この思いは、相互通行。「それじゃあ、ゆっくり休むんだぞ!おやすみ!」
「うん、そっちもね。おやすみ」
「司くん、類くん、おやすみー!」
「うん、えむくんも寧々も、おやすみ」
手を振って、用意された部屋に入る。
しっかり締められたネクタイを解くと、自然とため息が漏れる。
自分でも思っていたより緊張していたみたいだ。
「お疲れ様、司くん。素敵なショーだったよ」
「ああ、ありがとう!類も演出お疲れ様」
ぽんぽんと優しく撫でてくる手に、オレはそっと擦り寄った。
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今日は、フェニランのスタッフさんの、結婚式だった。
遊園地全部を使ったあのショーでも、それ以外のことでもよくお世話になった人達で。
あのショーで垣根を越えて交流したことで知り合って、ご結婚されていた。
そして、あのショーがきっかけだから、よかったら是非参加してほしいと、特別に招待状を頂いたのだ。
オレ達以外にも、フェニランのショーキャストで招待状をもらった方もいらっしゃったこともあって。
結婚式での出し物として、「ナイトショーの公演 IN 結婚式場」をサプライズで執り行った。
結婚式に合わせて演出や台詞を変えたり、キャストも変えたり。
最後には、2人を祝福する演出も付け加えて。
新郎さんにも新婦さんにも、驚きと笑いと涙をプレゼントできた。
参加者の方々にも、とても楽しんでいただけた。
特別公演は、大成功で終わったんだ。
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「司くんはこれからどうする?お風呂入る?」
「ああ、入るぞ。類も行こう」
「ええ……僕は疲れているからシャワーでいいよ」
「疲れているからこそだろう!今回一番の功労者は類なんだからな!しっかり疲れを取るぞ!予約はしてあるしな!」
「ええ、いつの間に……?」
困惑する類の背中を押しながら、貸風呂場に向かう。
抵抗する類の力が想像よりも弱く、オレは連れていく腕の力を強めた。
結婚式でショーをすることはそうそうに決まり、参加できる人に声をかけ、準備を進めていたのだが。
唯一、どうしようもない問題が発生してしまった。
結婚式の日に、うちのキャストの中で「演出家」として参加ができたのが、類だけだったのだ。
他のキャストさんは、割と他のところでも演出家として活躍されている方が多く。
都合がつかないと欠席される方が多くて、その日に入れる人が、類だけになってしまった。
オレもできるだけ類のサポートはしていたのだが。
普段と違う人も交えての練習、しかも前の合同公演と違って、合わせる時間に限りが出てくる。
類も、最高のショーにしたいと毎日機材の調整を頑張っていて。
しかも普段の学校、及びワンダーランズ×ショウタイムの公演も、普段通り同時並行で進めていて。
類の疲れは相当なものだっただろう。
本番前でも、オレと2人きりの時は、ずっと甘えてきていたから。
オレも、本番が控えている以上、類をちゃんと癒すことが全然できなくて。
そのことが、とても歯がゆかった。
でも、それが終わった今、やっと類を癒すことができる!
オレはそんな心持ちで、類を連れて行っていた。
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「……はー……これは……効くねえ……」
「ああ……想像以上だな……」
どうにか身体も頭も洗って、温泉に向かう。
結婚式のために出向いたこのホテルは、大浴場に設置された温泉の他にも、申請すれば鍵付き個室の温泉に案内してもらえる。
公演が終わったら疲労困憊で声をかけられても上手く対応できないだろうと思って、事前に申請しておいたものだったが。
類の様子を見るに、成功だったようだ。
温泉の効果は矢張り効果は絶大で、凝り固まった筋肉が緩むのを感じる。
類も、普段は湯船に浸かることがないと言っていたけれど、この疲労だととても気持ちいいだろう。
だが、まだ終わらない。
堪能している類の方に寄り、そっとその手を取った。
「……え、司くん?」
「今日は、本当にお疲れ様。同時進行、大変だっただろう。ありがとう」
そう言いながら、手のひらをマッサージしていく。
ペンを握り締めて、何回も何回も書き直していたその手にはペンだこができている。
ほっそりしているようで、その手にはしっかり筋肉がついていることを、オレはよく知っている。
少しでも楽になるようにとマッサージを続けるオレに、類は気持ちよさそうに息を吐いていた。
「……どう、だ?」
「ん……とても、気持ちいいよ。ありがとう」
「どう致しまして」
そう言いながら、反対の手を取り、同じようにマッサージしていく。
もみもみと揉んでいくオレに、類は反対の手を伸ばして、オレの頬にそっと添えた。
「ん……?どうした?」
「こういうの、珍しいからね。普段は僕が労わる側だし」
「ああ……まあ、な」
普段は、色んな仕事を詰め込みすぎてキャパオーバーするのを、類が察して癒してくれることが多い。
オレを丸め込んで、家に連れ込んで。オレが言えない我儘を全部拾って、甘やかしてくれる。
でもそれは、オレが普段無理をしてしまうから。
だからこそ、今日のこの機会を、失うわけにはいかなかった。
「いつも、類が労わってくれるだろう……?オレだって、類にお返ししたい」
「司くん……」
「オレも、されて嬉しいから。……今度は、オレの番だ」
「……うん。ありがとう」
そう言って、マッサージを続けるオレのことを。
類は嬉しそうに、見つめていた。
「でも、戻ったら今度は司くんの番だよ?」
「えっ」
「司くんの甘やかしは、僕の特権なんだから」
そう言って、不敵に笑う類に。
オレは、一生勝てないなと、そう感じた。
このあと。
話していた通り、沢山癒してもらったからと、部屋に戻ってからはオレの方が甘やかされまくって。
2人して抱きしめ合って爆睡して、寝坊して寧々達に怒られることになるのは。
また、別のお話。