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    IDLER

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    IDLER

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    スマホゲーのPeak of Combatのβテストに参加する機会を頂きまして……
    異次元の旅人さん、見た目5バージルなのに閻魔刀の鍔が丸いんです……

    ##DMC
    #バジダン
    bajidan

    異次元の旅人さん 不浄と冠する場所にそぐわぬ清水が、微動だにせぬ肢体から滲み出た血を体温もろとも攫っていく。流れの速さと、轟々と響く水音が、それが行き着く先は滝であろう事を伝えていた。
     流れは早いが、事切れた体を運ぶ程には強くない。せいぜい血濡れた髪をすすぐくらいだろう。

     辛くもと表現するに相応しい様相の勝利だった。お互い満身創痍で、最後の方は殆ど気力で打ち合っている様なものだった。少しでも己の信念に陰りが見えれば、地に膝をついていたのはバージルだったかもしれない。

     バージルは倒れ伏すダンテ の顔を眺めた。
     ぎゅっとへの字に結ばれていた口元は、込める力がなくなって弛緩してしまったのか、うっすらと開いて、決意に満ちていた強い眼差しも、今や瞼の奥に閉ざされている。

     安らかな、あどけない表情だった。

     まるで――、バージルがそう思いを馳せた時、地響きと共に足元が揺れる。パーフェクトアミュレットによって解かれた封印は、アミュレットが再び分たれた後もその膨大な魔力の余韻で辛うじて開かれていたが、遂にその門扉を閉ざそうとしていた。
     潮時だ。このまま魔界に残り、スパーダを手にムンドゥスに挑む選択肢もなくはないが、現段階でそれが無謀である事はバージル自身が最も理解していた。ならば、一度退いて体勢を整えねばならない。
     うつ伏せのダンテを表に返して、胸に下がるアミュレットに手をかける。

     ――嫌だね。これは俺のだ。アンタには自分のがあるだろ?

     ピクリとバージルの手が刹那強張るも、その逡巡を断ち切る様に乱暴にチェーンを引き千切った。アミュレットが二つ揃わなければフォースエッジは真の姿を見せない。一時の感傷と秤にかけるなど愚か以外のなにものでもないし、そういった感情を未だに抱いてしまう自分自身にバージルは苛立った。だから、「これきりにしろ」と己に言い聞かせる。
     痛みに疼く脇腹を押さえながら踏み出す。一歩踏み出してしまえば、後は簡単だった。
     ポータルの光に包まれながらバージルはダンテを見た。
     眩い光に視界が覆われて見えなくなるまで見ていたが、ダンテは変わらず、冷たい水に抱かれながら静かなままだった。


     バージルが物質界に戻ってみると、アーカムの娘――レディが待ち受けていた。戻ってきたのが彼一人である事に、彼女は酷くショックを受けている様だった。
    「ダンテは……」
     口汚く罵られるか、感情的に喚かれるか、そのどちらかであろうとのバージルの予想に反して彼女は静かに問いかけただけだった。
     バージルはちらりと、存外に華奢な少女に一瞥をくれて「待っていても無駄だ」とだけそっけなく応えた。
    「弟、だったんでしょ?」
     事実として「そうだ」とバージルが頷くと、それが気に障ったのか少女の色違いの虹彩がぎらりと色を増す。
    「お前とて、父親を殺したろう」
    「それは……っ!!」
    「そうせねばならなかった。だからそうした。そうだろう?」
     レディが思わずと言った風情で口を開くが、そこから発せられるものは何もなく、結局は閉ざされる。
     「お前と私とでは違う」とそう叫びたかったのだ。しかし、そうしないのは彼女自身がアーカムを殺めた事は、とどのつまりエゴイズムによるものでしかない事を理解しているからだ。
     悪魔に魅入られた男の、気が狂った願望の犠牲になった母の名誉のために。罪の無い多くの人々が傷つく前に――耳障りの良い建前に過ぎない。彼女の行動原理は「憎いから殺したい」という利己的な感情に他ならず、そしてその道を阻む者には容赦しなかった。
     悪魔だろうと高を括っていたとはいえ、一見すると人間でしかないダンテの頭部を躊躇いなく撃ち抜ける程度には彼女も狂っていたし、人間性をかなぐり捨てていたのだ。
     バージルと何が違うというのか。何も違わないではないか。――それでも。
    「そうね」
     レディの応えは簡潔だった。弁解も弁明もしない。そして、全てを諦めた様に彼女は深く嘆息した。
    「それでも、私は涙が出た」
     勝利に陶酔し感極まったわけでなく、悲願を達成し安堵したわけでもなく、ひたすらに悲しかった。
     幸せだった頃の思い出まで、アーカム諸共葬り去ってしまった。そしてそれは、二度と帰って来ないし、この先再び取り戻すこともないのだろう。

