君の体温を、共に。「……うん、袖丈もOK。ありがとう、神代くん」
「いいや、此方こそありがとう」
当たり障りのない笑みを浮かべながら礼を言う。
僕の服装の確認をしてくれた女子は、顔を赤らめて去っていってしまった。
変な勘違いをしていないといいけど。
そう思いながら、自身の服を見下ろす。
黒いタキシードのような装いに、丈が長いコート。
今の僕は、ヴァンパイアになっていた。
3年。高校最後の文化祭。
僕のクラスはお化け屋敷をやる運びとなった。
しかし、ただのお化け屋敷とは訳が違う。
教室ではなく、授業で別に使われる広めの教室を借りた、本格的なものだ。
ギミックだけじゃなく、様々な衣装やメイクで化物やお化けになった人が脅かす。
ゾンビや首なし人間などといった面々が襲いかかってくるのを回避しながら進んでいくお化け屋敷。
ちなみにこれは、僕たちがやっているショーを見た同級生達による提案だった。
それ故、時折ではあるが演技の指導をお願いされたり、効果的な脅かしギミックの相談をされたりしていた。
……まあそれでも、遠巻きにされているのは変わりないのだが。それでも、進歩なんだろう。
ちなみに、僕の衣装を担当してくれていた女の子は、嘗て司くんのクラスで劇の衣装担当をしていた子、らしい。
司くんの衣装も担当してたから、是非作らせてと押されてしまった。
作ってる間、なんか色々聞かれたような気がしたが、正直あまり興味がなかったので、聞き流していた。
彼女がどう思ってるかは知らないけれど、僕にとっては司くんの衣装を作った以外の情報に興味はないからね。
(……そういえば)
司くんのクラスは喫茶店をやる、という話だけ聞いていた。
司くん本人は劇をやりたかったそうだが、今は宣伝大使ということも相まってあまり時間がかけられないため、時間がかからないものにしてほしいと、えむくんや寧々だけでなくえむくんのお兄さん達からも念を押されてしまった。
司くんがしぶしぶ頷いていたのが、つい先日のことのように思い出せる。
閑話休題。
喫茶店の内装や服装のコンセプトはまだ決まっていないと言っていたが、飲み物と簡単な軽食を出すと言っていた。
その話を聞いてからもう大分経っていることだし、もう決まって動き出していることだろう。
折角衣装も試着したことだし、折角だから覗きにいこうかな。
そう思いながら、ガラリと教室のドアを開ける。
…今日は気温がぐっと下がったせいか、肌が露出している首元が寒く感じる。
まあそれでも、衣装のコートを着ているから大丈夫かな。
そう思いながらも、司くんのクラスに急いだ。
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司くんのクラスは小規模というだけあって、教室でそのままやるという話は聞いていた。
司くんの教室のほうへ歩いていくと、なんだか少し、騒がしく感じた。
首を傾げながら近づくと、階下に司くんのクラスメイトであろう子が、ひそひそと話していた。
「なあ、天馬……やばくね?」
「いやこれ、思った以上だな」
「これはあいつら暴走すんのわかるわ」
司くん?やばい?暴走?
嫌な予感がよぎる。
そのまま早足で司くんのクラスに近づくと、だんだんと声が聞こえてくる。
声の内容がわかった途端、足を早めていた。
……騒がしくしていた人の中心にいたのは、紛れもない司くんだった。
「いやマジ想像以上だな!もっと胸触ってもいいか?」
「あ、オレは足ー」
「っ、い、いい加減にしろ!離せー!」
「っ司くん!?」
ガラリ、と大きな音を立てて開ける。
そこにいたのは。
いつものグラデーションがかった髪は鳴りを潜め、癖がかった左右に伸びた髪とツインテールがふわりと揺れる。
胸は、詰め物がしてあるのだろうか。ぱっと見ただけでも、かなり大きいのがわかる。
着ていたのは、シンプルな黒いワンピース。それに合わせてあるのは、フリルがたっぷりと付いた真っ白いエプロン。
ワンピースは袖もスカートも短めだったけれど、腕を覆うアームカバーとニーハイソックスで地肌はほとんど見えない。
しかし、その合間から見える地肌。……一般的に「絶対領域」と呼ばれるそこは、触りたくなるような綺麗な肌で。
そんな、とても可愛いメイドさんとなっている司くんは。
クラスの男子に腕を抑えられ、涙目で身体を触られていた。
クラスの男子が、僕の顔をみてどんどん青ざめていく。
僕が、どんな顔をしていたのかはわからないけれど、正直そこはどうだっていい。
僕が一歩ずつ近づく度、彼らは遠ざかっていった。
司くんは驚いた顔で僕のことを見ていたが、安堵からか安心しきった顔で、目に溜まった涙を流しながら僕を見つめていた。
