高鳴る心臓はどちらも同じ鼓動を刻むカチャカチャと、僕が機械を弄る音が、静かな部屋に木霊する。
それに対抗するように雨音を立てていた天井から、更に大きな雨音が響き渡る。
「……これは酷いなあ」
雨音を聞きながら天井を見上げて、誰に聞かれるでもない独り言をぽつりと呟いた。
ある日の休日。
事前に天気予報で、台風ではないが雨も風も強いということが発表されていた。
野外ステージであるワンダーステージでは練習も危険だということで、安全第一で今日明日のショーは中止となった。
事前にわかっていたとはいえ、急にできた休み。
加えてこの天気では外に出ることすら億劫なので、僕は何時も通り機材の調整に取り組んでいた。
「……よし。これはOK。こっちのは……」
何個目になるかわからない機材の調整を終え、次の機材に手をつける。
そういえばこれは、古くなった配線の仕組みを変えたら更に機能が追加できそうだから、調整ついでに機能追加を試してみようとしていたんだっけ。
鞄から、その話をした時のメモを引っ張り出す。
聞いたことをなるべく全部纏めたいと慌てて書いていたから、筆跡はかなりぐちゃぐちゃで、機能の選定をするまえに解読からかな、とため息をつく。
「……あれ?これは……」
メモを机に運び、そこで始めて、2枚組になっていてクリップで止められていることに気づいた。
僕は普段一枚にしか纏めない筈だけどな、なんて思いながら2枚目を見てみる。
「……え??」
そこには、僕でも簡単に読めるくらい綺麗な字で、先ほどのメモの内容が抱えていた。
この筆跡には、見覚えがある。
筆跡からも、彼自身の自信が滲み出ているような、堂々とした文字だ。
そして、一番下に書かれた、文章。
『寧々から、慌てて書いた字は本人でも解読しないと読めないとアドバイスをもらってな。
えむにも声かけして、あの時出した案を纏めさせてもらったぞ!
これを見ながらじっくり考えてくれ!
それから、もっとオレ達を頼ってくれ。
天馬 司』
「……ほんと、敵わないなあ」
メモを、シワにならない程度に握り締めながら、搾り出すように呟いた。
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僕は、司くんが好きだ。
気づいたきっかけは、ハロウィンショーの時。
司くんに指摘され、カイトさんの言葉で気づいた、あの日。
僕が、誰よりも離れてほしくないと思ったのは、司くんだった。
他の誰よりも、いなくなってほしくないと思ったのは、司くんだった。
でも。
いなくなることを一番恐れている僕が、思いを伝えられるかと言われたら。
伝えられる、わけがなかった。
できるのであれば、思いを伝えて、これからも傍にいてほしいと、願うけれども。
もし、嫌だと言われてしまったら?
男性が好きだと知った司くんが嫌悪してしまったら?
……もう、ワンダーランズ×ショウタイムにはいられないと、離れてしまったら?
"離れられる"ことを恐れていると、自覚してしまった僕には。
この思いを伝えることは、できなかった。
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改めて、司くんが纏めてくれたメモに目を通す。
寧々は比較的、実用性もあるようなものを。
えむくんは演出よりだけれど、こんなことができたらいいな、という感性の方が強くて、実現が少し難しそうなものが多い。
司くんは、実用性なものも、あったらいいなというものも混ざっているけれど。
それを使ったらどんな脚本がかけそうだ、とか、過去の演出のこの部分をより良いものにできそうだ、とか。
自分で書いている分、そういった意見がとても散見されて。
誰よりも素晴らしいショーをしたいと考えているんだなと、嬉しく、愛しくなる。
……自分で"伝えない"と決めてはいるものの、司くんが好きな気持ちはどんどん大きくなっていって。
司くんのいい所、好きな所を新たに知る度に、司くんへの愛が強まっていく。
このままだといけないとは知りつつも、止められないものだよなあ。
そう思いながら、メモに目を通していくと。
「……あれ?これ……」
明らかに新機能の案ではない内容が書かれているのを発見した。
内容から察するに、脚本のネタ、だろうか?
