悪夢か正夢か逆夢か吉夢か(fry)深夜二時頃。突然の来客通知に起こされてインターフォンを覗けば妙にニコニコした表情の降谷が映った。そしてすぐにスマホが鳴りインターフォンの画面では降谷がスマホを耳に当てている。確認することも無いかと着信は無視してドアロックを解除した。
「……どうぞ」
数分して玄関のチャイムが鳴る。いつも通りに開ければすぐさま入ってきた降谷は後ろ手に鍵をロックしつつ抱き締めてきた。あまりに突然のことに無抵抗で抱き締められていると降谷が震えていることに気が付く。そっとその背に両腕を回してなだめるように背中を撫でた。
「……このままでいいからリビングのソファーに行きますよ」
ゆっくりと後ろへ足を進めれば降谷も器用に靴を脱いでその分だけ足を進める。ようやく到着してソファーへ座ろうとすれば降谷は同じように膝を折って二人で腰を下ろした。降谷の震えは止まらない。片手は背中に、もう片手は後頭部へ持っていきゆっくりと撫でてやる。降谷の金髪がさらりと指を通って気持ちがいい。
「……怖い夢を見たんだ」
「そうですか。起きていたくて来たんですか?それとも、眠りたくて来たんですか?」
「眠りたい。眠りたいのにここ最近の夢見が悪くて、寝不足で。でも悪夢で眠れない。寝ないとそろそろ限界だと思ったから、睡眠薬を処方してもらったんだ。でも薬で眠ってしまったら睡眠中、何かあったとき確実に対処できないからどうしても飲めなくて、どうしようもなくて……気が付いたらここに向かってた。こんな時間なのに、ごめん」
「それは大変ですね。なら、今日はちょうど寒いし一緒に寝ましょうか。私の湯たんぽになってくれます?」
「……いいのか?」
「いいですよ。ああ、湯たんぽなので先にお風呂で暖まってきてください。お洋服は洗濯乾燥回しちゃいましょう。スエット貸しましょうか?」
「服やだ。パンツだけ履いて寝る」
「お、おう。そうですか。ならお風呂入ってきてください。先にお布団入って待ってますね」
「うん。うん……待ってて」
勝手知ったるようにクローゼットを開くと中に置いてある小さい衣装ケースから男物のトランクスを手に取り降谷は早足でシャワーを浴びに行った。戻ってきた降谷の髪が濡れていたので待ったをかけドライヤーを持ってきて乾かす。ベッドに座らせ無抵抗でドライヤーを当てられる降谷はうとうとしており、乾かし終えると眠たげな瞳を向けてくる。
「ほら、髪も乾かしたしお布団入って」
素直に布団へ入った降谷の隣に身を滑り込ませるとギュッと向き合って抱き締められた。
「暖かくてやわらかい……ふふっ。お風呂入ったら鳥海の匂いになって安心した」
「うちのシャンプーコンディショナーボディーソープの一式使ったらそうなりますよねぇ」
「ひとり寝が普通なのに、これじゃあ、もう……ひとりで、ねむるの……」
「難しいこと考えていないで寝れば?」
「んー……もう少し、お喋りしたい」
「喋っていいですけど、私が先に寝落ちしたらスマン。先に謝っときます」
「うん、わかった……夢で、僕がどんなに頑張っても、みんな間に合わないんだ……僕を置いて、逝ってしまうんだよ…………キミも」
「勝手にコロコロすんな」
「うん……そ、うだね……生きてる……」
「あれだ、それって逆夢ですね。私めっちゃ生きるじゃん」
「…………ああ、そっか……それなら安心、だなぁ………………」
「え。そこで寝る?実は…………私は貴方が死ぬ夢を何度も見ている、なーんて……知らなくていいか」
あどけない寝顔にホッとする。魘されたら起こしてやろうとじっと寝顔を見つめていたが、気が付けば私も知らない間に眠っていた。意識が浮上するが今日は起きたくないくらいに寝心地がよくて目を開けることができない。おかしいな、いつもはすぐに目を覚まして支度を始められるのに。あ、今日は休みだからもう少しくらい寝ててもいいや。たまにはいいよね。最高の二度寝じゃないか。
「……ふふっ、僕も二度寝しようかな」
髪や頬に触れる感触と何か声が聞こえた気がするけれど、今日の睡魔には勝てない。だってこんなにも心地よい。そしてお昼前くらいに目を覚ましてからその理由を知る。
「おはよう、鳥海。いや……もうお昼前だから、おそよう?」
「んー……おはようございま…………あ……あれっ?」
「たまにはこんな日もいいな……もう少しこうしていたい」
「……起きられなかった」
「鳥海からすると予想外だよな。でも、そのおかげで僕は沢山眠ることができたよ。人が居ながらこんなにも熟睡できたのはいつぶりだろう?」
「寝坊した……これは、ちょっとマズい」
「どうして?」
「こんなの、堕落する」
「…………ふふっ。確かに、もう布団から出たくなくなるよなぁ」
「はぁ~~~!起きなきゃ」
「駄目。僕が満足するまでもう少しこのまま」
ギューッと抱き締める力を強められる。首筋に顔を擦り付けスーハー匂いを嗅ぐのは止めて欲しい。さらりと金髪が目の前に流れてきて同じジャンプを使ったはずなのに少しだけ違う香りに感じて、これは降谷自身の匂いと混ざった物だと気付いてしまった瞬間に恥ずかしくなってきた。ゴクリと喉を鳴らしたのを気付かれてしまっただろうか。
「なぁ、鳥海」
「な、んです」
「また、眠れなくなったらこうして一緒に眠ったら駄目か?」
「………………寝坊が怖いので、休みの前日なら」
「あ、癖になった?僕も一緒に寝るの、癖になっちゃったよ」
そう言って無邪気に笑う降谷にもうどうにでもなれと諦めて目を閉じた。結局は一ヶ月に一度はこうして寝るようになり、降谷は味を占めたのか気が付けば二週間に一度となった。
「私の生活サイクルが狂った。もう少し我慢できないんですか」
「もう無理だ。安眠できる手段を手放してたまるか。これでも我慢している方だからな」
「その我慢、是非とも今後も続けてください。お願いだからこれ以上増やさないで」