     バージルはレディの言わんとしている事が何となくは分かったが、最早それに心を動かされる筈もなく、無感動に「そうか」と頷いて「悪魔は泣かない」と返した。
     そんなバージルをレディは何か哀れなものを見る様な目で一瞥してからぽつりと「かわいそうなひと」と呟いて、背を向けて去っていった。

     ――「人間武器庫」と評された凄腕のデビルハンターが死んだとバージルが風の噂で聞いたのは、それから数年後の事であった。
     
     
     ――――――――

     その女に対するバージルの感想は「似せるならば、とことんまで似せればいいものを」であった。
     トリッシュと名乗ったその女は異様なまでにエヴァに似ていた。ただし、似ているのは見てくれだけで、中身はまるで違う。
     尤も、バージルが知っているエヴァはスパーダと結婚し、バージルとダンテを儲けて数年経った後の、母になった落ち着いた女性というだけで、案外婚前はこうだったのかもしれないなと思い至った。
     ともあれ、母に瓜二つの女が「魔帝の復活が近い」と魔帝が封印された島――マレット島へと、各地を放浪するバージルをわざわざ探し出して誘うなど何かあると思わない方がおかしい。ムンドゥスの差し金に違いなかった。
     それを承知でバージルがトリッシュの誘いに乗ったのは、偏に頃合いだと思っていたからだ。
     魔剣スパーダを手にして5年。父の魔力もすっかり馴染んで、そろそろ肩慣らしをしてみたかった。

     トリッシュに続いて上陸した島は、まさしく「らしい」有様であった。
     濃密な魔素に空間が撓み、瘴気に一帯が汚染されていて生きているものの気配が感じられない。そのくせ、そこかしこにざわざわと蠢くものがある。
     久しぶりの感覚に、バージルの気分は高揚した――のも束の間、バージルの機嫌は今や地の底を這っている。
     対峙する物言わぬ異形の騎士。何も言わぬくせに仕草が煩かった。見覚えのある立ち居振る舞いに、癇に障る挑発。わざとらし過ぎて最早怒りを通り越して呆れ返ってしまった。
     トリッシュといい、この騎士といい、ムンドゥスが精神的な攻撃の意図を以て彼らをバージルに嗾けているのは明らかであった。やり方が小賢しく、小物臭い。
     魔帝とはこの程度のものか――バージルは心底ガッカリした。そして、さっさと終わらせてしまおうとそう思った。
     まずは目の前の騎士を叩き伏せる。二度と、バージルの目の前に現れようなどと思わないよう徹底的に。

     胸を刺し貫いた手応えは奇妙なほど軽いものだった。それもそのはずで、力無く転がった鎧の中身はがらんどうであった。
     ふっと力が抜ける感覚がして初めて、無意識に全身を強張らせていた事にバージルは気が付いた。気が付いて、苛立ちにぎちりと拳を握り締める。そして、いつもの様に「やめておけ」と深く考えようとする自分を押し込めた。
     こうなった時のバージルは後が厄介である。厄介な感情の処理を放棄して、全てを怒りに転化する事を選ぶからだ。
     八つ当たりに、行き合った全ての木っ端悪魔を虱潰しに狩っていったら、バージルの姿を認めると蜘蛛の子を散らすように逃げ惑うようになってしまった。
     これでは面白くないでは無いかと、大物を探して出会ったマグマを操る蜘蛛の脳天に文字通り兜割りを喰らわせ、図体ばかりでかい鳥は放電しながら飛び回るばかりでなかなか降りて来ないので「それならばずっと飛んでいろ」と幻影剣を展翅ピン代わりにコロッセオの壁面に作り上げた立派な標本に、漸くバージルは満足気に頷いた。

