あの日々は幸福と呼べたのかもしれない 例えばの話。今ここに特大いちごパフェがあったなら、さてどうする。
「どうするもこうするも、あるんだよ、現に」
鋭くもなんともないツッコミを入れて、ケンチンはため息をつく。テーブルの上に鎮座した、オレの腕くらいは余裕である特大いちごパフェ。や、もちろん手首から肘まで。肩まであったらオバケじゃん、ソレ。
「……これ、食えンの?」
「日和ってんのか三ツ谷、オレらならいけっしょ」
「テメェだけでイケんだろマイキー。オレら見てるワ」
「場地テメェ裏切る気か」
「なー、早く食おーぜ」
「はぁ……、パーちん先食ってていいぞ」
別に、なんでも良かった。その日はなんでもよくて、楽しくて、本当に、楽しくて。
だから、なにかを失うなんてないんだと思ってた。でも、あった、現に。
「ボス、また寝不足ですか」
アジトに置いた仮眠用ベッドで寝転がってたオレに、触るやつなんてひとりしかいねぇ。オレも、許してるのはひとりきり。その指先が優しくて、思わずすり寄って。
「オレが寝るまでそうしてて」
「もちろん」
ベッドが鳴いて、それからもっと、手のひら全部でオレを撫でる手。心地よくてまぶたを閉じる。そして意識をその手に注げば、オレは簡単に意識を失うことができる。まさかヤク中は触るだけで相手をヤク漬けにできるのかと、そんなくだらないことを想像しちまうくらい、簡単だった。そんなことできたら、世界の反社はどこも仕事がしやすいな、なんて。
眠るというより、本当に意識を失っていた。ストンと落ちて、フッと浮上する。再び目を開けることができるかどうか、毎回疑うくらいきれいに意識を飛ばすもんだから、目覚めた瞬間は『起きた』というより『オレは生きてる』と感じるほうが多かった。
「三途」
「はい」
いったい、コイツはいつまでこうしているのだろう。飽きもせず仕事もせず、伝わってくる振動がコイツを呼んでることだけはわかる。オレは髪を撫でる手を振り払った。
「電話、でろよ」
「……ああ」
まさか今まで気づかなかったのか。オレは思わず目を見開いて驚いた。三途はベストのポッケから携帯を取り出すと「なんだよ」とぶっきらぼうな声をあげた。電波越しの大声がオレにも届く。ココだ。多分ココは、『梵天』の中でも割と真面目で、苦労を一手に引き受けてくれてる存在だと思う。
だけどオレはそんな苦労をかける奴らを御する気もなければココを助ける気もない。みんなそうしたくてしてて、そうできるように『梵天』は存在してるから。
「ボス、会議があるって」
「……忘れてた」
「ボスはいなくても大丈夫だけど、テメェは出ろってココに怒られました。生意気なんでアイツ殴っていいですか」
「オマエがアイツの分も働けるならな」
ヤンキー上がりの反社など、年功序列も先輩後輩も大した影響力はない。やってることは最悪でみんな地獄行きだとしても、友達の延長線、みたいな。
友達、なんてありえない。もう、オレにはいない。絶対的な支配者と持ち上げられるのがせいぜいで、心を許していいわけじゃないし、許されるわけでもない。
「……三途」
「はい」
「オレとオマエは……友達?」
少なくとも昔はそうだったから、例えオレの始まりにいなかったとしても、こころのどこかでは今もそうだと思っていたかったのかもしれない。
ここには特大パフェもない、あったところで一口ちょうだいがを食べすぎたことを怒ってくれる相手でもないく、全部くれるような気もする。だけど、どこかで友達なんだと、そう思っていたかった。
「そんな、恐れ多いです」
「……そう」
コイツにとってはそうじゃなくて、それもそうかと納得もする。手を伸ばして三途の口元に触れる。オレの付けた傷は、コイツにとってなんなんだろう。
オレは体を起こした。それから、三途を引き寄せて、触れる。許しているのはオマエだけだと、伝えるように。
「会議、行くぞ。ココが本気でキレたら面倒だ」
「……はい、ボス」
マイキーって、呼んでくれよ。そう思いながら、オレはそれ以上三途に触れることはなかった。