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    うぐ昧

    @ugumaigurat

    字描きかもしれない。

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    うぐ昧

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    一着のアンティークドレスを巡るなんちゃってミステリ。

    #カヴェアル
    Kavetham
    #妙知
    wonderfulKnowledge
    #kavetham

    雨上がりの献杯歌1.

     淹れたてのコーヒーの匂いで目覚める。そんな朝をいとおしく思うようになったのはいつからだろうか。
    夜半から製図台とスツールに預けっぱなしの身体は錆びたブリキ人形のようだ。腕を伸ばしグッと力を込めると景気の良い音がする。教令院を卒業し先輩方の下でがむしゃらに働いていた頃はなんてことなかった夜を徹しての作業が、ここ一年でぐっと辛くなってきた。……そろそろもう少しマシな仕事スタイルを身につけるべきなのかもしれない。

     同輩や後輩の朗報が届くようになって、ありがたいことにカーヴェに新居の依頼をと頼まれることも増えている。納期も、依頼人の要望も、それほど困難を伴うものではないが、これからの彼らを日々迎える家なのだ。気合が入ってしまうのも仕方がない。

     ぼんやりと、自分は家庭を築くことはないのだろうな、と思う。父への罪悪感とか、母への責任感とか、そういったものにもうがんじがらめになった日々は遠くなりつつある。だが他人の「家」の構想はいくらでも練られるのに、自分が将来的に持つものというと、途端にイメージが霧散してしまう。

     来るかわからない未来より、まずは月末の返済である。カーヴェは両手で軽く頬を張ると、リビングに向かう扉を開けた。


     ◇◇◇
     
     父が母にそうであったように、彼が僕にそうしてくれたように……ただ寄り添いたい。こんな感情が僕の内に眠っているとは思いもよらなかった。


     ◇◇◇


     
    「……つまりお前は、おいらたちに『花嫁』を探してほしいってことだな?」

     スメールシティ・トレジャーストリート。
     活気に満ちた坂道を、旅人とパイモンは今日も元気に駆け上がっていた。
     草神の座すこの国が政変を経てはや数ヶ月。砂漠と雨林を行ったり来たり、探索に明け暮れる毎日は忙しないながらも充実している。
     いつも通りキャサリンに依頼達成の報告をして、報酬で少しばかり重くなった鞄をぽんと叩く。さぁ次はどこへ行こう、と踵を返したところで見知らぬ声に呼び止められた。
     
    「そこの……冒険者のお方」
     
     一見して気難しい印象を受ける面持ちの老人だった。眉間と口元に深く皺が刻まれた顔。シティの住人と分かる服装は簡素だが手入れが行き届いていて、袖口の小さな硝子釦が品の良さを感じさせる。皮の手袋に覆われた両手は体格の割に小さく見えた。
     商人にしては笑みを浮かべ慣れてないようだし、学者にしては身なりによほど気を回している。旅人は無表情の下で、きっと何らかの職人なのだろう、と検討をつけた。星間を、そしてテイワットを渡り歩いてきた勘はよく当たるのだ。
    「個人的な依頼があるんだが、話を聞いてくれるか」
     
     一通り事情を聞いた後、ふわふわと浮く優秀なテイワットガイドはこう結論付けた。要はひと一人を探しだせば良いのだ。外見的特徴も分かっているし、百戦錬磨と言っていい旅人には朝飯前。……正確には、旅人と相棒は朝ご飯をたっぷり食べた直後である。
     
    「協会を通しちゃいないが、正式な依頼と思ってくれていい。報酬は弾もう」
     その言葉に、肩の辺りで浮かんでいたパイモンはにっこりする。どうやら今日のお昼ごはんには少し贅沢をしても良いみたいだ。
     仕立て屋だと名乗った老人は、銀細工のブローチをひとつ預けてくれた。鳥の翼の意匠が施された繊細なそれは、探し人――『花嫁』に渡す筈だった装飾品だという。
     
    「彼女を見つけ出してこれを渡して欲しい。前金はこれでいいかな? わたしに会わせてくれたら追加で謝礼を支払おう」
    「おう! じゃあ早速、この辺の人たちに聞いてみようぜ!」


     髪の長い妙齢の女性、結婚式を間近に控えている。だがあの老人の店で採寸し、フォンテーヌのデザイナーに依頼してまで作り上げた花嫁衣装を売り払って、どこかへ消えてしまった――
     老仕立て師から得られた情報はこれだけだった。いかな広いスメールといえど、間近に結婚式を控えた女性はそう多くないだろうし、ましてやフォンテーヌ風のドレスをわざわざオーダーする人物なんてそれこそ限られている。シティのなかで聞き込みをすれば、遠からず手がかりは得られるはずだ。
     トレジャーストリートからグランドバザール、そのまま教令院内まで。通りすがる人々を片っ端からあたるが、取り立てて有益な情報はなく捜索は想定より難航していた。
     このままではお昼ご飯を食いっぱぐれてしまうと、か細く訴えるパイモンを放っては置けず、旅人は酒場を訪れた。フィッシュロールをふた皿注文して席に着くと、向かいに見える柱の影に見覚えのある金髪が見え隠れしている。
     幸せそうにランチを頬張るパイモンを席に残して、旅人は彼に話しかけた。
    「こんにちは、カーヴェ」
    「おや、こんにちは。僕にご用かい?」
     
