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    karanoito

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    POIPOI 207

    karanoito

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    ユリカロ 天使と悪魔パロ

    天使と悪魔が出会った日

     ……誰もいない。薄く閉じかけた目蓋を持ち上げ、地面に這いつくばった姿で辛うじて確認する。呼吸は細かく絶え絶えに、指を動かす事さえ満足に出来ない。
     瀕死の重症。消滅を待つしか悪魔に出来る事は無かった。
     助けを呼ぶ力も無い自分を迎えに来るのが何かは分からないが、同業者が来るとかなり間抜けだろうな、と最期に自虐的な笑みを口に浮かべた。 
     そして、完全に彼は目を閉じて動かなくなった。
    *
     雲上の天界には天使が暮らし、地下の魔界には悪魔が棲んでいるが、決してお互いに干渉はしない。存在が真逆な彼らは近付くだけで苦痛を伴い、力を蝕む。
     他を救う存在と他を陥れる存在。互いに疎ましくて相容れないのは当然、その関係性は未来永劫変わらない、筈だった。
     平和な天界に一人の悪魔が強引に踏み入り、手にした刃を振るうまでは。
    *
     侵入を拒む結界により身体のあちこちは灼けただれ、血が滲む。思い通りにならない足を引きずりながら、それでも一心不乱に目標に向かって攻撃を加えていた。
     その顔はまさしく悪鬼そのもの。余程憎いのか何度も何度も斬りつけ、三人の若い天使たちは既に虫の息だ。
     攻撃する度に力が反発し、与える以上に血に塗れていくが、構わず彼は凶刃を振り続ける。
     周りの天使は遠巻きに眺めるだけで誰も止めなかった。止めようとした大人の天使が血だらけで地面に転がり、親しき者が治療に当たっている姿を目の当たりにすれば、後込みするのは当然と言える。
     誰だって他人の命より我が身が可愛いに決まっている。天使と呼ばれる彼らでさえこの始末だ。
     傷だらけで天使たちが泣いて許しを請うても、悪魔は攻撃を止めなかった。いくら傷つけても足りないと、瞳を暗くぎらつかせ、大きく剣を振りかぶった
    「……ユーリ、やめて……!」
     覚束ない足取りでフラフラと、一人の天使が歩み寄る。怪我が治って間もない、弱った姿が名を呼ぶと悪魔の肩がピクリと反応した。
    「カロル……よかった、無事だったんだな」
     刃を下ろし振り向いた悪魔は、心配そうに天使の子を見やった。
     近付き過ぎないように慎重に足を引きずる。泣きそうな顔で見つめるカロルに目を細め、安堵の息を吐く。
     ようやく落ち着いて、刃を鞘に収めると、ユーリはその場に膝を突いた。
     ユーリ、とカロルが駆け寄って手を傷口に向ける。
    「ばっ……そんな身体で近付くな!」
    「馬鹿なのはユーリの方でしょ! 何で、こんな事……」
    「アイツらがお前を傷つけたからだよ」
    「……知ってたの?」
     思い出しても胸くそ悪い。自由気ままに空を飛び呆けていたユーリが見たのは、同族の天使からフクロにされているカロルの姿。遠くからでも酷い有り様なのはすぐ判った。
     でも、悪魔(自分)は天使に近付けない。唯でさえ酷い怪我を負っているカロルをもっと苦しめてしまう。
     怒声を上げ、追っ払うのが関の山だった。
     ギリギリまで近付いて、カロルに呼びかけても返事は無かった。とっくに気を失っていた。近付いて手当てする事も、天界に送り届ける事さえ出来ない自分を呪った。
     見守ることも許されない。
     打ちひしがれ、カロルを置いてその場を去るしかユーリには出来なかった。
    「……いない」
     しばらくして舞い戻った雲の上に、もうカロルはいなかった。流した血の跡が残るだけ。何かの足しになれば、とかき集めてきた薬や包帯が腕の中からバラバラと零れ落ちていく。
     無事かもしれない、力を失って消滅したのかもしれない。どっちかなんて知る必要は無い。
     自分は「悪魔」、あるのは破壊と報復のみ──悪魔の自分に他を救うなど、土台無理な話だったのだ。
     その足で天界に向かい、すべて壊してしまえばそれでよかった。
    「……オレは強欲な悪魔だ、救けたいなんてお門違いなんだよ。やっと思い出した」
     「天使」となれ合って、悪魔らしさをすっかり忘れていた。
     カロルは哀しそうな顔でユーリを見てから、俯く。
     仲良くなれた日々がたった一つの出来事で粉々に砕け散り、優しさが芽生え始めていた「友達」の心を壊してしまった。
     救けられた悪魔と天使は仲良くなり、日々はこれまで通り穏やかに過ぎていくのだと信じていたのに。狂った歯車は噛み合わずに、あっさりと止まってしまった。
    「カロル、オレは……」