そんな司くんをそっと抱き上げ、クラスを後にする。
……司くんに触れていた彼らを見ることを、忘れずに。
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「……はい、司くん」
「すまん、ありが、っわ」
「っと!ほら、無理はしないで」
僕が司くんを下ろしたのは、屋上だった。
そっと下ろしたつもりだったが、司くんは色々とショックだったようで、足が震えて上手く立てないでいた。
そっと支えながら座らせると、僕も隣に座る。
「……司くんのそれは、メイド服だよね?どうして……」
「あー……。その、コンセプトが「逆転喫茶」と決まってな。今日が衣装合わせだったんだが、女子が興に乗って、メイクまでしてきてな」
そうもじもじという司くんは、ショーの時とはまた違う、「女性」にするためのメイクが施されていて。
服装や髪も相まって、全く違和感がなかった。
「変ではないかの確認だったんだが、そこらじゅう触られるわ、オレが悪いとか言われるわ、散々だったんだ。
……助けてありがとう、類。服も相まって、とてもかっこよかった。」
「いいや。むしろ遅くなっちゃってごめんね。ありがとう、司くんもとても似合ってるよ」
そう言いながら頭を撫でると、顔を赤らめて俯く。そんなところが本当に可愛い。
そう思っていると、突然司くんが背を向けた。
「……?司くん?」
「…………っへ、くしゅ」
背を向けて小さくくしゃみをした姿にハッとなる。
そういえば、今日は気温がかなり低い。
コートを着ている僕はともかく、地肌の露出が少ないとは言え布が薄い司くんでは身体を冷やしてしまう!
そう思い、慌ててコートを脱ぐ。そんな僕に、司くんも慌てだした。
「る、類!?どうしたいきなり!」
「どうしたも何もないだろう?ごめんね、外寒いのに連れてきちゃって。ほら、これ着るといい」
「いや、だが、それを着てしまったら今度は類が寒いだろう……!」
「でも司くんだって……」
司くんの慌てて拒否する姿に、どうしようかと思考を凝らす。
実際これを脱いだ僕も寒くはあるけれど、布の厚みなんかを考慮すると圧倒的に司くんの方が寒い。
でもきっと、僕が寒いと感じているのにそれを受け取ることはできないのだろう。
でも僕だって、司くんに寒い思いはしてほしくないのだ。
押し問答しているうちに司くんの手が僕の手に当たる。
言い争いをしているうちに、司くんの手はかなり冷えていた。
僕の手はまだこんなに暖かいというのに。
……僕の手は、暖かい?
「……!そうだ!ならこうしよう!」
「え、何をっわぷ!?」
ハッとなった僕は、早速司くんを僕のコートで包む。
そして、そんな司くんを抱きしめたまま、一緒に座った。
「これでよし、っと」
「何がよし!なんだ!?結局類だって寒いだろう…!!」
「僕は大丈夫だよ。ここに特別な湯たんぽがいるんだからね」
そう言いながら、司くんの髪に頬ずりする。
司くんも意味が伝わったのだろう。抵抗をやめて唸り始めた。
「う、うー……で、でも結局背中部分が寒いだろう」
「それなら壁に寄りかかれば問題ないよ」
「うぐ……で、でもオレ重いだろ」
「そうでもないよ?というか、司くんだって僕が力持ちなの、知ってるだろう?」
司くんの反論を封じるように言うと、司くんは唸ったまま何も言わなくなった。
それをいいことに強く抱きしめると、腕をぺちぺちと叩かれた。
「る、類が寒くないのならいいが!でも少しでも寒くなったら言えよ!」
「うん、勿論だよ」
そう言って、そっと司くんの頭を撫でる。
司くんは大人しくそれを受けて僕に寄りかかってくる。
少しでも、僕を温めたいんだろう。
そんな彼が、健気で、とても可愛くて。
そんな思い出いっぱいになって、愛しさを込めて、頭を撫でる。
少しして、寄りかかっていた身体の重みが増した。
そっと顔を覗き込むと、目を閉じ、ゆっくりと安定した寝息が聞こえてきた。寝てしまったのだろう。
慣れない衣装なのと、あの精神的なストレスがあったのだ。疲れて当然だろう。
撫で続けながら、そっと項に、口を寄せる。
強く吸い付いたけれど、それでも司くんは起きない。よっぽど疲れたんだね。
「……これできっと、もうされなくなるよ」
しっかりと付いたその跡を、そっと撫でる。
これぞ虫(男)除け、かな?なんて思いながら、笑った。
あの後。
司くんに手を出した奴らには全員お灸を据えた。
もうしないと泣きながら懇願され、安心したのも束の間。
寧々にドン引きされながらキスマークのこと教えてもらい、怒った司くんが数日の間口を聞いてくれなくなるのは
この、数日後のお話。