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    15RTで一番エグい性癖の小説を書く 提出作品

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    #日記
    diary

    なんてことはないのだけれど。近ごろは彼の美しさにしみじみと目を奪われる。
    そのせいで私は親指の付け根に彫刻刀をザックリと抉った。鋭い違和感に見つめた傷跡が皮膚の下のしゃぶしゃぶ用生肉の色に咄嗟に木片を手放し台拭きで押さえつけることができた。さいわい、シンプルなノの字の刃先は自分の肉片を切り出すことはなかった。
    痛みは薄いけれど、木屑を拭うための薄い布巾が湿ってゆく感触を無事な方の手のひらにかんじながら、私は彼を見つめたまま身動きが取れずにいた。
    ややあって彼は私が作業を中断したことに気づいて、読みかけの本から目を剥がしこちらを見た。どうしたの、と不思議そうに小首を傾げて淡い微笑みを乗せる。私はその眼差しから慈しまれていることを確信して思わず笑みが溢れる。
    彼はおもむろにソファから立ち上がり、床で店を広げる私にひざまづき私の手に大事に両手を重ねてきた。ゆたりとした彼の動きは妙に気恥ずかしい。そんなに大事に扱わなくても壊れやしないし、実際たいしたことはできない手だ。
    彼は暖かくて大きな手のひらで手癖の悪い私の両手をゆっくりと開かせて、隠し込んでいた悪事を日の元に晒した。
    ごめん、床は汚していない、うっかりしていて手元が狂って、ナイフも拭っているしこのタオルはすぐ洗って、いや新しいのを出してくる。と私が気まずく弁明した。訊かれもしないことをたどたどしく長々と言った。彼は見ればわかると突き放すだろうか、ちゃんと自分で片付けられるならばいいと解放してくれるだろうか。わずか0.3秒に胸が高鳴る。
    彼はそのどちらでもなく、痛むだろう、と前置いて私の肩を抱き立つように促して洗面台に連れてゆく。洗わないと、と汚れた水の滴りそうな布巾を興味なさげに剥がして、私の皮膚の破れて肉が薄ら覗く血みどろの手を清潔な水で流した。
     ごめんね、と彼が謝る。
     彼は排水溝に吸い込まれる汚水をみていて、私は彼の横顔を見ていた。ひょっとしたら彼からならば両手にベルトを貰ったって高揚してしまうかもしれない。きっと、そうしなければならないことを私が犯してしまったときだから。
     
     流水で洗っても水を止めると傷口からはふつふつ血が沸き上がってきて、彼は救急箱の一番大きな絆創膏を私の親指の付け根に貼り付けて、赤く染まるガーゼをしっかり押さえておくように私に言い付けてソファで肩を撫でてくれた。
     ちかごろ、こういうことが続いている。彼に見せつけるように怪我をして、どうすればいいのか自分でわかっている癖に、ぜんぶ彼にやらせるのだ。ああしろ、こうしろ、次の次まで予測した頭の中は指示を出す癖に、私の両目両手は彼を求めて離れないのだ。きっと浅ましい欲深くてお寺の巻物に描かれた猿みたいな顔をしていることが想像できて悔しくて頭の中が焼けるように熱くなる。
    しばらく前は一人でできたことが刃こぼれするようにできなくなる。ひとつを改めると他の部分が抜け落ちる。彼が諦めてしまうまえに、壊れた私を補える私に戻りたい。ベルトはもう慣れっこで怖くないけれど、あんまり続くと呆れたため息と値踏みの目線ばかりでベルトすらくれなくなるのだと気を新たにする。

     夕飯を食べた後から、傷口がじくじく痛むようになってきた。血で滑るたびに絆創膏を貼り替えて治る傷だから病院に行くのは億劫で、昼間は彼が座っていたソファでだらだら眠りながら彼の本を読むともなしに眺めていた。
    近々実写映画化されるミステリ小説。本屋さんで山盛りの平積みをされていて、発売当時は新聞広告とワイドショーで紹介されていた人気作。うまくいかない人が他の人に憎しみや妬みを募らせて一発逆転の狙った復讐を探偵に阻まれてうまくいかない人生が書いてある。
    犯人は人生を投げ打つことができるならその力でもう一度やりたいことに挑んだほうが建設的だし、探偵が何をいっているのかよくわからなかった。それっぽく書いてある推理も地球上で実行するには無理がある。空気抵抗やエネルギー変換効率を無視して、生理反射を都合のいいところだけ切り貼りした、それがいいのだろう。私だって、ヒトと変わらない演算と駆動をするロボットや高度な文明の異星人の非現実を空想している。
     本を読み終えると眠るほどではない眠気が腕のなかにいた。いっそ少し眠って、起きた時に彼がいなければ迎えに行こう。
    彼を呼び出したのは彼の昔馴染みで、いまでも彼に振り向いてほしくて泣いている。彼はそんな彼女のことが嫌いではないらしくて呼び出されればいつもすぐに駆けつけている。いまだって、台所にはニンジンやタマネギやジャガイモを茹でた鍋が冷めている。散らかった食材と道具は片付けたけど、乾燥した葉っぱや木の粉末の小瓶がどこからでてきたのかわからない。
     じくじくと傷口が痛む。ひとりならこれくらい気が回って正しい場所に片付けられるのに、どうして昼間の私はいつもの彫刻ひとつ満足にできなかったのだろう。
    気がおかしくなるくらい、彼が好きなのだろう。
     好きなのだ、と口にした途端たまらなく寂しくなった。眠るつもりでいた部屋は薄暗くて季節とは無関係に肌寒い。思い出したが、私は待っているのは性に合わない。どうせヒマをしているだろう後輩も誘って、彼を迎えに行こう。どこにいるのかはわかららないけれど、探せば見つかる。
     引っ掴んだ鍵が傷を抉って頭が痛くなるくらい痛んだけれど、そういうのはもう慣れっこで怖くない。
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