いつだってその想いは、対等で。「いやあ、今日もいい練習だったねえ!」
「いや、オレを散々吹き飛ばしておいて何を言っているんだ……」
「おや、ご不満かい?想定通りに動きをしてくれたというのに……」
「いやあれが想定通りなのか!?」
ため息をつきながらも、服を脱ぐ手は止めない。
とは言っても、先ほど散々飛ばされていた身体だ。疲労で少し手が震え、上手く脱ぐことができない。
焦る必要はない、と、ゆっくりとではあるが手を動かしていく。
それが相まって、オレが漸く半分終わった頃には、類は着替え終わっていた。
「……おや?司くん、まだ着替えていたのかい?」
「っ、ああ。類は寧々を送るんだろう。先に帰るといい」
「そうかい。それじゃ、お疲れ様。また明日」
「お疲れ様」
疲労で疲れていて手が動かなかったことは、気付かなかっただろうか。
どうにか誤魔化して帰すことができて、ホッと息をつく。
えむは着ぐるみに送ってもらうだろうし、気づかれずに着替えを終えることができるだろう。
そう思いながら、着替えを再開する。
「よし、後は戸締りを……、ん?」
漸く着替え終わり、鞄を持って出口に向かうと、見慣れない白い何かがあった。
近くに寄って中を見てみると、ビタミンがたっぷりとラベルに書いてある飲み物と、目元が温かくなるアイマスク、そして白い紙。
紙だけを取り出し、そっと開く。
書かれていた内容に、思わずしゃがみこんでしまった。
「…………また、か」
『司くん、お疲れ様。今日はかなり疲れさせてしまったようだから、これで鋭気を養っておくれ』
そう書かれた白い紙を抱きしめながら、ぽつりと呟いた。
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「…………はあ」
家に帰り、リビングでゆったりとテレビを眺めながら、考える。
オレと類は、付き合ってかれこれ数ヶ月経つ。
なんだかんだお互い初心者だから、お付き合いなんて初めてで、お互い手探りではあったけれど。
手を繋いだりもしたし、デートもしたし、キスもした。……ヤることも、まあ、ヤった。
きっと、傍から見たらオレ達の交際は順調に見えるが、オレはある1つの悩みに直面していた。
類が、とにかく優しすぎるのだ。
練習中や機材の動作確認なんかは、いつも通り手加減なし。何時も通りの光景だ。
でも、付き合ってからは、その後のアフターケアが凄く充実するようになった。
動作確認の最中は目を離さないし、少しでも変な動きがあったら止めてオレに確認をしてくる。
怪我の確認も、毎回終わる度に全身を触ってしてくるくらいだ。
付き合う前までは、変な動きがあった程度では止めなかったし、確認も念入りになってないか?と聞いてみたら、
「そりゃあ、自分の気持ちを自覚する前だったからね。本当はやりたかったけど我慢していたんだよ。」
なんて、真剣な顔で言われたら何も言えない。
最近はオレの疲労にも気をかけていて、練習がハードな時は疲労回復に効果があるものを差し入れてくれたり、脚本が詰まっている時はアドバイスもしてくれる。
本当にできた彼氏で。ありがたいし、助かっているし、とても嬉しい。
嬉しい、のだが。
正直なところ、オレがそれに見合うほどのものを、返せているかどうかが、わからない。
オレもそれなりに類のことを気にかけているし、必要な時は部品の買い出しなんかも率先して付き合っている。
……一応、自分なりに、好きであることも、伝えている。
でも、類の気遣いが本当に凄すぎて、オレなんて当たり前のことしかできてないんじゃないかと、そう思ってしまうのだ。
いつか、類が呆れてしまって、オレのことが好きじゃなくなるんじゃないか。
そんなマイナスな考えが、頭から離れない。
口からは無意識に、今の思考を表すかのように、ため息が溢れた。
「……ちゃん。お兄ちゃん!」
「ん?……咲希、どうした?」
ぼんやりしていると、不安そうな声が聞こえて、ハッとしながらそちらを向く。
そこには、腕に何かを抱えた咲希が、心配そうな顔で此方を見ていた。
「お兄ちゃん、疲れてる?声かけても反応なかったから……」
「いや、そうじゃないんだ。……ちょっと、類のことでな」
「類さんの?」
咲希には、類との関係のことは話してある。
1人でこの思考を抱えるよりかはいいかと、隣に座ってくれた咲希に、現状と、オレの想いを吐き出させてもらった。
「……ふむふむ。類さん、すごいね。お兄ちゃんにとても尽くしてくれてるんだ……」
「ああ……。だから、その。慣れないし、申し訳なくてな……」
「うーん……。あ、お兄ちゃん。物をあげるのは、ダメかな?」
「物を……?」
首を傾げるオレに、そう!と咲希が嬉しそうに言った。
「何か、今のお兄ちゃんの想いが篭ったものをプレゼントするの!そうすれば、類さんにお兄ちゃんの気持ちも伝わるし、思い出に残るものになるんじゃないかな?」
「なるほど、いいな……。しかし、何にするか……」
「うん、そこだよね……。想いを込めるなら、手作りが一番いいと思うけれど……。あっ!」
一緒になって考えてくれた咲希が突然ハッとなると、来た時に抱えていたものをオレの前に差し出した。
「お兄ちゃん、これ見て決めるのはどうかな?」
「ん?これ……アルバム、か?」
咲希が差し出してくれたそれを開くと、それはアルバムだった。
幼少期のオレ達やLeo/needの皆、冬弥なんかが写っている。
「そう!それでね、ここら辺のとこに、私達が行ってた工作体験の写真もあったんだ!
