不安な心の行き先は。必要なものを持って、スマホから曲を流す。
光が落ち着くのを待って、見慣れたセカイのテントへの道を早足で歩いていった。
今日は寧々もえむくんも家の都合でお休みだから、練習もお休み。
だけど、それじゃもったいないから、セカイで集まって僕達で次回の脚本の叩き台を作ろう、という話になったのだけれど。
司くんに見せたい機材の調整をしていたら、約束の時間まであとわずかになってしまった。
集合場所はテントだから、セカイに入って移動すると考えると、きっと時間を過ぎてしまう。
「急がないと…………あれ?」
早足で進んでいると、何やらぬいぐるみに囲まれた誰かがいた。
……否。体格も、髪色も、その声も、全て聞き覚えがある人物だ。
けど、その姿は、僕の知る姿とは全く異なっていた。
「……司、くん?」
「!!る、るい!!!??」
此方に振り向き、驚いた顔をする彼は。
髪の毛が、腰の辺りまで伸びていた。
-----------------------------
司くん曰く。
セカイに着いた時は、特に何事もなかったらしい。
でも、僕を待っている間。
ぬいぐるみくん達と話している間に、何故かどんどん髪が長くなっていったらしい。
「不思議なこともあるもんだねえ」
「ああ、本当にな」
ため息をつきながら、司くんは自分の髪をどんどん編み込んでいく。
ちゃっちゃっと忙しなく動くそれは、まるで編み物をしているかのようだ。
「司くん、三つ編み随分と慣れてるんだね」
「ん?ああ、咲希がやりたい髪型があったときに、オレが咲希の髪でやって見せたりしていたからな」
「へー……。そういえば、ぬいぐるみくん達と話していたのって、どんなことだったんだい?」
「ん?大したことではないぞ。ただの世間話だ」
「そうなん…………え?」
「ん?」
言葉が途切れた僕に司くんは首を傾げているけれど、僕はそれどころではなかった。
司くんの、髪の先。
あと少しで完成していたであろう三つ編みの先が、ぐんぐんと伸びていっていた。
「……髪が、伸びてる」
「なにぃ!?……ほ、本当だ!また伸びてる!?」
「司くんの言葉がきっかけになっているのかな?……司くん、本当に世間話だったのかい?」
「あ、ああ、本当だ……って、また伸びた!?」
何故だー!!??と叫ぶ司くんとは裏腹に、僕は今の事象が、少し引っかかっていた。
司くんが答えると、伸びる。
受け答えでは、伸びない。
ありえるとしたら、僕のキーワードで伸びるか、司くんの方に問題があるか、だが。
(まさ、か)
頭をよぎったある「答え」に、僕は思わず司くんの腕を掴んだ。
「うおっ!?る、類!?どうした?」
「仮設だけど、司くんの髪が伸びる原因がわかったかもしれないんだ」
「ほ、本当か!?……なら何故、オレの腕を掴む必要が?」
「対策、だよ。……ねえ、司くん」
「世間話って、嘘だろう?」
「……どういう、意味だ」
僕の言葉に、怪訝そうな顔で言う司くんに、僕は続けた。
「さっきの髪は、司くんが答える度に伸びていっていたね」
「ああ、そうだな」
「でも、ただの受け答えでは髪は伸びない。キーワードとか、そういうものも考えたけれど。それも違うしね」
「何故それが…………あ」
司くんはハッとなり、自分の髪を見つめる。
そう。
「さっきの話からして、「世間話」がキーワードかなと思っていた。でも、さっきまで伸びていた髪が、今は伸びてない。つまり、僕からではなく、司くんの言葉がきっかけだ」
「…………」
「それから、答える度に、伸びるという事象。……詰めようとしていたこの話、そのものじゃないかい?」
「え?…………あ!!??」
司くんもハッとなって、僕が手に持つそれを凝視する。
そこには、鼻が長くなったブリキの人形……「ピノキオ」が描かれていた。
-----------------------------
前にやった人魚姫もいい出来だったし、また童話モチーフのものを作りたい、と言い出したのはえむくんだった。