(……そういえば、急な休みということもあって、司くんも脚本を書くと言っていたっけ)
折角だから今日明日で完成してみせようではないか!と、僕らに豪語していたのを覚えている。
だが、次に会えるのは、明後日。それでは間に合わないかもしれない。
(司くんならすぐ既読も付くだろうし、連絡しちゃおう)
そう思いながら、アプリを開き、「今大丈夫かい?」と送る。
(よし。後は気づいたら、これの内容を送ろう)
そう思いながら、既読が付くのを待つ。
…………………………………
「付かないなあ」
珍しいこともあるものだ、と思いながらアプリを閉じる。
まあ、少し離れているのかもしれない。
とりあえず案で実現できそうなのを先に纏めておこう。
そう思いながら、新しい紙とペンを手に取った。
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「おかしい」
思わず声に出してしまうくらいには、非常事態だった。
あれから、1時間。
司くんから既読が付かない。
あれだけ天候が悪いのに外に出ているというのは考えずらい。
スマホを家の中のどこか変なとこに落としているのでは?とも思って、電話をかけてみたけれど、これも全く繋がらなかった。
ちなみに既に5回かけた。
(……かくなる上は)
そっとパソコンを立ち上げ、あまり起動する予定のなかったシステムを起動する。
これは、自分が密かに作っていた、GPSを受信して地図に反映するアプリだった。
タイミングをしっかり見計らって頼みごとをしたい自分にとって、仲間がどこにいて連絡が可能なのかを知るのはこういった方法しかなかった。
ちなみに作るきっかけになったのは、カップル向けのアプリの中にこんな感じのアプリがあることを知ったからだったりする。
閑話休題。
(これなら、司くんが今どうしているのかわかるし、なんで連絡が取れないのかもわかる、筈……)
そう思いながら、スイッチを入れる。
地図上に表示されたアイコンは、2つ。
黄緑と、ピンク。
「…………え?」
司くんを表す黄色は、どこにもなかった。
ハッとなって、地図を移動したり、拡大率を下げたりして表示範囲を広げたりもしたけれど。
黄色のアイコンは、どこにもいなかった。
……司くんは、どこにもいなかった。
「……うそ、だ」
念のため、壊れたりしたら通知が入るように設計はしている。
そこら辺の設定も見直してみたけれど、書かれていたのは「受信できない」の一択だった。
なんで。
なんで。
どうして。
そんな言葉が、脳を支配する。
司くんという存在は、そもそもいなかったのだろうか?
僕が作り出した、幻覚だったんだろうか?
それとも、これは夢なのだろうか?
そっと頬に手をもっていって、強く抓る。
感じる痛みに顔をしかめるより先に……絶望感が、僕を襲った。
司くんが、いない。
傍にいてほしい存在が、どこにもいない。
涙が流れることは、なかったけれど。
これが現実なのだと、受け止めることは、できなかった。
「類くーーーーーーーーーーーーーーーーん!!!!!」
突如響き渡った声に身体をびくりと震わせて、声の発生源に目を向ける。
そこには、よく僕の作業を見学しにくる、黄色い彼がいた。
「……レン、くん。どうしたんだい?」
混乱していた僕は、いつしか呼吸すら止めてしまっていたみたいで。
深呼吸を1つしてから、声をかける。
「突然ごめんね!類くんが司くんに何度も電話していたみたいだから、気になっちゃって!」
「え?」
「司くんのスマホの通知で電話してきてるって気づいたんだ!カイトとも話し合って、緊急の連絡だったらまずいから呼んできてって言われて」
レンくんの言葉で混乱しそうになるのを堪えて、唾をごくりと飲み込む。
いる。
司くんは、ちゃんといる。
「……うん。緊急ってほどじゃないけど、司くんならすぐ既読が付くのになと思ってね。司くんはセカイにいるのかい?」
「うん!ちょっとスマホ置いて自主連しにいってるみたいだけど」
「わかった。僕も顔が見たいし、そっちに行くよ」
「わかった!待ってるね!」
レンくんが消えたのを確認して、ほっと息をついた。
セカイにいるのならGPSが使えなくて当たり前だ。
メモを畳んでポケットに入れると、早速セカイに向かった。
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遠くから、見慣れた黄色が走ってくるのが見える。
座っているのが僕だと気づいたのだろう。
ペースを守って走っていた彼が、スピードをあげるのが見えた。
「……類!どうしたんだ、こんなとこで」
「それは僕のセリフだけどね。……こっちで自主連しているとは聞いたけど、まさかそんなことまでできたなんて思わなかったよ」
セカイに訪れた僕に、カイトさんが説明してくれた。
このセカイは司くんの想いのセカイだから、望んだものが生成される。
そして、今回生成されたのは。
「いやあ、オレも驚いたが、このセカイに山があるのは本当にありがたいな!
