いつだって、貴方にメロメロ。「2年の神代くん?って、ミステリアスで格好良いよねー!」
そう聞こえた声に、オレは思わず足を止めた。
物理の先生から頼まれたクラスのノートの提出を終わらせた、帰り道。
声が聞こえてきたのは、普段オレは通らない、3年生のクラスだった。
「なんかよく先生から怒られてるみたしだし、不良じゃないの?メッシュもかけているし」
「いやいや!そういうとこが格好良いんじゃん!あんなイケメンでミステリアスで、でも不良とかギャップ萌えがすぎるでしょ!」
「あんたそういうとこあるよね……」
あまり長く立ち止まっているとバレてしまうだろうし、ここまでだなとクラスを離れる。
それにしても、流石は類だ。上の学年からもモテモテだとは!
確かこの前のバレンタインでは、1年からもチョコを貰っていたとも言っていたし。
例え見た目や評判だけとはいえ、類の魅力に気づいてもらえることは、オレは純粋に嬉しい。
…………嬉しい、が。
「……類は、オレのなのになあ」
他の人を魅了するのは、キャストからするととてもいいことだけれど。
オレの方が、類のことが好きなのにな。
ポツリと呟いた声は、誰に聞かれるでもなく、虚空に消えていった。
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「……30分前、か」
数日後の、休日。
オレは、電車で数駅移動した先の、改札前にいた。
ショーで必要な備品でそろそろ切れそうなのを発見したので買いに行こうとしたのだが。
類も個人的に買いたいものがあるとのことなので、2人で買い物デートをすることになった。
(今回は買い出しがメインだから、動きやすいものにしたが……変じゃ、ないだろうか)
そわそわとしてしまい、ついガラスに映った自分を確認してしまう。
あれから悶々と考えた結果。
類が、他の人に目移りしないくらいメロメロにすればいいんじゃないか。
オレも「ギャップ萌え」を類に見せて、類に惚れ直してもらえばいいんじゃないか。
そういう結論に至った。
今日の服は、オレが咲希にお願いしたのもあって、とてもいいコーディネートになった。
嬉しそうに、そして真剣に協力してくれたから、数少ないオレの服でも、素敵なコーディネートを考えることができた。
帰ったら、先にお土産とデートの感想を聞かせねば!
そう思いながらガラスで身だしなみを確認していると、オレの後ろに見慣れた髪型が見えた。
「……っ、類!?」
「……え、司くん?」
思わず前を向くと、いつから来ていたのか、鼻の頭を赤く染めた類が歩いていた。
ヘラリと笑う類に駆け寄り、そっと頬に手を添える。
「うわ、かなり冷たいじゃないか……!一体いつからいたんだ!?」
「そういう司くんだって早いけどね。僕は、まあ……ちょっと待ちきれなくて、早く来ちゃっただけだよ?」
早く来ちゃった、という割にはかなり冷たい頬に、思わず眉を寄せる。
……本当は、類より早く来て、惚れ直してもらいたかったんだけどな。
「……?司くん?」
「……とりあえず、先に身体を温めよう。コンビニいくぞ」
「え?僕は大丈夫だけど……」
「いいや、ダメだ!まだ時間に余裕はあるし、いくぞ!」
今日はまだ始まったばかり!挽回のチャンスはある!
とりあえずは、類の身体を温めるために、ホットドリンクの奢りだ……!
そう気合を入れ直して、類の手を引っ張った。
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細かい機械の部品が売られている専門店で、目を輝かせながら商品を見ている類。
買った荷物番をしながらそれを眺めていたオレは、類が見えなくなったところで、盛大にため息をついた。
類が、完璧すぎる……!!!!
