初めての〇〇 プロデューサーさんから渡されたカードキーを翳すとカチャ、と軽い金属音が鳴った。
ボストンバッグを片手に2人で部屋を覗き込むと、思いのほか広々としていて思わず顔を見合わせた。
「こんなにちゃんとした部屋を用意してもらえるなんて驚いたな」
「急いで取ったって聞いてたからてっきり手狭なマンションかと思ってたぜ」
仕事の関係で千葉方面の長期撮影があり、通うのが大変だろうというプロデューサーの計らいで、今日から1カ月ほど俺と信玄はウィークリーマンションで暮らすことになっていた。
靴を脱いで上がってみると2LDKの広々とした家具備え付けのマンションだった。ベッドも2台あるし冷蔵庫や調理器具なんかも一式揃っている。バス・トイレ別なのも嬉しいポイントだ。
「これなら信玄も料理作り放題だな」
「ああ、英雄の好きなパンケーキも焼いてやれるぞ」
「やった」
思わず満面の笑みを浮かべてしまう。
俺はパンケーキを食べるのも作るのも大好きだけど、信玄の焼くパンケーキもそれはそれは美味いのだ。
「とりあえず着替えと日用品と…」
バッグの中から1週間分の着替えと歯ブラシやら家から持ってきた生活必需品を取り出していく。
「あー、洗剤とかトイレットペーパーとかは買いにかなきゃだな」
「今夜の食材も欲しいな。買い物に行こう」
「おう!」
急いで身支度して部屋を出る。確か近くにスーパーと薬局があったはずだ。
並んで街を歩き出す。二人きりでいることなんて珍しいことでも何でもないのにどこか心が浮ついているのは、やはりこの状況のせいだろうか。
一時的とはいえ信玄と同じ家に帰ることができるのがひどく嬉しかった。
二人でスーパーと薬局を回り、レジ袋をパンパンにして帰路に着く。
「ただいま!……あっ」
いつもの癖で誰もいない部屋に向かって声を上げてしまい少し恥ずかしくなる。いつも家には誰かしら家族がいるから返事が必ず返ってくるのだ。
思わず照れ笑いしていると、隣の信玄が日没の色を優しく細めてこちらを見下ろしていることに気づいた。
「英雄、おかえり」
その声があまりにも優しくて、あまくて、慈愛に満ちたものだったから、俺は堪らなくなってしまった。
重い荷物を片手に、狭い玄関でそっと信玄に身体を寄せる。10センチ以上背の高い男の顔を見上げて、確かめるようにもう一度、呟いた。
「ただいま、信玄」
初めての2人暮らし