帰れない者と帰れる者犬王はお喋りでピョンピョンとして何かも楽しんでいた。それが羨ましかった。
いつもの場所に軽く琵琶を弾いていると、踊っている最中に犬王が話しかけてきた。
「なあなあ、お前は里帰りなんとやらしないのか?」
「里帰りか…」
ピタリと引くのを止めた。見えない目には幼い頃に見た故郷と海と家族が何故かボヤけて見えなかった。
それを感じたのか踊るのを止めた犬王。
「あれ?仲が悪いのか?」
「いや、一人っ子で両親が居て、見えた頃は素潜りの一番で皆に頼りにされたよ。綺麗な海だったけど潜れば平家の残骸が埋め尽くされていたが少しずつ消えていくような感じだった」
「そういえば素潜り一番と言ってたな」
「うん、その残骸を拾って売って生活できたんだけど最近は売れなくなって魚を獲るしかなくて生活はそこそこだったかな」
「琵琶法師は儲かってないのか?覚一座は将軍の繋がりがあるはずなんだがな」
「儲かってるよ。魚を獲るよりは、」
止まっていた手を琵琶の糸を調整して再びに弾く。海のさざ波のような音色がゆっくりと響く。
しかし、犬王はその音に踊らなかった。
「ある日に宝を見つけて欲しいと大金で受け取り船を出した。いつものような平家の呪いのような蟹が這いずる。見つけた宝は呪いによっておっとうが死に俺は盲となりおっかあは不幸に狂った。何故、こうなったのか見えない故郷を捨てて旅に出た。時々、おっとうが恨みを晴らせと囁いていた。途中に平家物語を語る琵琶法師に出会い琵琶を習い兄者に付いて行き京へ恨みを果たさんと。名前が友一なるかは迷っていた。そこに犬王と出会い恨みなんて以ての外と友魚を友一と変えさせた」
「………」
「海に潜れない友魚は故郷では邪魔者。両親は亡くなった。親戚すら疎遠された。そこにはかつての友魚は居ない。だから琵琶法師として生きるために友一となったのだ」
「…そうか」
犬王のことは明るく言うのに自分以外だとしょんぼりしてくる。優しい。
「しょんぼりするな。犬王と出会っていなかったら琵琶法師にならず友魚として京で亡霊のように彷徨い続けたかもしれない。友一となって良かったよ」
「俺は友魚だろうと友一だろうと関係はないぞ。どの出会いだろうと一緒だ」
「嬉しいなあ。そのままの犬王でいてくれよ。それが俺の帰るところなんだ」
「俺が帰るところ?」
「そうだ」
琵琶の音が変わる。いつもの自然からの音が響く。
「俺が友一の帰るところになったのか!」
「そうだ!だから毎日、犬王に帰ってきてるぞ!」
この言葉で犬王の足音が響き始めた。
「帰るところは家族とか家じゃなくてもいいんだな!」
「そうだっ!だから犬王も帰れるところがあるうちは帰った方がいい。親はともかく兄たちやお囃子たちがいるだろ。大切にしなよ!」
「じゃあ!俺は帰るところが二つあるんだな!もう一つは友一だ!」
「ふっ、もっともっといくぞ!」
「ああ!いいなそれ!」
友一は犬王のために覚一座を離れ、自ら友有となり友有座を作った。
だが、将軍のお触れにより歴史から消されることになるが最後まで友有として抗い唄い続けたのは帰るところは犬王だけだったのだ。もう名前は友有だけだった。(亡霊となってから長年も犬王を語りあまりに自分の名前があやふやなってしまった。)
しかし、犬王は犬王が生きていれば友有は生きてくれると。そう思ったのだ。友有が居ないのを知ってもなお信じきれず帰ってくると待っていた。だが、道阿弥と法名となった瞬間は犬王は死んだのだ。数年後で没す。