ホットドリンクの奢りはオレがゴリ推してどうにか受け取ってもらったものの。
自然な流れで買い物籠を持ってくれたり。
高いところにある商品を、さり気なく先にとってくれたり。
少しでも重い方を、自分が持つようにしていたり。
走っている子供がいたら、そっとオレの肩を抱いてくれたり。
本当は全部、オレが類にやりたかったことだけど。
類は全てそれを自然に、オレより早くこなしていた。
今だって。
「結構回って疲れただろうから、荷物番して休んでて?」
なんて言われながら飲み物を渡されたら、抵抗なんてできるわけがなく。
大人しく飲み物を飲みながら、ベンチで座って一休みしていた。
手に持った飲み物を眺めながら、ぼんやりと考える。
あんなに格好良いのに、オレを労わる時は本当に甘い表情と声で。
そのギャップ萌えで、類への好きが溢れてくる。
……類からは、本当に抱えきれないほどの「好き」をもらっている。
それは、オレが「類に愛されている」と、自信を持って言えるくらい、とても沢山。沢山、もらっている。
だからこそ、オレはそれに答えたい。
類の演出に答えるのとは、また別。
類に、オレと同じくらい、オレのことを好きになってもらいたい。
もっともっと、オレのことを、好きになってもらいたい。
……でも。
なかなか、上手くいかないものだな。
こんなに。こんなにも、
「好き、なのになあ……」
つい、口から漏れてしまった。
きっと、聴く人なんて、誰も、
「好きなのに、なんだい?」
「いや、それは…………えっ」
答える声にハッとなり、顔を上げると。
むっとした顔で、類がオレを見ていた。
「……る、類?」
オレの隣に買った商品が入った袋を置いて無言で立ったまま抱きしめてきた。
オレは座ったままだから、オレの顔は類の腹あたりに来るわけで。
「……今日の司くん、折角のデートなのに反応がおかしかった」
「……それ、は」
「疲れてるのかと思ったから、座って貰ってたんだけど……何か、あったのかい?」
「…………」
「……お願いだ。ちゃんと、聞かせてくれ。好きなのに、の続きを」
ぎゅ、と抱きしめる腕に、力がこもるのを感じる。
そこからも伝わる腕の震えに、オレはゆっくりと口を開いた。
「……好き、なのに」
「……うん」
「好き、なのに。……オレは、類を萌えさせられない」
「…………うん?」
「オレも、類にもっと、惚れ直してもらいたいのに、」
「ん、え?あの、司くん、」
「類が、好きだって思う人は、オレだけでありたいのに……」
この言葉を最後に、類の動きの全部が止まった。
呆れられたと思って、思わず、なんでもない。忘れてくれ、と言おうとして。
息が止まるんじゃないかと思うくらい、強く強く抱きしめられた。
「ん、!?ん、むー!!!!」
声も出せないくらいの強さに、声を出しながら背中を叩くと、漸く解放された。
「っはあ!類、お前何を」
「あのねえ、」
オレの言葉を遮るように、類が口を開く。
「言葉的に、もっと嫌な想像とかしたんだよ。もしかして呆れられたかとか、嫌われたんじゃないかとか」
「……」
「なのに、萌えさせられない?惚れ直してもらいたい?何を言ってるんだい?」
「っ、ご、ごめ」
「僕だって!!!何度も!!司くんに惚れ直してるんだから!!!」
「…………へ」
力強く言われた言葉に、思わず呆ける。
それをいいことに、類の怒涛の語りが始まった。
「今日だって普段のデートとも違う服装していて、買い出しも優先しているのがとてもわかったし嬉しかったし、」
「あ、あの、る」
「僕がやったこと全部オレが代わりに、って言ってくれるし、僕が言いくるめたら照れくさそうにお礼言うし可愛いし、」
「る、るいさん、」
「その上僕に惚れ直してもらいたいとかそんなのギャップ萌えだよ可愛すぎて天元突破するよ僕の恋人がこんなにも可愛いもう最高なんだよそれから」
「ちょ、す、ストップ!!!!」
咄嗟に口を手で塞いで、語りを終えてもらう。
そうでもしないと、燃えるように熱い顔をどうしたらいいか、わからなくなってしまうから。
「……わかった?僕だって、司くんにメロメロなんだって」
「は、はひ……」
「まあでも、司くんがそんなことするくらいだから、引っかかりはあったってことだよね??」
「っえ」
「司くん、洗いざらし白状してもらうからね?君が悩んでいる種なんて、僕が根絶やしにしてやるから」
にっこりと微笑むその姿は、いい演出を思いついた時の類そのもので。
押しちゃいけないスイッチを入れちゃった気分だなと、思わず現実逃避をしてしまった。
その言葉通り、洗いざらい白状させられて。
その後、全校生徒に伝わるくらい、盛大に俺たちの交際を公表することになるのだが。
それはまた、別のお話。