4分の1の重み「the show must go on」
脚本に使えるものを調べようと思って検索、をかけていた時に見つけた、英語の慣用句。
その意味を知った瞬間。
「君は、スターになんてなれない」
あの時の言葉が、頭を過った。
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寧々の歌声に、パチパチと拍手が沸き起こる。
そんな寧々にえむが駆け寄り、類が舞台袖から機材のスイッチをあれこれと弄っている。
オレは、次の自分の出番を待つべく、類とは反対の舞台袖にいた。
位置が逆なのは機材置き場所なんかの都合のためなのだが、今はオレにとっては都合がいい。
ぜえぜえと息を切らすオレの姿を、誰にも目撃されないから。
その日は、とてもタイミングが悪かった。
時期的に新しい公演を始めよう、となったのだが。
脚本を書いている間に学級委員会の仕事が沢山入ったり。
演技を詰めようとしたら、オレがエキストラを務めたイベントでオレに指名が来たと連絡が来たり。
何かと慌ただしい日々を過ごすこととなったのだ。
委員会の仕事は仕方ないし、エキストラに関しては向こうからオレを指名してくださった訳だから無下にはできないということで向かったが。
普段のルーティーンを崩さないといけないくらいには、大分忙しかった。
3人からも、大丈夫かと聞かれたりもしたが。
自分から進んでその道に行った以上、手を借りる訳にはいかないと思い、「大丈夫」で押し切った。
が、その結果がこれだ。
今日は最終公演。
朝に飲んだ薬が、じわじわと切れ始めているのだろう。
身体が火照り、間接がぎしぎしと軋み、頭がじくじくと痛んでくる。
喉には一切不調がないと、顔色が悪くてもメイクでどうにかなるのが、せめてもの救いだった。
舞台に上がっている間は根性で押し切っているが、一度舞台袖に入ると息が切れる。
……もし、これを3人の誰かに見られたら。
そう考え、目を閉じて、呼吸を整える。
「……ザ、ショウ、マスト、ゴウオン」
『the show must go on』。
「どんな逆境にあっても、計画され、もう始まったものは最後までやり遂げなければならない」という意味の慣用句。
あの日のことを、誰よりも怒ったオレが。
あの日のように、始めたものを止めるわけには、いかないんだ。
耳の届いた音に、顔を上げる。
オレが出るタイミングがわかるように設定した、サインの音だ。
ぐっと額の汗を拭い、舞台に駆け上がる。
その頃には、頭痛も熱も、何もかもが気にならなかった。
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ドサッ
「……ここでよし、と」
その後、無事舞台は大盛況に終わった。
今は手分けして小道具を片付けているところだ。
倉庫に置くべきものを置き、身軽になると、自分の身体の悪さがじわじわと襲い掛かってくる。
「座長」として過ごしている間は、またマシなのだ。
すぐ戻らねばと踵を返したところで、スマホが震えた。
「む?…………類?」
電話を告げる画面に映る演出家の名前に、オレは首を傾げた。
こうしてスマホを持ち歩いているのは、片付けで各々行動していた際に、所在がわからなくなったりしていたのが原因だったりする。
だが、オレはこの倉庫に行く前に類にも寧々にも声掛けをしたから、所在の確認の連絡なんて来ることはない、筈なのだが。
「もしもし。類、どうした?」
そう思いながらも、未だに着信を知らせるスマホをタップする。
すると、慌てたような類の声が聞こえてきた。
『もしもし!?すまない司くん、まだ倉庫にいるかい!?』
「あ、ああ。今ちょうど戻ろうとしたところで……」
『ならよかった。申し訳ないんだけれど、右奥に置いていたペンキの箱になくなりそうな色のメモを貼っておいたよね?それを読み上げてくれないかい?その注文を今逃すと、来週以降になってしまうそうなんだ』
「なぬ!?それはいかんな、ちょっと待て」
話を聞いて、慌てて奥に向かう。
箱を取り出すと、ペンキ独特のシンナーの匂いが広がるが、それを無視してオレはメモを読み上げた。
「ええと……、白と、赤、それに緑だな!」
『白、赤、緑……。うんわかった。着ぐるみくん、それでお願いします。ああ、白は1つ多めに……』
類のその声を聞いて、間に合ってよかったと胸を撫で下ろした。
だが、そろそろ倉庫を出なくては。
箱のためシンナーの匂いは少しの間だけだったが、それでも体調不良の身にはかなりのダメージだった。
『……あ、ごめんね司くん。こっちはもう大丈夫。ありがとう』
「ああ、わかった!それならそろそろ戻ると、」
戻るとしよう。
そう、言おうとした。
視界が、ぐわんと歪まなければ。
「……っ」
『?司くん?』
怪訝そうな類の声に答えようとするが、できない。
歪む視界。
きつい匂い。
痛みを訴えてくる頭。
次第に身体から力が抜け、手にしていたスマホがゴトンと音を立てる。
『司くん?司くん!?」
遠くから聞こえていた類の声が、次第に小さくなっていく。
ついには、聞こえなくなったと思うと。
視界が、真っ暗になった。
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「………………??」
意識を取り戻すと、そこはどこか見たころがある天井だった。
寝ころんだまま辺りを見渡し、ワンダーステージの救護室のソファに寝かされていることに気づいた。
いつの間に?というか片付けは?
