鎌倉市内にある清澄邸の門の前。
それが今日の待ち合わせ場所だった。
自宅の前でその人が来るのを待っていると、ちょうど約束の時刻を少し過ぎた頃にシルバーの乗用車が目の前に止まった。
助手席のパワーウインドウが下がると、見慣れた笑顔が現れる。
「清澄、お待たせ!」
「本日はわざわざご足労いただいてありがとうございます」
「いいって!ほら、乗って!」
促されるまま助手席に乗り込む。
今日は木村さんの運転で一日外出する予定になっていた。彼の車に乗るのは初めてで、なんだかどきどきしてしまう。
家族共用の車だから洒落たものは置いてないんだけど、と何処か照れくさそうな彼の様子に少し緊張が和らぐ。
確かに二人で乗るにはやや大きいサイズの車で、あちこちにパンフレットが挟まっていたり、ボックスティッシュが置いてあったりと日常を感じた。
「俺、安全運転には自信があるんだ!」
だから車内ではゆっくり寛いでくれよ、そう言って木村さんはにかっと笑った。
たしかに木村さんの運転は安定感があり、安心できるものだった。普段から運転し慣れているのだろう。自分は車の免許を持っていないし運転したこともないので詳しいことはわからないが、自信があるというのは確かなのだと感じた。
「俺の運転、大丈夫?」
「ええ、とても乗り心地が良いです」
なにより、見える景色がいつもと異なることに静かな興奮を覚えていた。シートベルトを握り締めたまま、きょろきょろとあたりを見回してしまう。
「なにか変なものでもあった?」
「いえ、そうではなくて…」
信号待ちのタイミングで木村さんが小首を傾げてこちらを伺う。
「実は私、助手席に座ったことがないものでして…」
普段から家の車に乗る機会はあるのだが、いつも後部座席に案内されるため助手席に腰掛けたことがなかったのだ。
「へーそうなんだ!助手席は運転席と一緒で見晴らしがいいから景色が楽しめると思うよ!」
信号が青に変わる。
目線を先に移しながら、木村さんは笑顔でそう答えた。
運転、お好きなんですね。
くるくると変わる道路状況に都度対応しながら、私との会話も途切れさせない。
「助手席に乗るのは初めてですが、良いものですね」
こうして運転する木村さんの横顔をずっと見ていられるのですから。
心のなかでそっと付け足す。
真剣な目でハンドルを握る木村さんはとても格好良くて、彼の普段見れない表情を垣間見れた気がした。そしてなにより、いつも以上に大人っぽく見える。
気づけば景色よりもずっと、隣の貴方ばかり見つめていたことは本人には内緒にしておきましょう。
…恥ずかしいので。
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