その一歩を踏み出す時は、今。ガラガラと、スーツケースを引っ張りながら、早歩きで歩く。
(……確か、ここら辺のはず)
連絡されていた待ち合わせ場所の付近まできて、辺りを見渡す。
と、見覚えしかない愛しい金色が、此方に走ってくるのが見え、咄嗟に両手を広げた。
「っ、おかえり、類!」
「うん。ただいま!司くん!」
満面の笑みで抱きついてきた彼を、僕は受け止めて同じように抱きしめ返した。
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「相変わらず司くんの家は綺麗だね」
「忙しくはあるが、やはり目に見えている範囲が汚いとモチベーションが下がってしまうからな。というか、類は早く家を見つけろ?」
「はあい」
合流した後、存分に抱きしめあった後、僕は司くんの家でディナーを堪能していた。
変わらない味に舌鼓を打ちながら、口は閉じることをしらないかのように、ぽんぽんと言葉が溢れてくる。
向こうでの生活、僕がいなかった間の司くんの話。
でも、他愛の無い日常の話が、ショーの話に変わっていくのに時間はかからなかった。
「……でも、こっちだと制約もあったりするから、そこは難しいんだよね」
「なら、ここをこう……こうするといいんじゃないか?この寧々が主役だった見たショーでもやっていたんだ」
「なるほど!こういう方法で回避することができるのか……!っと、もうこんな時間だったんだね」
「お、そうだな。一旦ショーの話は休憩としよう。飲み物でも持ってくる」
「うん、ありがとう」
司くんがキッチンでカチャカチャと用意するのを、ぼんやりと眺める。
ふと、すぐ側のテーブルに置かれた雑誌に、見慣れた金髪があるのが目に入り、手に取って眺める。
「……へえ、こんな特集もされるようになったんだ」
「ん?……ああ!咲希とのやつだな!案外ウケがいいらしくて、結構色んなところから仕事が来るようになったぞ」
「初めはどうなることかと思っていたけど、騒ぎの鎮火で終わらせずに人気に火をつける辺りが2人らしいよねえ」
言いながら、表紙に2人してピースをして写っている姿を、指でそっとなぞる。
数ヶ月前に起こった事件が、脳裏に蘇った。
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【天馬司、お泊りデート!?お相手は人気グループのSか!?】
そんなニュースが飛び込んできて、僕は思わずスマホを落とした。
すぐにハッとなり、どこの馬の骨の罠に嵌ったのかと、慌てて司くんに電話して事情を聞いたんだっけ。
『類、その写真、よく見てみろ』
「え?」
改めて、写真をよく眺めてみる。
その写真に映った女性は、暗くて色がわかりずらいが、かなり長くて、そして癖っ毛であることがわかる。
……とても、見覚えがある、癖っ毛。
「…………あ、これもしかして、咲希くんかい?」
『ああ。まさかこんな形で撮られるとは思わなかった』
そう。司くんの妹の、咲希くんだった。
ちょうど、敬老の日が近いのも相まって、2人で両親へのプレゼントを買った時に撮られたらしい。
お泊りというのも、よく司くんは咲希くんの着せ替え人形になることがあるから、それで咲希くんの家に入れてもらった。といったところだろう。
その後はどれだけ遅くなっても、終電がなくなっても、いつも司くんは自分の家に帰る。
その部分は撮れなかったのかな?
そして何より、Leo/needのメンバーは全員、下の名前しか公開をしていない。
それも相まって、彼女が「司くんの妹」だと、誰も気付かなかったらしい。
元々敬老の日に家族全員で集まる予定だから、その時に公表するつもりだ、といった司くんの言葉通り。
咲希くんと司くんとで一緒にそれぞれ生放送を立ち上げ、二人共映った状態で、謝罪と共に、誤解を解いたらしい。
その後は、ちょっとした雑談生放送をしていたそうなのだが。
お分かりだろうか。妹全開の咲希くんと、お兄ちゃん全開の司くんの、雑談生放送なのである。
それはそれはもう、荒れに荒れていたものが全て浄化されるかのような、天使具合で。
あれだけ荒れていた両者のファンが、お互いに「天使しかいない」しか喋らなくなるのに、そう時間はかからなかった。
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「すぐに鎮火したからよかったものの、僕は不安しかなかったよ」
「まあ、あれはオレも想定外だったな」
司くんが淹れてくれた玄米茶をそっと啜り、ほっと息を吐く。
「……僕が言っている不安は、ちょっと違うけどね」
「……ん?どういうことだ?」
首を傾げる司くんに、僕は苦笑しながら口を開いた。
「そんなスキャンダルを撮られるくらい、司くんは人気になったんだと、そう思ったんだよ。あのスキャンダル、元は司くん狙いのものだったんだろう?」
「え、あ、ああ。確かに、そうだったが」
あのスキャンダルが公開された時。
一様に特集が組まれていたのは、咲希くんではなく、司くんだった。
それだけ、その話題で人が引けると思ったんだろう。
結局は、違う形で鎮火したけれど。
「僕らももう大人だし、それだけ人気が出ているから、今後もきっと、絡まれたり、撮られて勘違いされたり。こういうことがあるんだろうなと、そう思ったんだよ」
「類……」
僕の言葉に何も言えなくなったのか、司くんは俯いてしまった。
……申し訳ないけれど。
僕にとっては、それは好都合だ。
「だからね、司くん。」
「僕も大人として、男として。一歩。踏み出そうと、思ったんだ」
俯く司くんが、ゆっくりと顔を上げる。
きっと、司くんの目に、映ることだろう。
笑顔の僕と。
その手に乗った、綺麗で小さい、箱が。
「正式に、僕のものになってくれませんか?」
司くんが驚いて目を見開いたのを見て、そっとその箱を開けた。
少し幅が広めの、金色のリング。
その中央には、濃い目の紫色と、黄色。
2色が、互いに主張するかのように、鎮座していた。
「……こ、れ……」
「アメトリン、っていうんだって。僕と、司くんの色。」
そっと指輪を手に取り、司くんの左の薬指にはめる。
事前にしっかり調べていたのも相まって、サイズはぴったりだった。
「石言葉は、「調和」「安定」。「光と影」なんて言葉もあるそうだよ。
……スターと演出家である、僕らにぴったりだと思わないかい?」
「る、るいぃ……」
そう、ウインクしながら言うと、司くんは堪えきれなくなったのか、ボロボロと涙を零す。
目を擦ろうとする手を掴み、そっとその口を塞ぐ。
触れるだけのキスを何度も繰り返し、唇がふやけたところで、漸く離した。
「ね。司くんから、返事がほしいな?」
言いながらそっと耳元を撫でると、司くんは顔を真っ赤にしてふるりと震えながら、口を開いた。
「……わ、わかってる、くせに」
「うん、そうだね。……でも、司くんの口から、聞きたいかな?」
そうニヤリと笑いながらいうと、司くんは口を尖らせて「ばか」と呟いた。
「……オレ、も」
「……うん」
「……オレも!類を、オレのものにしたいんだからなっ!」
顔を真っ赤にして、大声で言って、抱きしめてくる彼を、受け止めながら、
負けないくらい、強く強く、抱きしめて。
そのままゆっくりと、ソファに沈んでいく。
そっと唇を合わせる、顔のすぐ横で。
握り合った手の中。紫と黄色が、きらりと輝いた。