そんな、うまく回らない頭であれそれ考えていると。
ガチャ
「あ、司くん!よかった、目が覚めて……」
手にタオルを抱えた類が、すぐさま駆け寄ってきた。
ぼんやりとしたまま考えていた質問を類に投げかけると、類はあれそれと作業をしながらオレに教えてくれた。
偶然にもオレの居場所をしっかり把握した状態で倒れてしまったので、
類はえむや寧々に声掛けを済ました状態でオレの元に向かってくれたそうだ。
見つけて運び、着ぐるみさんに用意してもらったソファに寝かせた時。
3人は類の服に付着したメイクによって、オレの、既に剥がれかけたメイクに気づいたそうだ。
そこからオレのメイクを全部引っぺがしたら、そこからはもうパニック。
着ぐるみが指示を出してくれるまで、本当に3人で慌てふためいていたそうだ。
どうにか着ぐるみが3人を宥めて、今はえむと寧々を連れて必要なものを本部に取りにいっているそうだ。
そこまで聞いて、オレは首を傾げた。
「類、は……なんで、行かなかったんだ?」
「僕が、一等司くんを心配してたからだね。僕自身も、司くんと離れたくなかったし」
「だ、だが起きたし、もうオレは大丈夫で、」
「大丈夫じゃない!!」
怒鳴るように言われたそれに、オレは身体をビクリと震わせる。
類は、怒鳴ったことを謝ると、そのまま口を開いた。
「何も大丈夫じゃないんだよ……。僕が電話で倒れたことに気づいたときや、ここに運び込んできた時の二人もだけど本当に本当に、司くんが心配だったんだよ……?」
そんな悲痛感漂う言葉に、オレの胸がずきりと痛む。
「だ、だが、公演では大丈夫だっただろう?」
「公演では、って……。司くん、朝から調子が悪かったの!?」
「わ、悪かったかもしれんが、薬は飲んだし大丈夫だったんだ!少なくともあの時のようなことは、」
「司くん!!」
類の強い言葉に、また言葉を失う。
だが今度の類に、悲壮感は感じられない。真剣な顔で、オレを見つめていた。
「『あの時』って、なんのこと?」
「え?…………あ、」
「司くん。ちゃんと、答えて」
そう聞いてくる類に、オレはもうはぐらかせないなと悟った。
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「『the show must go on』、かあ」
「ああ。それを聞いたら昔のことをよく思い出してしまってな」
相変わらず綺麗な発音で言う類に苦笑しながらも、話してしまったなと一人ごちる。
今もこうして引きずっていることに、類は呆れただろうか?
そう思考の海に浸っていて、類がオレに近寄ってきたことに気づかなかった。
「……ほい、なにすんら」
「体調不良で頭がかたーくなっている司くんの頬を伸ばしてるんだよ」
びよーん、と伸ばしたそれを離すと、抓られた頬がじんじんと痛む。
そこを一切気にせず、類は口を開いた。
「あの日のことを繰り返したくない、同じことを起こしたくないのは、僕たちだって同じなんだよ」
「…………」
「司くんは自分が悪いって言っているけれど。……あの日の大きな原因は寧々にあるし、止めると勝手に判断したのは僕なんだよ?」
「!!だ、だが、」
「司くん」
オレが咄嗟に口を挟もうとしたところに、類が畳みかける。
オレが言葉をなくしたのを見て、類は再度口を開いた。
「司くんだけの責任じゃない。これはもう、ワンダーランズ×ショウタイム全員の責任なんだよ」
「全員の……」
「そう。だから、司くんがつらいときは、ちゃんと話して。僕ら3人で、できるだけ支えるから。」
「怪我をしたのなら、それでもできる演出を探そう。体調が悪いのなら、身体に負担が少ないものに変えたり、別の人に演出をやってもらおう」
「『最後までやり遂げなければならない』のなら、その負担を僕らにも背負わせて。僕ら4人で、ワンダーランズ×ショウタイムなんだから」
類の、そんな言葉を聞く度に。
オレの目から、ポロポロと涙が零れ落ちる。
この現状を『つらい』だとは考えたことはなかったが。
本当は、『つらい』気持ちも全部、押し殺していたのかもしれない。
類は、何も言わずに涙を流すオレを、抱き締めて、ずっと頭を撫でてくれた。
その後のことは、よく覚えていない。
オレはまだ熱が高く、あの後泣きながら気を失っていたから。
気が付いた時には家で、咲希がぷりぷりと怒りながら看病をしてくれて。
でもそんな中で、咲希が笑顔で指さした先。
お見舞いにと置かれたらしい、三者三様、自由気ままに書かれた脚本を見て。
気づかないうちに抱え込んでいたものが、軽くなったような、そんな気がした。