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    karanoito

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    POIPOI 207

    karanoito

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    仁×新

    フラグ立ては上手くいかない

     夜、肉まんを買いに出た足で公園に寄ったら友人と出くわして、何だかんだで自分のアパートに泊まらせることになった。これで友人が可愛い女の子ならマンガやゲームのよくある展開だが、残念ながら男だ。
     公園で元気がなさそうに俯く友人から話を聞くに、兄貴と喧嘩して家を飛び出して来たとまあ、ありがちな展開が続く。今帰ると顔を鉢合わせるから帰りたくない、とベンチで腕を抱く友人の手は冷えきっていた。
    「じゃ、俺の部屋来て暖まってったら? 帰りたくなるまで」
    「……いいのか?」
     新が顔を上げた。何もかも都合が良すぎる。年が明けてからアパートに部屋を借りた仁は一人暮らし。今日、夜に買い物に出たのも、公園で出会った新が自分の部屋に来るのも、帳尻合わせのような気がしてならなかった。
    「何か食べたい物はあるか?」
     深夜まで開いてるスーパーの中、新は手慣れた様子で食料をカゴに詰め込んでいく。手ぶらで世話にはなれないから朝食を作ってくれるとのこと。どこの通い妻だお前は。いや、男だけど。
     買い物を済ませて玄関のドアを開けると、床の至る所にぐちゃぐちゃと物が散乱していて足の踏み場もない。夜のバイトに明け暮れてつい掃除はサボりがち。取りあえず通り道が出来ればいいか。
     ちょっと待っててと仁が口にする前に先に動かれた。散らかった雑誌を積み重ね、脱ぎ捨てたままのシャツは洗濯機に、ゴミはゴミ袋にまとめられていく。手際よく片付けられる部屋を横目に、暖房を入れてから食料を冷蔵庫に詰めた。
     ほら空いたぞ、とテーブルを布巾で拭いてから無表情で新が振り返った。
    「おー、見違えたな。ありがと」
    「こんな惨状でいつもどうやって過ごしてるんだ?」
    「バイト終わったら寝るだけだから。ベッドが空いてれば何とかなるし」
     エアコンとベッドさえ有れば生活には支障なかった。明日は休みだから掃除しようと思ってたし一応は。
    「…………てっきり彼女でも連れ込んでると思ってた」
    「二人くらい付き合ってみたけど、忙しくて放ったらかしにしてたら振られたな。構ってくれない男はヤダってさ」
    「それは当然だろう」
    「女の子ってどうしてあんなに構ってチャンが多いのかね。構ってほしいならお前みたいなマメな奴と付き合ったらいいのにな」
     買ってきた肉まんを頬張って、下らない話をしている内に部屋が暖房で暖まっていく。借りてあったDVDを観ながらダラダラと過ごして。
     途中、新がシャワーを浴びたりもしていたが、男相手に特にフラグが立つようなこともなく深夜を迎えた。
    「このソファ借りてもいいか?」
     毛布と掛け布団を抱えた新が指したのは俺らが座ってる二人掛けのソファ。
    「寝るの? これから本番なのに。ほらエロDVD」
    「18禁……」
    「いーじゃん。17も18も一つしか変わらないしー」
    「そうだな18だな(呆れ)。観るなら君一人で観てくれ、先に休む」
    「ソファじゃ寒いだろ、ベッド使ったら?」
    「その場合君はどこで寝るつもりなんだ」
    「一緒に寝……」
    「お休み」
     聞く耳持たずにそのまま横になる新。そんなに狭いのは嫌か。半ば蹴り出されるようにソファを譲ってから、DVDをセットして再生した。