これで何かいいのないかなあって。昔は拙い作品だったけど、アタシ達も成長したし!」
その言葉の通り、そこには顔を汚しながらも笑顔で何かを作っているオレや咲希の姿があった。
……一時期通っていたけれど、咲希が来れない日も多くて。その時はオレもあんまりやる気が起きなかったから、結構早くに辞めてしまった記憶しかないな。
そんな風に思いながら、ペラペラとアルバムをめくる。
すると、その中の1つに、目を奪われた。
「…………っこれだ!」
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ぽかぽかと、日差しが暖かい。
沈んでいた意識が浮上し、目を開けると。視界が、真横になっていた。
「……おや、起きたかい?」
……その声を認識し、漸く状況がわかると、ばっと跳ね起きる。
どうやらオレは、類の膝枕で眠りこけていたらしい。
「すっ、すまない類!お昼休みに話し合いをすると言っていたのに……!」
「ううん、気にしないで。僕が寝かせたかったんだから」
そう言ってくれる類に、オレは思わず俯いてしまう。
類にプレゼントしたい、渡したいものは、決まったものの。
それを、どんな形にするか。いつ渡すかが、決まってなかった。
しかし、数日前に見た、天気予報で。
あまり雪が降らないシブヤに、雪が降るという予報が出てきた。
それを見て、オレは思わず、これだ!!と叫んでしまった。
プレゼントの形を、類やオレにちなんだ、冬の定番の「アレ」にする。
そして、雪が降る中、プレゼントするのだ。
プレゼントを自作するのも、渡す演出を考えるのも初めての挑戦だ。
それでも、類に。オレのありったけの想いを、伝えるために!頑張らなくては!
そう、気合をいれたはいいものの。
幼少期に一度は作ったものの、それでも作り方はほぼ忘れていたので、作り方から検索した。
しかし、検索して材料は揃えたが、思ったような形にうまくいかず、何度も何度も失敗を重ねてしまった。
お陰で、かなりの寝不足で。
今も、類に演出の相談をしたいと、声をかけられていたのに。
お昼を食べた後、委員会の後に来るといっていた類を待っている間に、眠りこけてしまった。
情けない。
類のためにやっていることで、類の迷惑になってしまった。
「と、とりあえず、話し合いをするか!もう時間がないだろう?」
「うんまあ、時間はないけれど。……演出じゃなくて、君に聴きたいことがあるんだ」
フェンスに寄りかかるように座っているオレの前にしゃがみこみ、オレの手を握る。
「……類?」
「最近、何か隠していないかい?ここ数日は凄く眠そうだし。……何より、手荒れが酷くなっている」
「っ、それ、は、」
そう言われ、思わず手を隠そうとしてしまったが、類に握られているため、叶わなかった。
今作っているものは、水で薄めたボンドを使っている。
それを何度も何度も手につけてしまったため、手荒れが起こっているのは気づいていた。
スターたるもの、身だしなみには気をつけないといけない。
……しかし、類の笑顔の為なら、話は別だ。
そう思いながらケアは続けていたが、流石に追いついていないみたいだ。
「…………言えない、かい?」
そう声をかける類に、なんと言ったらいいか、わからなくて。
俯いたままのオレの頭を、類がそっと撫でてくれた。
「……言いたくなければ、聞かないでおく。でも、これだけは、覚えておいて」
「…………??」
「僕は、君が。司くんが、心配なんだ。それだけは、わかっていて」
「っ、あ……」
思わず顔を上げた先には、辛そうに笑う、類がいて。
その顔が、あまりにも、両親に重なって。
思わず、オレの方から、類の手を掴んだ。
「……司、くん?」
「…………あ、さって」
「え?」
折角の挑戦だ。類には、本当にびっくりしてほしい。
でも、こんな顔をさせたくて、やっている訳じゃない。
だから。
「明後日、絶対に理由を話すから。……だから、頼む。待っていてくれ」
「……うん、わかったよ」
そう言いながら、撫でてくれる手が、優しくて。
堪能するように、そっと目を閉じた。
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「今日も充実した練習だったねえ。あ、今日は僕の家に泊まるんだろう?」
「あ、ああ。そう、だな」
「…………?」
首を傾げる類を横目に、オレは内心とても焦っていた。
なんだかんだ満足のいく作品はできたし、後はオレの考えた演出の元、プレゼントする予定、だったのに。
(雪が、降らないだと……!?)