虫を怖がることなくトレーニングできて、いい時間だった!」
そう。
まさかの『山』だった。
僕と寧々が山にトレーニングをしに行ったということは話したことはあった。
そしてその時、確かに「山はいいが虫がいるのがな……」と言っていたのも覚えている。
けど、まさかそれによって『山』ができるなんて、想定外だった。
司くんは虫が絶対発生しない「セカイの山」であることをいいことに、全力でトレーニングに勤しんだらしい。
その間、ずっとスマホを置き去りにして。
「……っと。まあオレのことはいいんだ。類はどうしたんだ?ここにいたってことはオレのことを待っていたんだろう?」
「ああ、そうそう。この前、追加したい機能を聞いて、それを纏めてくれただろう?」
「?ああ、確かに纏めたな」
首をかしげる司くんの前に、例のメモを見せる。
「その纏めてくれたメモにこんなことが書かれていてね。もしかして脚本の案なのだと思って」
「んん?……ああ!確かにどこかに書いた記憶はあったが、どこだかわからなかったんだ!すまない、ありがとう」
「どう致しまして」
喜ぶ司くんに、そのメモを渡す。
やはり重要なメモだったようで、とても嬉しそうだ。
「……それにしても、なんで態々手渡ししに来たんだ?類も作業があっただろう?」
「ああ、それは…………」
「……??類?」
司くんに指摘されて、思い出す。
一切連絡が付かなかった、あの時間を。
GPSが一切反応せず、絶望していたあの時を。
突然顔色が悪くなったのだろう、心配そうに声をかける司くんを無視して。
僕はそっと、司くんを抱きしめた。
「…………は??」
「……ごめん。少し、このままでいて」
走った後だからか、気持ち体温が高めで、心臓もばくばくいっている。
……否、そのばくばくはどんどん大きくなっていっていて。
自分の心臓なのか、司くんの心臓なのか、わからないほどに高鳴っていた。
「……っは!?る、類!離してくれ!」
「嫌だ」
「嫌だじゃない!汗臭いだろう!」
「嫌だ」
「お前な……」
ため息をつく司くんを無視して、更に腕の力を強める。
汗臭いのなんて、気にならない。
今は、感じる暖かさが、心地よくて。安心できて。
司くんが何も言わなくなったのをいいことに、僕は口を開いた。
「司くんなら、すぐ既読がつくと思ったんだ」
「……ん?」
「ショーのことを、仲間のことを大事に思っているから、連絡はすぐ返ってくるって、思っていたんだ」
「……それ、は。トレーニングの間置いていったことに関する当てつけか?」
「まあ、黙って聞いててよ」
申し訳なさそうに言う司くんの背中を軽く叩きながら、僕は続けた。
「なかなか付かないし、電話しても出てこないし、だんだん不安になってね。GPSで探す暴挙に出たんだ」
「……いやそれは明らかに暴挙だな!?何やってるんだ!?」
「まあ、落ち着いてよ。僕もこれは最終手段で使ったのは今回が始めてだから」
「何も安心できんが!?」
「でも、使わないとわからなかったし。結局、それでも全く安心できない結果が返ってきたけれど」
「……安心できない結果?」
僕の「安心できない結果」が気になったのか、GPSのことを忘れる司くんが可愛くて、ひっそり微笑みながら続けた。
「セカイだからね。GPSは一切反応しなかったよ」
「ああ……それもそうか」
「うん。本当に肝が冷えた。本当は存在しないのか、とかね」
「いやそれはありえないだろう。……まあ、そんな状態を作った俺にも責任はあるが」
もはや僕が抱きしめていることすら気にしなくなった司くんの身体を、深呼吸をしてから抱きしめ直す。
もう、覚悟は決めた。
「だからね。僕は向き合おうと思ったんだ」
「……向き合う?」
「司くんとの関係が変わるのが怖かった。司くんがもし離れてしまったらと、そう思ったら怖くて、伝えられなかった。」
「…………」
「でも、伝えたい想いはどんどん強くなって。そして、何も言えないまま、いざいなくなったら、引き裂かれそうなくらい悲しくて」
「類……」
「だから、決めた。もう、後悔したくないんだ。」
「格好悪いかもしれないけれど、僕は本気なんだ。僕の想いを、君に伝えさせて」
そっと腕を離し、司くんを見つめる。
僕の顔は、きっと真っ赤だろう。
でも。本気を出すと誓ったんだ。
「僕は、司くん。君のことが……」
「司くん達、ちゃんと話せたかなあ?」
「うん、ちゃんと話せたと思うよ。……おや?」
こちらまで響くほどの司くんの声に、類くんもちゃんと気持ちを伝えられたのかなと気づく。
「ちょっと荒療治だったけど、上手くいったかな」
急遽休みになった司くんを、山に誘導したり。
汗でダメになってしまうかもと、スマホを置いていってもらったり。
かかってきていた電話を、敢えて無視したり。
きっと行動してくれると思っていたけれど、予想通りでよかった。
「ん?カイト、何か言った?」
「ううん、何も。ちょっと司くんのところにいってみようか」
「うん!」
走り出すレンの後を追うように歩く。
きっと、類くんは離れる恐怖を乗り越えて、本気を見せてくれただろう。
後は、類くんの頑張り次第。
そして。
「鈍感な司くんが、いつ気づくかだね」
それまでは類くん、頑張ってね
そう思いながら、彼らの元へ向かった。