     一人で画面と向き合いながら、サキいかを歯で食い千切る。ゾンビに食い千切られ、臓物を撒き散らす人々を観ながら缶ビールを呷った。
     イヤホンの中で悲鳴が木霊する。ホラーだって立派な18禁だ、Hなシーンもあるから別に嘘じゃない。
     襲い来るゾンビから身を潜めて芽生える愛も悪くないと思う。逃げるのが先だろと言いたくなるが、そんなチープさがB級ホラーの醍醐味なんだし。
    「…………」
     テーブルに肘を置いたまま、チラリとソファに目を遣る。静かに寝息を立てる新。
     寒くないのかな、と近づいて髪を指で梳き、頬に手を当てる。子どものように温かく柔らかかった。
     愛してるわ、と金髪の美女が愛しい男の髪を優しく撫で、甘く囁く。
    「……愛してるってさ、何だろ」
     正直言って愛なんか分からない。告白してきた彼女たちには解ってたんだろうな。
     同年代よりずっと小柄な新は寝顔も幼くて可愛らしい。かわいいって言ったら怒るけど、そこは二年成長が遅れているから仕方ない。二年もすれば兄貴のように凛々しく育つだろうし大したハンデでもない。
    「かわいいってのは好きとは違うよな」
    「…………」
    「お前さ、どう思う?」
    「……さあ。人に依るんじゃないか」
     大きい眼が二つ揃って仁を見る。画面は向かい合った男女がお互いに肌を寄せて密着しているラブシーンの真っ最中だ。これから愛し合うんだろう。
    「かわいいと思えるなら多少の好意は含まれていると俺は思うが」
    「ふぅん、じゃあ俺お前のこと好きなのかな。ヤってもいい?」
    「……え?」
     ソファの上、新の上に覆い被さる。間抜けな顔をして、ぼんやりと見上げてくる。まだ寝ぼけた眼は熱を持って少し潤んでいた。
    「その冗談は笑えないぞ」
     フラグが立つ前から折れていく音が聞こえる。やっぱり恋愛ゲームみたいには上手く行かないか、ホラーしかやったことないけど。
     このまま進めたらバッドエンド一直線かな、と解ってても一度動き出した体は止まらない。
     美女が男の背中に手を回した。
    「お前のことかわいいって思うし、無茶苦茶にしたいくらいには好きだけど」
    「悪いがうれしくない」
     被っていた布団と毛布を跳ね退けた。仁が貸したパジャマの襟から鎖骨が覗いている。袖が余った手首を押さえつけ、浮き出た鎖骨に赤い花が着くまで強く吸い付いて。
     男が、僕も愛してるよと口付け、ゾンビの徘徊する廃墟で二人は愛し合う。画面と同じようにパジャマの前を開いていく。
    「……いや、だ、離せ……っ」
    「そう頑なにならなくても、一回くらいヤっても何も変わらないってこんなの」
    「……っ」
     新が左右に頭を振る。フラグが立たなくてもこの手を離す気は更々なかった。他人の激しく愛し合う姿を見せつけられて、こっちは一人とか寂しいじゃん。
     胸元に口を添えて、わざと音を立てて吸い付く。ズボン越しに内股を撫でると、ひ……っと新が息を飲む喉から困惑と、何より恐怖が伝わってきた。
    「仁、もうやめ……」
    「大丈夫だって、ちょっと扱くだけ……」
     パジャマのズボンに手をかけたその時、耳元で男の大絶叫が轟いた。画面を振り向くとゾンビの腕が男の体を貫き、真っ二つに引き千切ってるシーンだった。男と絡み合っていた女の体も当然無事じゃすまない、貫かれ、腹には穴が空いていた。新の手首を押さえたまま、しばらく画面を眺める、無惨に二人が食い千切られるまで。
    「……随分とグロテスクだな」
    「ん。だって18禁だし」
     ソファから起き上がった新が画面を観て、一言。ぼんやりしている内に体の下から抜け出したらしい。並んで座り最後まで観終わってから、
    「それで、言い訳はあるか?」
    「さっきの続けていい?」
     まだ言うか、と拳骨で頭を叩かれる。続きが駄目なら抜いて、とのお願いは却下され、風呂場に蹴り出された。
    「きっちり抜いて、頭を冷やしてから出て来い」
    「……風呂入ってる間に絶対帰るだろ」
    「朝飯を作るまでは帰らないから。安心してさっさと行って来い」
     わかった、と風呂場のドアを閉めて仁の体が引っ込むとようやく安心したようにため息が出る。
    『かわいいってのは好きとは違うよな』
     それは、今まで見たことがない冷たい横顔。瞳は虚ろで、とても本気で言ってるようには見えなかった。
    『無茶苦茶にしたいくらいには好きだけど』
     そんな空虚な眼で見つめられて誰が信じられる? 光の宿らない眼はただ捌け口にしたいと語ってるみたいで、怖かった。
     押さえながらじゃなくてせめて普通に告げてくれたら、考える余地もあったのに。
     胸元を握り締める。触れられた胸が熱い。まだ鼓動が収まらない。
     仁の口から出た告白の一つ一つが、嫌じゃなかったなんてどうかしてる。
    「俺、馬鹿じゃないのか……」
     真っ赤に染まった顔を膝に押し付けて、ソファの上で新は膝を抱えた。



    「またな。兄貴と喧嘩したらいつでも来いよ」
    「もしそんな事態になったら今度はちゃんと武装して来る」
     翌朝、新の背中を見送ってから玄関のドアを閉める。無理矢理進めても上手く行かない、やっぱりフラグ立ては大事だなと改めて思った。

    2015.1
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