昨日の夜に天気予報で確認した際も、雪が降ると言っていた。
しかし、空は曇っているものの、一向に雪は降らない。
なんなら、降らなくてラッキーだから、帰りの安全のために練習の終了を早めようとなるくらいだ。
予想外の展開に、オレの思考は混乱状態だった。
(日を改めたいが、既に鞄の中にある……しかも、既に類のは渡すと言った後だ……。どうしたら……)
混乱した思考のまま、着替えを進める類を見やる。
(……類、だったら。きっと、打開案なんて、すぐ思いつくんだろうな)
伊達に慣れていないだろうし、そもそもハプニングを想定して何個かパターンを作る場合もある。
オレがそれをできなかったのは、不慣れであることと同時に、完璧だと思った演出の代わりを、用意したくなかったからだ。
(……呆れてしまう、だろうか)
話してある以上、渡すのは確定だ。演出なしで、渡すしかないだろう。
でも、それをもらって、類は本当に喜ぶのか。
その自信は、限りなくなかった。
「えいっ」
「……ふい、なにすんら」
思考に沈んでいたオレを掬い上げたのは、やはり類だった。
いつの間に着替え終わったのか、オレの両頬を軽く摘んで、引っ張ってくる。
「司くんが何度声をかけても反応がなかったからね」
「……ん、すまん。それで、どうしたんだ?」
訝しげに聞くオレに、類はにっこりと笑いながら言った。
「ん。ちょっと帰る前に、セカイに寄ってもいいかい?」
「あ、ああ。構わないが……。」
「うん、ありがとう。とりあえず着替えてきなよ」
「ああ……」
セカイに行くために、手早く着替えを済ましていく。
(……セカイにいったら、いい演出が思いつくだろうか。)
そんな風に考えていて、オレは気づくことができなかった。
考え込むオレを、類が不安げに見つめていたことを。
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「……む?これはなんだ……?」
「そう!これがね、僕が事前に置いておいた新作なんだ!」
「いつの間に置いたんだこれ……」
セカイの中でも、少しだけ開けている広場。
その広場に置かせたメカメカしい機械に、思わず引いてしまった。
「と、いうか!いきなりセカイに行くというなら何事かと思ったが、まさかこれの試運転のために……?」
「そう、そのまさか!これの試運転のため!……だけど、これは司くんに乗ってもらうものじゃないよ」
「………………えっ」
乗らない、だと……?と思わず類の方を見てしまう。
類はにっこりを笑いながら、機械の傍に寄った。
「さあ、刮目せよ!僕の渾身の出来を!!!」
そう叫びながら、スイッチを押すと。
機械が、洗濯機が回るように、ギュンギュンと音を鳴らし始める。
次第に大きくなる音が、最高潮に達し。
空に、勢いよく噴出された、それは。
「……雪……?」
手に取ると、体温ですぐに溶け、消えていく。
それは、どこからどう見ても、雪だった。
「前にえむが降らないかと言っていた時もあったが、本当に自力で降らせることができるとは……!流石類だな!」
「ふふ、お褒めに預かり光栄だよ。
これは、人工雪を作る機械さ。降らせるのに時間がかかるし、音が大きいからまだまだ改良が必要だけどね」
「改良途中、なのか?なら、なんで……」
「なんでって、そりゃあ……」
「僕の演出で、司くんを笑顔にしたかったからだよ」
「……え」
「司くん、ずっとしょんぼりしていたみたいだし。あと、今日降るって言ってた雪も降らなかった訳だし、それならここで再現しようってね」
そこで、思考がぴたっと止まった。
『降るって言ってた雪が降らないから、ここで再現する』?
……今なら、オレの演出、うまくいくのでは……?
