Recent Search
    Create an account to secretly follow the author.
    Sign Up, Sign In

    mono_gmg

    @mono_gmg

    ☆quiet follow Yell with Emoji 💖 👍 🎉 😍
    POIPOI 10

    mono_gmg

    ☆quiet follow

    「お腹空いたなあ」
     深夜と言うべき時刻を迎え稼働させていたシミュレータールームの電源を落とし、部屋を後にして彼を自室に送り届けなければと考えていたところへ妙に大きな呟きが耳へと届く。視線を移動させると共にトレーニングに励んでいた青年がこちらを見つめながらにこにこと笑みを浮かべていた。
    「何だか食堂に行きたい気分だな」
    「……もう夜中の一時回ってるっすよ」
    「うん。すっかり時間忘れてたよね」
    「エミヤさんに怒られません?」
    「バレなければセーフセーフ」
     それとなく諭す言葉を巧みに躱しながら肩にかけていたタオルを定められたランドリーボックスに纏め、澄んだ青空のような青い瞳でこちらをじっと見つめてくる。どうやら持ち掛けてきた提案を簡単に取り下げるつもりは無いようだ。深夜の摘み食いは今日が初めてではなく、食堂の守護神ことエミヤから健康に良くないとお叱りを貰うのも片手では数え切れない。しかしエミヤという英霊は人理を取り戻す旅路の当初から此処ではない最初のカルデアで呼ばれていて、マスターである藤丸立香という少年をずっと見守ってきた。キッチンに余った食材が都合良く置かれているのも、真面目な立香が何度注意を受けながら夜中の摘み食いを止めないのも、二人の間に築かれた確かな信頼関係の結果であった。
    (明日揃って正座だな、こりゃ)
     例え形だけでも二人並んで怒られている姿が目に浮かび、頬を緩ませながら小さく溜め息をこぼす。摘み食いの共犯者としてマンドリカルドを巻き込もうしているのも一緒に叱られてくれると信じているから。確かに夕飯を食べてから随分と時間が経っているし、トレーニングで体を動かしていたおかげで空腹といえば空腹だった。本来サーヴァントに食事は不要だが、そのように習慣付いてしまえばその欲を無視することは難しい。
     正直なところ夜食にありつけるよりも、彼が誘ってくれた事実が嬉しいのだけれど。
    「……しょーがねえっすね。寝る前の腹拵えといくか」
    「やった!」

