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    karanoito

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    POIPOI 207

    karanoito

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    仁×新、鬼×狐

    白い羊と黒い狼

     なぶる言葉を一方的に押し付けて心を揺さぶる。なんて愚かで悪意に満ちた行為だろう。まるで本当に逢坂新と言う少年を忌み嫌っているかのよう。悪意が含まれた囁きは土足で心を踏み荒らす。肩を押さえ付けられた彼の顔は蒼白に、絶句して見つめ返すだけだった。
     硬直したままの指先を何とか動かそうとしても、その都度冷たい言葉に断念させられる。整った口から産まれ、吐き出される黒い呪い。それは波のように揺らいでは静かに押し寄せる。そのとめどなさに少年の反論は唾に変わって飲み込まれた。
    「何を信じてるのか知らないけど、俺の話なんか全部嘘だからね。傍にいたら少しでも解らない? 違和感があるって事。白い羊たちに一匹黒い狼が混ざったらそんなのもう隠せない、あとは淘汰されるしかないんだ。それが嫌なら反乱するしかない。他人を傷つけても騙しても、自分が生き永らえるそれだけのために」
    「それで君が意識を乗っ取ったと言うのか」
    「違う、俺が本性だ。だってほらこんなに体が軽いし、楽しくて仕方ないんだよ。あんなに憎んでた周りがどうでもよくなってさ、こんな最高な気分久々だよ」
     舌なめずりと狂った哄笑が耳にいつまでも残る。大きく肩を揺さぶる腕に少年は顔を歪めて、やめてくれと呟いた。
    「君が俺の知ってる仁だなんて思えない、認めたくない」
    「お前が俺の何を知ってるって? ずっと上辺の白い羊しか見てなかった、気付かなかったオトモダチのお前に何が解るんだ。嘘なんか一つもないのに。黒い狼はちゃんといたのに、見なかったのはお前らの方じゃないか」
     揺さぶって揺さぶって、遂には爪が食い込むほどに強く肩にのし掛かる指を払い退けるなんて少年には出来なかった。抵抗出来ないまま壁にたどり着く背中。壁と仁に挟まれ、少年の指に自身の指を絡ませる彼を憐れむような視線を向ける。
    「君は自分の恨み辛みを他人に押し付けて周りを貶めてるだけだろう、彼はそこまで弱くない。自分を弁えて振る舞える」
    「意志のない人形にでもなれってこと? 冗談じゃない。自分の意志はしっかり指し示さないとナメられるだけだろ、他人に操られるだけの人生なんて御免だってお前も分かってるんじゃない? 好き勝手していいんだよ、遠慮してたら食いつぶされるんだから」
     荒げた口調は再び静かにたゆたう。鼓膜を通じて脳髄に染み渡らせるように耳元に近付けた唇は囁く。
     暗い光を宿す瞳は、小さく息を吐く顔を見ないで、その首筋に顔を埋めた。
    「いつだって俺の周りは優しくなかったからさ、近くで誰かが傷ついても自業自得としか思わなかったな。俺ばっかり不幸なのは平等じゃないってずっと思ってた」
    「一人よがりな事だな。それは周りを無闇に傷つける理由にはならない。ただの身勝手な振る舞いだ」
    「正論だ。お前はいつだって正しいよ新。でも攻撃するしか出来ない奴もいるんだって覚えててほしい」
    「そんな横暴……」
     仁の頭が動いてそれは肌に歯を立てた。鈍い痛みが首筋から伝わって、傷を作った本人が自ずと音を立て傷跡を舐め始める。吸血鬼のような振る舞いは端正な顔立ちの彼に似合い過ぎて、相応しく思えた。
     仁、と名前を呼んでも返事はなかった。
    「そのあだ名は好きだけど俺には相応しくないから別の呼び方にして」
    「……仁(ヒトシ)?」
    「それこそ白い羊の名前だろ、狼に相応しい名前がいい。お前が名付けてよ、何でもいいから」
     傷を舐め終わって顔を上げた彼は明るい色の目に暗い光を宿して唇を舐める。攻撃的で傷つきやすい彼は確かに仁じゃなく、別の存在だった。人に馴染めないで怯えて身を隠す、化け物になりきれない憐れな弱い生き物。
     白い羊の群れが人だったから黒い狼は人になれなかった、迫害されるだけで本当は化け物でも何でもない。
     それは石を投げられて人里から遠く離れるしかなかった昔話の鬼を思い起こさせた。
    「――鬼だ。怖がって人を傷つけるしか出来ない憐れな鬼、これ以上君に相応しい呼び名もないだろう?」
    「いいね。馬鹿にしまくりの由来はともかく、強そうだし気に入った」
    「仁」
    「鬼だよ、黒い狼は鬼になった。黒い鬼に。もう白い羊の真似をしなくていいんだ。俺は黒い鬼だ」
     ようやく指が外れた。黒い狼だった彼は鬼になり、二度と少年の前に姿を現さなかった。

    「君は到底鬼に見えないが、本当に鬼なのか?」
    「それ言ったらお前は何で狐なんだよ、て話になるよな」
    「俺はいいんだ、この狐の面があるから」
    「俺だって目隠しに鬼って文字入ってるし」
     ホラ、と指差す黒い目隠しには鬼と一文字入っているがだから何だと鼻で笑う。悪いが由来があるようにはとても思えない。
    「由来なんか知らないけど俺が鬼って言うんだから鬼なんだよ。はい、それで決まり」
    「確かにこれ以上は無粋だな。せいぜい節分に豆をぶつけられて役立ってくれ」
    「豆ぶつけられに向こうに出張しろってか」
     冗談じゃない、と後ろ頭を掻く鬼の怪異の隣で、一度くらいはいいんじゃないかと狐の怪異が面の下で意地悪に微笑んだ。



    おまけ

    「お前が名付けてよ、何でもいいから」
    「……ソドップ?」
    「ソド……え、なに?」
    「まそっぷでもいいぞ」
    「その呪文みたいなの何? 意味はなんだよ」
    「嫌か」
    「好き嫌い以前に意味分かんないんだよ……」
    「分かり易い方がいいのか、仕方ないな。じゃあ、お米粒とフーミンどちらに……」
    「俺が悪かった。頼むから真面目に考えて」
    「何でもいいと言ったのに」

    2015.7
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