どっちが吸血鬼か分かりゃしない
痛っ、と持っていたリンゴを落としたカロルの指から赤い雫が滴り落ちた。
剥いていたナイフで誤って切ったらしい。
「思い切りいったな」
「平気だよ、すぐに止まるから……っ?」
大丈夫か、とカロルの手を取ると流れる血がユーリの服の袖を赤く汚した。
それを見て講躇わずにユーリは指を口にくわえた。
錆びた匂いが鼻をくすぐり、傷ついた指に舌を這わせて、血を舐める。いつもと逆の立場になったカロルは顔を紅くして、恥ずかしさから後退ろうとした。
しかしユーリは離れずに、犬のように指をしゃぶり舐め続ける。
「ユ、ユーリ……はなし……ひゃっ。だめ、ちょ……やめ……くすぐったいっては……あっ」
ねっとりと緩慢とした舌の動きに弄られ、カロルの身体が震えて熱い吐息が小刻みに零れる。抑えられない衝動が内からこみ上げてきて止まらなかった。
血は止まってもユーリは指に舌を絡めて弄び、小さく喘ぐ様をしばらく視姦した。
「……っ、はあっ……ん……っ」
紅く染まった頬で息遣いは乱れ、目蓋にうっすらと涙を浮かばせて……血を吸われる人のカオはこんな感じなんだろう。
血を吸うのも吸われるのも官能的で、それで人は恐れながらも吸血鬼の姿に魅了される。
最後に強く傷口を吸ってから名残惜しそうに唇を離した。
「……何かイケナイ事された気分」
「こんなモン序の口だろ、アレとかソレに比べたらまだまだ」
「アレとかソレって……やっぱり聞くの止めとく。止めといた方が良さそう」
「そうか、残念。ところでお前の血舐めてもよかったのかね?」
えっ、と小さく漏らした後カロルの顔が青ざめていく。ユーリの体に飛びつき、口の両端を摘まんで横に大きく開いた。
取りあえず八重歯は小さいまま、吸血鬼(自分)のような牙に変わってはいない事に安堵した。
「今は吸血鬼化はしてないみたい……ユーリ、喉が渇いたりしない? 血の匂いに惹きつけられたりとかしない?」
今の所は、と首を横に振るとほっとカロルが安心したように一息ついた。
「よかったー、ユーリが吸血鬼になったらどうしようって心配したよ」
「大人夫だって」
「軽く考えちゃ駄目だよ。人が吸血されるって大変なんだから! どうなるか解らないんだよ?」
「死んじまったり、生ける屍体になったりするんだろ。オレは絶対ならないから心配すんな」
何でそう言い切れるの? と信じてない風に半目になるカロルに笑ってから、頭を撫でる。それでも不安気に口を叫んでいるカロルの、皺の寄った額に口付けた。
「……ユーリって楽天的だよね」
「それを言うならカロルは心配性だな」
「ちょうどバランス取れていいじゃない」
「そうだな」
二人で笑い合ってから唇を合わせて温もりを確かめる。甘い血の匂いが鼻を掠めて、マタタビを嗅いだ猫のようにとろけた目をして、カロルは広い肩にすり寄った。
これじゃどっちが食われる方か判らねぇな。柔らかい体を腕に抱きながら唇の端を歪めて苦笑すると、ユーリはもう一度、柔らかな唇にそっと口付けた。
2011.10