なんてことはないのだけれど。近ごろは彼の美しさにしみじみと目を奪われる。
そのせいで私は親指の付け根に彫刻刀をザックリと抉った。鋭い違和感に見つめた傷跡が皮膚の下のしゃぶしゃぶ用生肉の色に咄嗟に木片を手放し台拭きで押さえつけることができた。さいわい、シンプルなノの字の刃先は自分の肉片を切り出すことはなかった。
痛みは薄いけれど、木屑を拭うための薄い布巾が湿ってゆく感触を無事な方の手のひらにかんじながら、私は彼を見つめたまま身動きが取れずにいた。
ややあって彼は私が作業を中断したことに気づいて、読みかけの本から目を剥がしこちらを見た。どうしたの、と不思議そうに小首を傾げて淡い微笑みを乗せる。私はその眼差しから慈しまれていることを確信して思わず笑みが溢れる。
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