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    いずれ永遠へとつながる奇跡/鍾タル

    #鍾タル
    zhongchi

    人というものは不変の日常に、「いつもと同じ」であることに安堵しながらも、望む以上を与えられれば絶望する生き物だと聞いた。
    「おはよう先生、元気してる?」
    「……ああ、公子殿か。そうだな、健康状態が良好かどうか……という意味でなら、おそらく元気であるだろうよ」
    「はは、どうしたのその言い方。まるで心は元気じゃない、みたいに言ってるように聞こえるけど」
     俺の部屋を訪ねるなり、ソファにどっかりと腰を下ろした公子殿。人好きのする笑顔を浮かべ、けれど深海のように濁る瞳で──しばし思案の海に沈む俺を、「先生?」と不思議そうに呼んだ。
    「どうしたのさ、本当は体調悪いんじゃないの?」
    「……お前たちが異常だと、病的だと呼ぶ事柄について……少し考えを巡らせていた」
    「へえ、例えば?」
    「例えば……そうだな、公子殿はもし今この瞬間から、その身が不老の存在になったとしたならばどうする?」
    「難しい質問だねえ……まあそれが誰に言われたか、どんな瞬間にどのように言われたかでも信じるか信じないかは変わるね。不老かどうかなんてさ、そこそこ時間が経たないと分からないだろうし……というかそこ、不死はつけなくていいの?」
    「ああ、単なる不老だ。頭を潰されても血を流しすぎても、心の臓を貫かれても死ぬ前提で言っている」
     腕を組み、告げれば少し考えた後──「それならいつか、戦いの中で死ぬだけだっていうのは変わらないよ」と。
    「以前から思っていたが、公子殿には被虐趣味があるのか?」
    「はは、ないよ。ただ俺は強者と刃を交えた先で、自分の死が必然かつ充足に満ちたものならいいと思ってるだけだ」
    「……理解しがたいな。人間というものはもっと、自らの生に執着するものではないのか?」
    「してるしてる、ただ最後の最期はそうであれと思ってるだけだ。知ってるだろ先生、俺から戦いを取り上げたら家族愛と忠誠しか残らないよ!」
     ああ、やはり相変わらずか。きっと放っておけば本当にそのような死に方をするのだろう、という確信すらあった。
     目を閉じる。彼の命が尽きる瞬間を想像した。血液と共にゆっくりと体温を失いながら、それでも口元には笑みを絶やさず。けれどその目には、遠い故郷と女皇が映るばかりなのだろう。
     雪に覆い隠されて見つかりもしない最期。辺りに散っていた紅すら全て白に覆われ、氷の大地に抱かれて眠る彼はきっと美しいのだろうとも思う。
    「……なんでそんな顔するのさ。別に先生が死ぬわけでもないのに」
    「そう、だな。俺は死なないさ、少なくとも公子殿のようにはな」
     流れ星のように過ぎていくことが分かっているからこそ、きっと俺は彼に惹かれたのだ。分かっているのに離別が怖い。そんな矛盾した感情を抱える生は、どこまで俺を凡人らしくさせてくれることだろう。
    「……俺たちは、最初から自分が『そういうもの』だと理解しているからこそ……長い時を生きることができるのだろう。故に人間が永遠を与えられれば、その重圧に狂ってしまうことも知っている。
     だがどうしても……不変のまま隣にいてほしいと思うのは、きっと人間からすればそれこそ『狂っている』のだろうなと考えていた」
     問う前から、答えは薄々予想がついていた。きっと俺がどのような手段を講じようと、公子殿はその隙間をすり抜けて死にゆくのだろうな、と。
    「分からない、分からないんだ公子殿」
     こんなにも愛してしまうつもりなどなかった。
    「その死の先に、再会を願い待つ日々は今までも存在したのに」
     こんなにも苦しいなんて知らなかった。
    「離れたくないと、思ってしまったから──」
     こんなにも、出会いを後悔したことなんて。
    「……ねえ、先生。さっきの質問の答え、なんとなく分かった気がするよ」
     だがふと聞こえたその声に、顔を上げれば苦く笑う公子殿がいる。
    「何もないところから不死になんてなりはしないだろうし、色々終わってからにはなるけど、その原因を作った相手を探して……そうだな、じっくり理由も聞きたいな。そうして色々分かったらさ、少なくとも俺は……その理由が解決するまでは、そばにいてあげるのも悪くはないと思うよ」
     ねえ先生、と頬に触れる手。彼の生を告げる体温。自惚れだったらごめんね、ともう一度苦笑してから、公子殿は正面から俺を見据え。
    「先生の『永遠』、俺にも少し分けてくれないかな」
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