異を唱える人もなく、各家庭から持ってきた童話の絵本を参考に、あれそれ意見を出していたわけなのだが。
その中で、えむくんがやってみたいと言い出したのが、この「ピノキオ」だった。
ピノキオの話自体は知らない人が多くても、ピノキオ自体の認知度は高いから、きっと楽しんでもらえるだろうとのことだったが。
"嘘をついたら鼻が伸びる"
ここを一体どうしたらいいか、というところで、話が頓挫してしまった。
意地でもピノキオをやってみたいというえむくんの熱意に押されるがまま、セカイの人たちも巻き込んで、出した結論が。
-----------------------------
「元から自然に伸びるものが代わりに伸びる。……つまりは、髪の毛が伸びればいいんじゃないか。そういう話に、なったよね」
「…………ああ」
ゆっくりと頷く司くんは、僕の方を見ずに、俯いている。
話をする前から、僕はずっと司くんの腕を掴んでいるんだ。逃げ出そうとしても、できないだろう。
つまりは、司くんは観念する他、道はないんだ。
「さて、改めて聞くよ。……何の話を、していたんだい?」
「……この前、の」
暫く黙ったままだった司くんが、ゆっくりと口を開く。
聞こえてきたその声は、司くんだとは思えないほど、小さな小さな声だった。
「この前?」
「……ショーの練習した日、あっただろう。バランスを崩した寧々を、類が抱きとめて運んだ日」
「ん?……ああ、あったねえ」
言われたその日を、ゆっくりと思い返す。
悪天候となり、する予定だった練習が潰れて不貞腐れる僕達のために、カイトさんたちが同号練習を提案してくれたんだっけ。
けれど、ダンスの練習をしていた寧々が転びそうになったのを、僕が受け止めて運んだんだっけ……。
「お似合いだ、って」
「え?」
「王子様と、お姫様みたい。お似合いだって、皆が言っていたんだ」
「……なるほどね」
僕が、司くんと付き合っている。
でもそれは、仲間にも、家族にも。まだ誰にも言っていない秘密だ。
それを秘密にしている以上、僕達の交際を仄めかす言葉は言えない。
つまり。
「その話を肯定したのが、嘘認識になったんだね」
「う……。多分、そうなんだろうな……」
申し訳なさそうに言う司くんの頭をそっと撫でる。
そして、司くんの足元にずっといたぬいぐるみくん達に、そっと話しかけた。
「ねえ、皆。お願いがあるんだけど、いいかい?」
「イイヨー!」
「ドウシタノー?」
「うん、ちょっとね。僕と司くんは付き合ってるって、皆に伝えてほしいんだ」
「……なにぃ!?おい類、一体何を、」
「ワカッター!」
「ボクハカイトノトコ!」
「ジャアボクはレン!」
「テワケシヨー!」
「え、あ!待ってく、早いな!?」
司くんが止めるまもなく、風のように消えていったぬいぐるみ達。
僕はぽかんとする司くんの腕を引き、そのまま抱きしめた。
「ふふ。こうすればよかったんだよ?」
「荒行時すぎるんだが……?というか、えむや寧々にもバレることになるんだが?」
「問題ないよ。既にえむくんや寧々に相談しまくっていたから」
「お前は何をやってるんだ!?」
「まあ、それはともかく、だよ」
言葉を封じるように、強く抱きしめる。
「ぐえっ」という言葉と共に司くんの言葉は消えていったのを確認してから。
離れて、そっとキスをした。
「そんな風に嘘をつかないといけないのなら、僕は嘘をつかない道を選ぶよ」
「……現実の方ではやるなよ」
「善処するよ」
「それはNOって言ってるってことでいいんだな!?」
何時も通りになった司くんに、思わず笑みが溢れる。
でもこれで、皆の前でもしっかりイチャイチャできるなと、心の中でガッツポーズをしてしまった。
改めて報告した寧々に、「そんな現象起きるのなんてセカイだけなんだから放置すればよかったんじゃないの?」と言われて。司くんと二人して顔を見合わせるまで、あと。