     以前、カーヴェの服装をそれとなく褒めた時に、熱を持って語られたことがあった。
    腕の良い仕立て屋が、彼だけのためにあつらえてくれた一点物の衣装なのだと。
    「確かに僕は自分のファッションにこだわっているよ。だけど女性物の、それも晴れ衣装絡みとなるとな……」
     審美眼というなら、スメールでカーヴェの右に出る者はいないだろう。……これでダメならフォンテーヌに渡って千織を頼ろうかな。首を捻り始めたカーヴェを他所に、旅人は次の算段を立てようとした。
    「だが今回は事情が事情だ。僕のツテだけではなんとも……」
     散々考え込んだカーヴェは、ちょっと嫌そうな顔をしながら、「記録が残ってないか、知恵の殿堂に行ってみよう」という。
    「アルハイゼンを頼るってこと?」
    「違う、司書は別にいるだろう。彼らの力を借りよう」

    (中略)

    ◆回想始め◆

    「……つまりお前は、おいらたちに『花嫁』を探してほしいってことだな?」
    「そうだ」

    「俺は俺の仕立てた服の美しさが分かる人間にしか売らないと決めている」
    「そう……みたいだな」
     腕の良い仕立て屋と聞く割に、彼自身の身なりは質素だった。
     きっと、原価にはとことん投資する割に、商売っ気が無いのだろう。布地や糸、装飾品の類は手入れされて美しかった。

     
     ……空腹時のパイモンはいつにも増して物言いが直球だ。それをちょっと頼もしくも思う。




    「おーい!アルハイゼン!」

    ちら、と振り返りその場で立ち止まったまま走り寄る旅人たちを待ってくれるところを見ると、今はヘッドホンの遮音機能を使ってはいないらしい。

    「なぁ、お前の知り合いでもうすぐ結婚を控えてる……ってやつ、居ないか?」
    「心当たりはある」
    「ほんとか!?」
     やや疑わしげに首を傾げる旅人に、パイモンはにっこり笑って見せた。
    「良かったな、この依頼はすぐ片が付きそうだぜ」
     

    ◆ファルザン◆
    「って、なんでファルザンなんだよ!」
    「先輩をつけるのじゃ! パイモンよ」
    「彼女は先日、俺の執務室に突然押し掛けてきた上、祝儀をよこせと言って1万モラほど回収していった。おそらく縁談がまとまるあてがあるのだろう」
    「はぁ? 誰が自分の祝い金を集めたりする! あれはかわいい後輩のためじゃ。わしと…それからお前の、のぉ」
    「はて、俺とファルザンに共通の知人などいただろうか。人違いではないですか」
    「じゃから先輩と! はぁ、知論派の後輩じゃ。お前もあやつの研究申請には一目おいておったではないか!」
    「不備がなかったので規定通り通しただけです。公務に私情を挟んでいるような表現は慎んでいただけますか」
    「ふん!可愛げのない後輩じゃのぉ」

    「では待ち合わせは日が沈んでからにしよう。プスパカフェで
    「あら、あなたちちじゃない。夜のお散歩? いいわね」昼間の柔らかさとは打って変わって妖艶に微笑む彼女はもうひとりの「レイラ」だ。
     
    「おいら、もうわかったぞ! 次も知り合いのところにてきとーに連れてって、おいらたちがお喋りしてる横で暇つぶしする気だろ!」
    「君たちへの依頼だ。履行責任は君たちにしかない」
    「そりゃそうだけど!」


     まぁ、詳しく話してなかったこっちも悪かったしな、と説明を始めるパイモンに向き合うアルハイゼンの目は、心なしかきらきらとして見える。幻覚だろうか。
    「会場の場所も告げず、料金を支払うと出て行ってしまった」
    「試着している姿が綺麗だったから、出来ることなら結婚式に出たいらしいんだ」

     でもその女性はせっかくオーダーしたドレスを売っちゃったらしくて……
     何か事情があるなら、おいらたちが代わりにあの爺さんに伝えてやるから……


    「知っている人だ。しかし君たちを彼女に合わせることは出来ない」
    「何でだ? やっぱり破談になっちゃって泣いてるのか?」

    「いや、それは違う。彼女は良縁を掴み、幸せな結婚生活を送った。子に恵まれやがて孫の手を握りながら……亡くなったんだ。もう随分と経つ」
    「それって……」
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