても私には不適任、といった任務も少なからずまわされる。相性が悪いイコール費やす労力が倍、なだけならば腹は立つが労働とはそんなもの、と割り切ることもできる。しかしこれが危険度も倍、賭ける命のも労力も倍、となることもあるのだ。そんな嫌がらせが出戻りの私に向くのにはまあ……まあ、であるが、あろうことか学生の身の上にも起こり得るクソ采配なのだから本当にクソとしか言いようがない。ただ今はあのひとが高専で教員をしているぶん、私が学生だったころよりは幾分マシになっているとは思いたい。そういう目の光らせ方をするひとなのだ、あのひとは。だから私は信用も信頼もできる。尊敬はしないが。
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    4_haru100

    DONEシャ白さんとの共同企画🍽
    5話目!

    ⚠︎ストレスに狂った七海がストレス発散のために五条に料理を食べさせる話です
    ⚠︎付き合ってないしロマンスの兆しはすごく微かです
    ⚠︎なんでも許せる方向け
    ■とびうお / クークー普通の先輩後輩みたいな、七海がそういう感じで思ってくれてたら良いな、なんて、つい先日思ったばかりのことが頭をよぎる。確かに思った、思ったけれど、じゃあ今この息苦しさはなんだろう。

    「え?五条さん?」
    いつも通り、七海の部屋に玄関からちゃんと来た。いつも通りじゃなかったのは、ドアを開けたのが家主じゃあなかったってところだ。
    「猪野くん、じゃあまた今度……」
    部屋の奥から言いかけた家主が、あと気が付いた様子で顔を上げた。入り口で立つ五条と、玄関を開ける猪野と、廊下から二人を見る七海。一同少し固まって、そうして一番最初に口を開いたのは自分だった。
    「帰った方がいい?」
    「は?」
    「えっなんでですか!」
    この部屋で誰かと出くわすことを考えていなくて、動揺する。頭が上手く回らない。いや、そうだよな別に誰かがいたって、帰ることないよなとようやく脳細胞が動き出した頃、猪野がドアを開けたままなことに気が付く。
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