鍋をあたためる炎の赤が、闇に静かな抵抗を見せる。思えば人間は闇を恐れるのだったな、なんて目をやったのは、両手を合わせる1人の少女だ。
「いただきます!」
「……律儀だな、お前は」
言えばきょとん、とした顔で、大きな目が我を見つめた。
「え、食物に感謝して食べるのって当たり前じゃないの?」
「それはそうだが。最近はそれすら疎かにする輩が多いからな、思ったことを口にしただけだ」
「そう……なんだ。うーん、でもたまに忘れるかもしれない、そのときは怒ってね」
さも美味そうに鶏肉のスイートフラワー漬け焼きを食べながら、しかし蛍の表情は真剣だった。
「魈には幻滅とかされたくないからさ、何か嫌なことあったら指摘してね。我慢しちゃだめだよ」
「……どうしてそうも我からの評価にこだわる。我はお前に手を下しはしない」
「そういう問題じゃないよ、単に私がよく見られたいだけ。というわけで杏仁豆腐できたよ、はいあーん」
見ればいつの間にか、鶏肉は全て彼女の胃袋に落ちたらしい。そうして杏仁豆腐の皿を手に、期待に満ちた目で我を見る目には……まあ、慣れたと言えば慣れたものだが。
「……我だけでも食べられる。寄越せ」
「ああっ魈のいじわる!」
何がいじわるなものか。食物を貢がれることはあれど口に押し込んでもらうほど怠惰ではない。匙ですくって口にしたそれは、いつもの通り悪くない感触と共に──どこか深くへ、沁みていく気はするけれど。
「どう、美味しい?」
「……悪くはない。だから騒ぐのをやめろ」
「やった、ありがとね魈。うれしいなあ」
ああ、どうしてそうも我を前にして笑えるのか。しかしそれを不快と思わなくなった辺り、絆され始めているのだと理解はしていた。
……いつかこの少女は、我の元から去るというのに。
「ふう、ごちそうさま! おいしかったあ」
そうして蛍が立ち上がり、我の手から皿を持っていこうとするものだから。素直に差し出すのが妙にしゃくで、その頬へと手を伸ばした。
「……っ」
だが。
少しつついてやろうかと伸ばしたはずの指先が、触れた途端に赤く染まる頬。そうして少しの逡巡の後、ぎゅっと強く閉じられる目に──数秒時間が止まった気さえした。
「……埃が、ついていた」
「え、あっそうなんだ!? ご、ごめんね」
雑に触れて離した手。蛍の目元がほんのりと染まっているのが夜目にも分かる。
……なんだ、どうしてこうも落ち着かなくなるんだ。気にするな、辺りを見回ってくるなんて言い訳と共に消えた我を、どんな表情で彼女が見送ったかなど知らない。
ああ、どうして我まで頬が熱いんだ。少しばかり火に、当たりすぎただろうか。