臆病者の大誤算『…………で、次のシーン。「寧々が台詞を言いながらはける」だな』
「……うん。こんなものかな。ごめんね司くん、迷惑をかけてしまって」
『迷惑かけた、というのであれば、もう少し綺麗に字を書くように心がけた方がいいんじゃないか?』
「うーん、痛いとこを突くねえ」
司くんの言葉に、思わず苦笑してしまう。
今は10時半。
普段であれば、こんな風に電話したりすることはないのだけれど、今回は事情があった。
僕は台本に、演出関係のメモをひたすら書いている。それこそ、台本が真っ黒になってしまうほどに。
あまりに酷い時は新しい台本を用意して、そこに現在確定している演出を書いているのだが。
たまに急いで書いてしまい、自分でも読めない時が発生してしまうのだ。
演出で作りたいものなんかはなんとなくわかるのだけれど、動きに関するものは、別のことを考えながら書いてしまうせいで、自分でも読めなくなってしまっていた。
そうなってしまった時、決まって僕が助けを求めるのが、司くんだった。
えむくんや寧々と違い、司くんは全員の動きを把握しておきたいからと、自分の出番が一切ないようなシーンでも、メモ書きしないといけないものは全部書いていた。
だから、僕が書き漏らしているような部分も、司くんの台本になら書いてある、という訳だ。
『本当、オレがこんな風に書いていなかったらと思うと末恐ろしいな』
「うん。本当に助かっているよ。いつもありがとう」
『……また何か企んでいないだろうな』
「酷いなあ、本当に感謝しているんだよ?」
よよよ……と言いながら、嘘泣きをすると司くんはため息をついた。
『そういうくらいなら、日頃から……っと、すまん、ちょっとミュートする』
「え?う、うん」
そういうと少しの間静かになり、すぐに元に戻った。
『すまん、少し母さんに呼ばれた。すぐ戻るから、このまま繋いでおいてくれ』
「うん、わかったよ」
俗に言う、親フラというやつだろうか?
司くんがそう言ってまた静かになる電話に、僕はくすりと笑いが漏れた。
司くんは、周りの人を本当に大切にしている。
家族も、青柳くんも。咲希くんの幼馴染も、東雲くんも、えむくんも、寧々も。
僕もきっと、その中の1人なんだろう。
でも。
そんな、「大切な人」枠から外れたいと思うのは。
「恋人」という枠に、収めて欲しいと思うのは。
「……流石に、我儘かなあ」
もう二度と、人が離れるなんてことを経験したくないのだ。
伝えなければ、そんな恐怖を味わわずに済む。
でも、伝えなければ、一生その枠に囚われたままなのだ。
こんなの、我儘以外の何者でもない。
僕は、手にしたスマホに、呟くように、思いを乗せる。
「……好きだ」
今はまだ、勇気が出ない。
離れる恐怖と、愛してほしい欲求を比べたら、圧倒的に恐怖が優っている。
「……司くんが、大好きだ」
でも、膨れ上がるこの気持ちも、抑えられはしないから。
せめて、今、この時だけでも。
『…………類?』
ひゅ、と息がつまる。
だが、すぐに呼吸を整えて、その声に答えた。
「っ……ああ、司くん。おかえり」
『すまんな、結構待たせてしまった』
「ううん、気にしないで。そんなには待ってないし」
よかった。話せている。
僕は、「何時も通り」だ。
『そうか?なら良かった。折角だし、このまま少し演出案を練るか』
「あ、それいいね。それなら、一番最初のえむくんの登場シーンだけど……」
司くんの声に答えるように、台本の該当のページを開く。
そう。これでいい。
僕の気持ちは、一生出てこなくていいんだ。
司くんの傍にいれるのなら、それで。
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『……それじゃ、おやすみ。司くん』
「ああ、おやすみ!」
ぷつり、と切れたそれに充電器を指して、サイドテーブルに置く。
そして、ばったりとベッドに倒れ、そっと頬に手を当てる。
自分の手にも伝わるくらい、顔は真っ赤になっていた。
類は、気づいていない。
ミュートをしていたから、類からはオレの声が聞こえない。
でも、オレの方からは、類の声が聞こえている。
そしてオレは、「ワイヤレスイヤホン」をしていた。
つまり、離れていても、類の声は聞こえていた訳で。
初め、聞こえてきた独り言に、類はそのことに気づいていないのかとは思っていたが。
その後に突然聞こえてきて告白に慌てるオレを、母さんは不思議そうにしていたけれど。
とりあえず用は済ませて、ミュートを解除しようとした時、気づいた。
類の声が、悲痛に漏れていたことに。
だから、とりあえず聞いていないていで話を進めたけれど。
(合っていたみたい、だな)
オレが普通に戻ってきたことで、安堵したような声でそのまま通話を続けていたのを見る限り。
オレに伝える気は、さらさらないのだろう。
(……まあ、今はいいか)
なんだかんだ、オレも類のことは恋愛的な意味で好きなのだ。
でも、そっちがそんな風に隠してくるのであれば。
(沢山メロメロにさせて、我慢できなくなってから、告げるだけだ)
まあ、ちょっとした意地悪だ。
いつも翻弄される側だから、それくらいはいいだろう。
そう思いながら、そっと布団に潜り込んだ。
それから、数ヶ月もしないうちに、我慢できなくなった類に、押し倒されながら告白され。
それを待ってたと言わんばかりにキスをして、ネタばらしと告白の返しをして。
暴走した類にその日のうちに頂かれる、なんてことになるのは。
また、別のお話。