最後のフラグは折られない
貰った物はちゃんと食え、と口に突っ込まれたチョコの甘いこと甘いこと。ミルクチョコと書かれたパッケージを見て更に甘ったるくなる口の中。げんなりする仁の向かいで袋に積まれたバレンタインの遺産を漁り、テーブルに積み上げていく新はあくまでも真顔だ。酔っても顔に出ないせいで、赤らんだ頬以外普段と変わらないがしっかりと酔ってる。
面白がってジュースに酒を混ぜた所、出来上がったのは絡み酒に暴力三割増しと、普段と変わらない面が強調され、肩透かしの結果に終わった。酔ったら少しは優しくしてくれるかもと期待したが淡い幻想だった。表層だろうが深層だろうが、仁に対する意識は変わらないという事実に喜んでいいのか悪いのか、溶けかけた茶色い個体を喉の奥に押し込んだ。渋い茶がほしい。
「まだまだ残ってるぞ」
「一度に全部は無理だって、勘弁して」
テーブルにへたり込んだ仁を蔑んだ視線が見下ろしてくる。自分一人で食べるのもなんだしと呼んだのに当の本人は一口も口にしてない。不機嫌な無表情でチョコを手に取り、賽の河原の石積みのように黙々と積み上げる。
「せっかく呼んだのに遠慮しないでお前も食えよ」
「贈ってくれた相手に失礼だしキッパリ断ればいいじゃないか。いい加減だ」
「何怒ってんだよ、当然お返しはちゃんとするけど?」
「……それはそれで面白くないから嫌なんだ。こんな嫉妬ばかりの小さな人間、面倒くさいだけだろう?」
珍しく目を据わらせて不満を口にする新。酒のせいか若干素直になってる。
「へー、お前が嫉妬するなんて初めてじゃない? 珍しいモン見た」
俺はレアモンスターか、とトリュフを口にする新の語尾が少しだけ和らいだ。新たに開いたチョコの箱から甘い香りが部屋に舞い上がって、ますますお茶が恋しくなる。
飲み物取ってくるわ、とドアノブに向かった背中を掴んで引き戻される。
「ビールがまだ残ってるじゃないか」
「それだけじゃ足りないから補充に……」
酔っ払いが腕にしがみついてくる。またとないスキンシップに足が止まる。本人的には覚えてないパターンだろうな、コレ。からかえるネタがまた増えて楽しい。
一人ほくそ笑んでたら、こくりと喉を嚥下していく何か。口移しされたトリュフは甘くて、少しだけ苦かった。それはすぐに溶け消えて、後には唇の感触が残る。くすくすと笑い声を漏らし、前後不覚になった体を揺らす酔っ払いが仁から離れる。
……盛大に煽られたんだけど、コレ以上俺にどうしろと?
「あのさあ……」
「何だ、もう一つ要るか?」
「今度は俺があげるから、ほら上向いて」
「ん……、分かった……」
口付けても一切の抵抗がなく、新は視線を移ろわせるだけ。完全に酔いが回った体を床に縫い付けても何も言わないのをいいことに、咥内で舌を交わらせる。事故だって解ってるけどされた側はそうもいかない、二人きりの部屋の中でそんなことされたら理性も吹っ飛ぶに決まってるだろ。
耳たぶを軽く噛み、セーターを脱がした。下に着こんだシャツの襟をはだけ、隠れた首筋に口付けを落とす。シャツのボタンを外しながら徐々に高まっていく欲情のままに小柄な体に乗り上げた時、それは無情にも鳴り響いた。
携帯にセットしていたアラーム。バイトの時間を報せるそれに、眠そうにしていた新の目が気づいたようにパッチリと開いて。
「…………。アラームが鳴ってるが」
「あーうん、そうだな……」
「止めたらどうだ?」
「放っといてもすぐ止まるから」
「……何をしていたかはひとまず置いといて、取りあえず」
退け、と容赦ない膝蹴りによって甘い時間はあえなく霧散されてしまった。
俺も悪いが君も悪い、と説明を終えた後痛くないデコピンをもらった。意外と怒ってない態度に自然と顔が緩む俺に、気持ち悪いぞと顔をしかめる新。
さて、もらったお返しに何を返そうかと三月のカレンダーを捲る日を楽しみに待った。
2015.2