また会えるから。ね
月が欲しいと手を伸ばして泣いたら、君は何処にも行かないのだろうか。
父や母のように置いていかないで欲しい。
離れたくないと温かい手を握った。
ずっと傍に居て。と言ったら困った顔で笑うんだろうな、きっと。
*
行くなよ、とマメが潰れた手で引き止められた。
「もう戻らなくちゃいけないから、またね」
カロルは困った風に笑って肩を竦めた。
幻の帝都ザーフィアスに来るのも戻るのも、カロルの意志ではどうにもならない。
ここは誰かの追憶の世界だから。
その事を知らない少年のユーリは、ただ離れたくなくて食い下がった。
「じゃあオレも一緒に行く」
「そんなの無理だよ、だって……」
カロルが口ごもる。苛立ったユーリが繋いだ手を強く握った。何を言っても、どう言い繕っても傷つけるだけ。
過去のユーリと一緒の時間を歩む事は出来ない。
「今は無理だけど、また会えるから。ね」
「またっていつだよ? 二年間ちっとも姿見せなかったじゃねぇか」
「……ごめんね」
少年のユーリは真っ直ぐ感情をぶつけてくる。一歩下がって背中を見守ってくれる現在(いま)と違って、ずい分幼い。
こんなに懐かれるなんて意外だった。フレン以外には誰にでも平等なのがユーリだったから。
「ダングレスト、だったよな? お前の街」
少し考えてからユーリは手を離した。
「うん、でも外は魔物がいるから無理だよ」
「お前がここまで来てんのに無理なもんか。絶対ダングレストに行ってやる」
危険だとカロルが言ってもユーリは聞かず、別れた後で外に出た。
月が手に入らないなら取りに行く。もっと近くに行くために手を伸ばす。
君のいる街で会うために。
*
あれから怪我をして散々怒られたと、ユーリに再会してから聞いた。
「だから無茶だって言ったのに。よく怪我だけで済んだよね」
「丈夫なのが取り柄だからな」
ユーリは歯茎を見せて子供っぽく微笑った。幼い頃よく見た、今は滅多に見せない笑顔で。
「9年もかかったけどやっと会えた」
「それっておかしくない? ユルゾレア大陸へ行った方が後でしょ」
「オレにとっては下町で会ったのが先だからいいんだよ」
カロルは釈然としないで首を捻っている。
追憶の空間で会ったのが先か、クオイの森で会ったのが先か。
それは誰にも解らない。些細な事だ。
また会えたのが重要だから。
「もう何処にも放って行くなよ?」
肩に頭を預けると、カロルも口を尖らせて言った。
「あの時は仕方ないでしょ、本当の事言えないし。ユーリこそギルド放ったらかして、何処か行かないでよ」
「カロルが、またねって言わなけりゃな」
ユーリの意地悪、と小さく肩を竦めるカロルの隣で満足そうに、そっと、ユーリは笑みを浮かべた。
2011.11