枕元の語らひ・原作軸
・できてる月鯉
・R15くらいの匂わせあり
情を交わしたのち、その熱が静かに引いていく最中、ふと月島の隣に横たわる恋人が枕元の懐中時計へと手を伸ばした。
「ん……あ、十二時になったな」
日付が変わったことを嬉しそうに話す彼——鯉登音之進は、月島が愛するこの世でただひとりの存在であり、また同時に尊敬に値する上官でもあった。とはいえ、年は鯉登のほうが十三も下だ。未だに時たま顔を覗かせる少年のような仕草に、月島はつい惹かれることがあった。いまもそうだ。無邪気に笑う彼の姿に、思わず目が釘づけになる。
「時間を気にされて、どうかしたんですか?」
そのとき行燈の薄明かりに照らされる鯉登の瞳が、きらきらと瞬いた。
「今日が何日かわかるか?」
「えっと……あれ、何日だ?」
「なんだ、自分の生まれた日も覚えてないのか」
そのとき「あ」と思わず口から溢れる。自分の生まれた日なんて、全く意識せずに生きてきた。というか彼にその日のことを、教えたことがあっただろうか。
「まだ私が赴任してきたばかりのころに、月島に何年生まれか聞いただろう? そのとき何月何日に生まれたかも教えてくれたぞ」
「そうでしたか……すっかり忘れていました」
「なにはともあれ、めでたい日じゃないか」
「めでたい、ですか?」
「月島がこの世に生を受けた日なんだ。めでたくないわけがないだろう」
すると彼はそっと、こちらへ腕を伸ばしてくる。そうして暖かく滑らかな肌が自らのそれに触れると、月島の胸はいっぱいに満ちた。
「生まれてきてくれてありがとう。これからもずっと、私のそばにいてほしい」
「おめなんか、生まれてこんばよかった」
かつて実の親にすら己の生を否定された人間だ。なんの価値もなく、生きる意味すらない人生だと思いながら大人になった。唯一自分を大切にしてくれた女の子は、人知れずどこかへ消えてしまった。彼女を失ってさらに、自分の居場所はなくなった。
帰る場所なんてない。故郷を失い、彼女を失い、そして最後には信じていた鶴見中尉と大義さえ失った。とことん海の底を這うような人生だと思った。光も届かないような海底で、二度と見つからない宝物を探すような日々だ。そうして自分でもその宝物がなんなのかわからなくなり始めたときに、一筋差し込んだ光が、彼——鯉登音之進という人だった。彼は他の誰とも違った。まっすぐにこちらへと歩み寄り、この手を掴むと決して離そうとしなかったからだ。
「月島、ぬくいな」
四月の北海道はまだ冬の名残みたいなもので、いまだって外気はキンと冷えている。けれど不思議とふたりで肌を寄せ合えば、身体の力がほっと抜けていくほど暖かかった。
「……愛しています」
自然と愛の言葉が溢れる。伝えても伝えても伝え足りないけれど、それでもただそれを口にすることしかできなかった。
「私も好きだ」
明るい声音が部屋へと響き、薄暗いはずの部屋がパッと華やぐような気がする。彼の声には、そんな不思議な力が宿っていた。
「私でよければ、あなたが退役する日までずっとお供させてください」
するとなぜか、小さな唸り声が聞こえてくる。
「う〜……貴様、わからんやつだな」
「なにがですか」
「いまこの状況で私が『退役のときまでずっと一緒にいてくれ♡』なんて思ってるわけないだろう」
「え?」
「部下としてじゃなくて、月島基としてだ。月島は、私といつまで一緒にいるつもりだ?」
「……もちろん、死が私たちを別つときまでです」
「そいでよか」といいながら、鯉登は月島をぎゅむぎゅむと抱きしめた。時々ぽろりと溢れる彼の方言が、まるで気を許されている証みたいで愛おしくなる。
「ごめんなさい、察しが悪くて」
「別にいい。月島にそれを求めてないから」
なんて軽口を叩きながらも、腕に込めた力は互いに緩めない。そうしてふたりは顔を見合わせると、幾度となく啄むような口寄せをした。
しばらくして月島は、接吻の合間に囁く。
「なんか、接吻してたら……」
ひそひそと告げると鯉登はふっと笑って、耳元で囁き返してきた。
「もう一度するか?」
月島が主役である幸せな一日は、まだ始まったばかりだ。