A white lie(罪のない嘘)
誰でも胸に抱えてるものってあるじゃん? トラウマ、秘密、悩み事……重くて苦しい、でも捨てられない厄介なものがさ、時々疼いて暴れ出す。そんな時叫び出して発散するか、黙って隠し通すか。お前ならどっち選ぶよ?
俺? 俺は取りあえず嘘でも吐こうかな。嘘って言っとけば誰も信じないから楽なんだ。嘘で溢れたこの口が真実を紡いでも誰も気づかない、だから安心して軽口を叩けるんだ。楽しい話、泣ける話、笑い話、怖い話をいくらでも。
人間、鬱々とした事実より面白い作り話の方が聞きたいし、話したいに決まってるだろ? 悩みは打ち明けるものであって自分が聞き手に回りたくない。みんな身勝手なんだよ、所詮他人だし面倒だもんな。
親身になって話を聞いても厄介ごとが降ってくるだけ。わざわざ自分が困る選択してどうすんの? 得なんか一つもないのにお前が傷つく必要ないじゃん。傷つくくらいなら見過ごす方がずっといいよ。親切ぶった善人がしたり顔で善行するの見てて吐き気がする。そういうの嫌いなんだ俺、ひねくれてるから。
何故って? アイツら都合悪くなったらすぐ逃げるじゃん。見返りのない善行なんて嘘。相手の立場が利用出来るから話に乗ってただけで、本当に助けたいなんてこれっぽっちも考えてない。助けてほしい時はみんな大抵見て見ぬ振り。お前も思い当たる節ない?
……そっか、理解んないか。いや、それでいいんじゃない? 俺は基本的に人を信用出来ないから裏のない親切が怖いだけで、世の中には本当の善人や善行があるんだろうし。ごく当たり前に、迷子に手を差し伸べられる大人がどこかにいるんだ。お前が迷子の子どもを放っとけないみたいにさ。
俺には無理、後先考えて躊躇っちゃうからお前はすごいと思うよ。感心する。尊敬してると言ってもいいな。……何だよ、誉めてんだから苦虫潰した顔するのやめろ。失礼な奴。
……それが君の持論かって? 違う違う、俺の話じゃないって。ああ、言ってなかったっけ。うん、嘘ってか作り話な。人を信じられない嘘つきなピエロの話。
真面目に聞いてもらって悪いけどさ、実話とかあり得ねーし。こっぱずかしくて話せねえって。
それも嘘かって? あー、どうだろうな。嘘つきの話だから全部嘘かもな。
――そこで言葉を切って、片手を左右に振って仁は笑う。
「終わりか」
「うん。反応イマイチだなー、つまんなかった? 今度はもっと面白い話仕入れてくるから期待してろよ」
昼下がりの教室の中、得意の人懐こい笑みを浮かべて彼は作り話を披露していた。向かい合う新は昼食に選んだパンを一口かじってその目を覗き込む。
ああ、これは嘘つきの瞳だな。嘘つきなピエロとは自己紹介もいいところだ。人を信じられないの枕詞が少し引っかかったが、彼にも思う所があるのだろう。
パンの欠片を飲み下した新の前で、よく回る舌は次の話を始めていた。
2015.9