    「そこまでです! カロルから離れて下さい!」
     白とピンクを基調にしたドレスを身に纏った女性が細剣の先をユーリに向けた。カロルを押しのけ、庇うようにユーリは立ち上がった。
    「大丈夫かい?」
    「フレン……エステル……」
     反対側からフレンがカロルの手を引いて、ユーリから引き離す。
     バチッと触れた手から電流が走り、フレンは目を見開いた。
    「え……?」
     カロル! と果敢に闘うエステルの剣を弾きながらユーリは声を張り上げる。
    「オレと一緒に来い!」
    「カロルは私たちの仲間です! あなたとは行けません!」
    「アンタには聞いてねぇよ」
     引きずっていた足はすっかり元通りに動き、器用に踵で剣を操ってみせる。傷は完全に治っていた。
     打ち合っていた剣を弾き飛ばされ、エステルが尻餅をついた。エステリーゼ様! と駆け寄るフレンに目もくれず、横をすり抜けて、ユーリはカロルの前に立つ。
    「ここにいる全員を敵に回してでも連れて行く。お前が嫌がってもだ。欲しいものは力ずくで奪い取る」
    「……ユーリ」
    「お前の白い羽根を、黒く染めて堕としてやるよ」
     行こう、とユーリが左手を差し出す。腕を伸ばせば届く距離にユーリはいる。こんなに近付いても相反する力は反発しなかった。
     「悪魔」を反発する筈の力が働かず、逆に「天使」のフレンに反発する力が強まっているその意味は。
    「…………うん」
     もう、心は決まっていた。きっと最初に会った時から、その手を繋ぎたかったんだ。
     手を伸ばしてユーリの手に重ねると、忠誠を誓う騎士のように跪き、小さな手の甲に口付ける。カロルの背中に生えた純白の羽根が端から黒く染め上がり、魔性の翼へと変わっていく。
    「エステル、フレン、ごめん。ボク行くね」
    「待ってくれ、カロル!」
     ユーリが唇を離して立ち上がると、カロルは変貌を遂げていた。翼だけでなく、纏う気配も別物になり、黒く禍々しさに満ちている。
     呼吸を乱し、潤んだ目でカロルはまっすぐに別れを告げた。
    *
     大きな翼を広げ、宙に舞うユーリがカロルの手を取り、カロルも翼を広げて飛び立つ。
     ゆっくりと上昇し、難なく結界を抜けて外へ出た。
    「何笑ってるの?」
    「……触れる」
    「今更それ?」
    「何だよ、カロルは嬉しくないのか?」
    「……それは、ボクだって嬉しいよ。でもいっぺんに色々あって、頭が追い付かなくて」
     力に反発されずに触れる事が嬉しくて堪らない。カロルの手を取り、ユーリの口元はだらしなく緩みっぱなしだ。
    「結界抜けちゃったね……でも全然痛くないや」
    「……イヤ、オレは痛いけど」
    「ちょっと、何でやせ我慢してるの!? 早く治……せないんだった、わ〜っ、ど、どうしよう?」
    「暴れんなって、落ちるぞ」
    「そうよ、落ち着いて」
     慌てふためくカロルを宥めながら飛ぶユーリに、同じ翼を持つ女性が、二人の周りをぐるぐると回っている。
     目を丸くするカロルに、ジュディスよ。と女性は背中の後ろで手を組み、名乗った。
    「ジュディ、天界のこんな近くまで何しに来たんだ?」
     天界の周りにはこれといって遊ぶ物も無ければ、見て楽しい物も無い。入れない天界に用があるとも思えない。
     貴方が天界で大暴れしていると聞いて、と唇を引き、ジュディスは目を細めて微笑った。
    「私も参加しようかと思ったのだけど、結界がね」
    「呆れた、アンタも根っからの戦闘狂ね」
    「リタも来てたのか」
     もう一人、女の子の悪魔が現れて、ジロジロとカロルを観察するように目を光らせる。
    「これが堕天使? あたしたちと全然変わらないわね」
    「情報が早いな、さすがリタ」
    「当たり前じゃない、あたしを誰だと思ってんの?」
    「羽根に名残があるだけね」
     言われてみればカロルの羽根は柔らかな羽毛のままで、ユーリたちは硬い骨組みのコウモリ羽根。天使とも悪魔とも違う黒い羽根は堕とされた堕天の証だった。
    「あとで顔見せなさい、色々調べたいから。アンタはこれ、使うといいわ」
    「サンキュ」
    「ようこそ、下界へ。歓迎するわ。可愛い堕天使さん?」
    「うん……よろしく。ボク、カロルだよ」
     ほら、とリタが薬箱を寄越して、ジュディスがカロルと握手を交わす。
     二人が飛び去った後、カロルは軽く空を見上げた。
     天界は頭上にまだ見える、でももう帰ることは出来ない。そう思うと、少し物寂しいが未練はあまり無かった。
    「これからよろしくな、カロル」
    「うん」
     隣に浮かぶユーリを見ると、髪を撫で、柔らかく手を握ってくれる。それを握り返し、天界に背を向けた。

    2011.12
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