     シミュレータールームを後にしてしんと静まり返った廊下を進み、辿り着いた食堂の明かりを点ける。キッチンスペースを覗きながら夜食のメニューについて思案していた頃、立香はふと思い出したように口を開いた。
    「そういえば、今日エミヤがパンを作っててそれの余りがあった気がする」
    「んじゃ、夜食はトーストにするか」
     娯楽でしかない筈の食事を楽しみにしているサーヴァント達の為、大量の小麦粉へ果敢に立ち向かう守護者の姿はマスターの脳裏にしっかりと刻まれていたらしい。確かにこの辺りに、と呟きながら戸棚の中から一斤分のパンを取り出した彼を見て、必要になるだろうパン切り包丁を拝借し適度な厚さにカットする。
    「……さすがに欲張り過ぎると雷落ちるよな……」
    「だね……控えめにしとこ」
     節度を守った二枚分だけを残して大元は置いてあった場所に戻しておき、その間に立香はトースターに熱を点す。程よく熱が通った調理器具にパンを預け、香ばしく焼ける時間に設定し未来の便利家電に後を任せた。
    「味の希望ある?」
    「んー……特には無いっすね。マスターは?」
    「オレはちょっと甘いのが良いな。熱々のトーストにアイスと……ジャムとか?」
    「んじゃそれでいきましょ」
     摘み食い提案者の意見を尊重し、冷凍庫から誰の名札も付いていない業務用サイズと書かれたバニラアイスを取り出す。個人で冷凍庫を利用したり自分のものだと意思表示する場合は名前を明記しておくルールがあり、逆に言えばそれ以外は自由に拝借出来る仕組みになっていた。過去ルールを知らなかった北欧の女王が楽しみにしていたアイスを食べられた事から始まった大戦争のような悲しい事件を二度と起こさないよう、二重三重の確認は怠らない。
    「アイスはこれでいいな……マスター、良さそうなジャムありました?」
     喋りながら視線をずらすと、ビンを握って懸命に力を込めているらしい主の姿があった。中身がビンの縁に張り付いて固まってしまったり、中の空気圧の問題等といった理由で蓋が開かない現象はそれなりに起こる。しかし人の理から逸脱したサーヴァントの握力ならば力ずくで開けることは難しくなく、俺やりますよ、と軽い気持ちで手を伸ばそうとして。
    「ぐっ……あー、もう少しで開きそう、なのに……っ」
     気付けば伸ばしていた手は下がっていた。彼の意識はビンの蓋へ向いていて、その言葉はきっと無意識にこぼれたもの。手っ取り早く開けようと思うなら傍にいるサーヴァントに頼む選択肢だってある。サーヴァントの方もどんな些細なことでも良いからマスターの力になりたいと思っている。今までの自分であれば彼からビンを優しく奪い取り蓋を開けて返しただろう。それに深い意味はなく、他のサーヴァントがいても同じことをすると思う。主が困っているのだから手を貸すのは当然だ。けれど、主の青年はそれを当然だとは思っていなくて。戦闘時は客観的に見てマスターとしての役割に徹しているけれど、僅かな時間を見つけては自分に出来ることを探している。シミュレータールームでトレーニングに励んでいたように、いつだって独りで足掻いていた。
     我ながら大袈裟だと心の中で呆れる。そぐわない戦場で立ち続ける青年の在り方を思い出したものの、それとこれを横に並べるのはあまりにも状況が違う。比較すべき対象でない。それでも、どんな些細なことでも自分の目で見てから自分の足で歩む藤丸立香という青年を、マンドリカルドは大切にしたいと思っている。
    「……疲れたら、交代するんで言ってくれ」
     そう言い残しパンを並べる為の皿を二枚取り出した。未来の便利家電に視線を向けると出来上がるまで残り十数秒だと教えてくれる。減っていく数字のカウントをぼんやりと眺めていると、アラームよりも先に傍らで嬉しそうな声が響いた。
    「やった、開いた……!」
    「やったな、マスター」
     達成感に満ちた青い瞳と視線がぶつかり互いに笑みを浮かべる。そ、と掌を向けると一瞬で意図を理解した立香が照れ臭そうにへらりと笑って。蓋の跡がくっきり残り赤くなってしまった掌を視界の中に映しながら、小さくハイタッチを交わしたのだった。
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    🌋💴💴💴💴💴😭😭👏🙏💴💴💴💕😭😭😭🙏🙏🙏🙏❤❤❤❤❤❤💯
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    mono_gmg

    DONE大学生ぐだ×バーの店員マンドリカルドな現代パロディ。まだ続く予定
    色々ふわふわしてますがご容赦ください


     一般的な夕食の時間は過ぎ去り、夜の都内が賑わいを見せ始めた頃。中心地から少し外れ、とある物静かな人気の無い通りを一人の若者が歩いていた。その足取りは酒に呑まれた者特有の不安定さは見られなかったが、どことなくふらふらとしていて覚束無い。俯きがちなその背中には彼だけが知っている寂しさが漂っている。
     青年は少し前までは大切な人と親密な時間を過ごしていたけれど、その大切な人と歩む道は今や違えてしまった。互い以上に想いを寄せる恋人が出来た訳ではなく、双方の間にある恋心が冷めた訳でもない。二人の関係に幕を下ろしたのは彼女が静かに呟いた別れよう、の五文字。相手を試すような冗談を告げるような人ではなかった。慌てて表情を窺えば眉を八の字にしながらもしっかりとこちらを見据えていて、長い時間を共にしてきた人の決意を覚ってしまった。切り出されてからたっぷり間を置いてゆっくりと頷く。未練は無い、と言えば嘘になるけれど。提案も憂いも拭い去って彼女を説得出来る自分の姿が思い描けなかったのだ。関係性が一つ消えても大事な友人であることは変わらないから、彼女にほんの少しの罪悪感も残したくなくてなるべく穏やかに笑 8950

    recommended works