「……え、つ、司くん?どうしたんだい?」
困惑する類を尻目に、地面に鞄を置き、がさごそと漁る。
潰れないようにしっかり保護していたそれをそっと取り出すと、類の前に立った。
「……類!」
「は、はい」
オレの大きな声で呼ばれた名前に、思わずといった感じで返事をしてくれる類に笑いかけながら。
深呼吸をして、口を開いた。
「……いつも、オレのことを気にかけてくれて、ありがとう」
「…………えっ」
「機材を試したら怪我の確認をしてくれたり。疲労が残らないようにアフターケアをしてくれたり。脚本のアドバイスも勉強も、本当に助かっている」
「………………」
「あと、その。沢山……好きって、言ってくれて、嬉しい。し、する時も、いつも優しく、してくれる、し」
「……つ、司、く」
「でも!」
「……でも、オレ。類に沢山もらってるのに、全然返せなくて」
「え」
「類が、沢山くれる分、オレも沢山返したいけど、うまくいかなくて」
「そんな、ことは、」
「だからな、類」
後ろ手に持った、それを。
そっと、類の前に、差し出す。
「……オレの、想いを込めて、作ったんだ。……受け取って、ほしい」
「これ、は……」
「……開けて、みてくれ」
受け取った類が、そっと箱を開ける。
中を見た類が、目を見開き、箱からそっと出した、それ。
紙が3つの丸を積んだような形をしていて。
てっぺんには髪の毛のようなものと、サンタ某。
そしてその顔は、スターらしくキリリとした顔で。
そう、それは。
類がいつぞやに作ってくれた、オレモチーフの雪だるまだった。
「……ランプシェード、なんだ。前に類が、寝るときは薄く灯りをつけておくときいたから……」
雪から守るようにすぐに箱に戻したそれを、撫でながら言う。
類は何も言わずに、オレが渡した箱だけを見つめていた。
「……でもやっぱり、類には適わないな」
「………………え?」
びっくりした顔で見上げる類の顔を、苦笑しながら見つめ返す。
「類に頑張って伝えたくて、色んなことに挑戦したんだ。いいものを作りたかったから手荒れなんて気にならなかったし、時間が足りなくて初めていつも寝る時間より遅く寝たりもした」
「………………」
「それに、本当は、雪の中で渡したら綺麗かなって、初めて演出を考えて。折角間に合わせたのに、雪は降らなくて」
「………………」
「……結局、類に助けてもらってばかりで、本当、情けな、あっ!?」
「ごめんちょっと黙って」
言っている途中で、腕を強く引かれる。
気づいた時には、類の腕の中で、強く抱きしめられていた。
「何が情けないだい。司くんが渾身の想いを伝えてくれたのに情けないも何もないだろう」
「で、でも、類はいつも、沢山演出を考えてるのに、」
「初めてでこれだけできたら十分なんだよ。……というか、これは僕の役得なんだから」
「……役得?」
首を傾げるオレに、類が耳元で囁く。
「いつもなかなか甘えてくれない君が、ゆっくりとだけど甘えてくれた結果があれなんだから。確かに僕ばかりかもしれないけど、僕は僕で君を甘やかしたいからやってることなんだよ」
「類……」
「僕は、僕のために慣れないことに挑戦してくれた司くんが誇らしいし、そんな想いを持って作ってくれたことが、本当に本当に、嬉しいんだ」
優しい声で、告げられたそれに、
決壊したかのように、涙が溢れ出す。
「よ、かった……」
「うん」
「ちゃんと、伝わらなかったら。演出だめって言われたら、どうしようって、」
「ダメなわけないよ。司くんの想いが嬉しいだから」
「う、う"~っ……」
泣き続けるオレに、類はぽんぽんと背中を叩いて、そっと離れた。
「さて、名残惜しいけど、そろそろ帰らないとね」
「え、もう行くのか……?」
「残念ながら、この試作はそんなに長く稼働できないしね。……それに、」
「とっても頑張ってくれた大切な人を、たっくさん労らないとね?」
にっこりを笑う類に、思わず顔が熱くなるのを感じる。
思わず目線を外すと、類は手に持ったスマホの音楽を止めた。
類の家に言ったら、何をしよう。
とりあえずご飯を食べてから、お風呂に入って。
類からのマッサージを受けてから、2人で演出と脚本の案を話しあって。
その後はきっと、類がベッドの上でオレを愛してくれるだろう。
いつもは、これで終わりだけれど。
これからは、2人で眠るベッドの上で、オレの作った雪だるまが鎮座していくのだろう。、
そっと目を閉じ、セカイが白く染まっていくのを感じながら。
今の想像が、現実になればいいなと、思わず笑みが溢れた。