     
     トリッシュの横槍をくらい悪夢の名をした魔界式生物兵器に飲み込まれた先の光景にバージルは唸る。
     見覚えのある一室。大きくとられた格子窓の前にソファが一脚鎮座している。窓の格子の合間を縫って降り注ぐ陽光は眩いと言うよりも白っぽい。色がない。全てがモノクロで構成された世界だった。ソファに座る人物以外は――
    「バージル、今日はオレと遊んでくれる?」
     練習用の木剣を2本抱えて、期待と不安が入り混じった表情でバージルを上目遣いに見詰める子供――ダンテ。
     応えれば碌なことにならないと口を噤むバージルをダンテは暫くじっと見詰めてから、諦めたように視線を外して大きく息を吐いた。
    「最近付き合い悪りぃよな。またあのじいさんのとこに本読みに行くのかよ」
     バージルが何も言わなくてもお構いなしに喋り続けるうるさい口。「別に良いけどさ」と不貞腐れて膨らむ頬。すくっとソファからダンテが立ち上がるとシャツの裾が片方ズボンから出ていた。朝着替えた時にはきちんと入っているのに、何故かいつも、いつの間にかこうなっている。それがだらしなくて、バージルは好きではなかった。
     じわりとダンテの瞳に涙の膜が張る。
    「……っ、もういい!」
     逃げ出そうとしたダンテの腕を反射的にバージルの手が捕える。しまったと思ったが後の祭りだ。
     涙目のダンテがバージルを振り返り、きょとんとしてから見る間に花が咲くように笑った。バージルがぐっと息を呑む。
    「バージル!」
     小さなダンテがバージルの腰に手を回して抱き付いた。そして、「何して遊ぶ?」そう尋ねる声が徐々に低く変化し、背丈もぐんぐんと伸びて、長く伸びた前髪の間から覗くベイビーブルーの瞳がバージルのペールブルーを覗き込む。
     白い光が降り注ぐ在りし日の一室は、天井から黒い炎に蝕まれて剥げ落ち、その裏に隠されていた世界を露呈した。歪に撓んだ不浄な異空間。轟々と音を立てて流れる冷たい清水に足を取られそうになる。
     どっと胸に衝撃を感じて、次いでそれは背を貫いた。ダンテのリベリオンがダンテごとバージルを串刺しにしている。片肺を貫かれ、逃げ場を失った血液が逆流し口から迸った。
    「バージル、いっしょにあそぼうぜ」
     うっそりと笑む紅を刷いた様に赤い血濡れの唇。ぞわりとバージルの背中を悪寒が走った。どんっとダンテの肩を突き放して距離を取る。
     リベリオンを胸から抜き取ったダンテがケタケタと哄笑する。
    「ひでぇなバージル、あそんでくれねぇのかよ」
     バージルは無言のまま閻魔刀を抜刀し袈裟懸けにダンテの姿をした悪夢を切り裂いた。ダンテ擬きはそのまま仰向けに倒れて、ぴくりとも動かなくなった。
     胸から滲んだ血が水に運ばれて、細く細くバージルのブーツに纏わりつく。その血から逃れる様に一歩足を退いたところで、じわじわと視界が白み始めた。
     漸く解放されると、バージルが辟易とした溜息を落とす。そして、最後にバージルの悪夢だと言うその姿に目を遣った。

     その顔は、悪夢と言うには余りにも穏やかであった――

     どっと上方向に引っ張られる力に任せて、突き破る。飛び上がった体勢で下を確認すると、コアを剥き出しにして蠢くナイトメアの姿があった。バージルは咄嗟に装備をベオウルフに変更し、そのままヘルオンアースを叩き込んだ。
     ナイトメアの堅固なコアにビキリと上から下まで亀裂が入り、綺麗に砕け散る。コアを破壊されて制御を失ったのか、それとも敗北時の自爆シークエンスなのか、ナイトメアは四方八方にレーザーの様な魔力を撒き散らしながら消滅した。
    「……くっ!!」
     先刻まで勝利を確信し得意げに高笑いしていた女の顔が一転して焦りと苛立ちに歪む。バージルの記憶にあるエヴァは、そんな醜い顔はしなかった。やはり、見てくれだけで似ても似つかない。
    「図に乗るな!貴様など少し命が延びた所でどうせマスターに殺されるのだ!」
     捨て台詞と共に逃げを打とうとするトリッシュの頭上に、ナイトメア消滅時の衝撃で脆くなっていた石柱が崩落した。気づくのが遅れ、逃げ遅れた彼女は成す術なく瓦礫の下敷きとなった。
     胸を潰され、身動きも取れず苦しげに呻く悪魔をバージルは冷たく見下ろす。
    「無様だな」
    「……はっ!お前に言われる筋合いはない……っ!!」
     お前の悪夢、見ていたぞとトリッシュが嘲笑する。
    「いつまで経っても殺した弟の事を引き摺っている。それだけでも無様なのに、それを何でもないことのように取り繕って上辺だけでも悪魔のつもりか」
     そして、彼女は一頻り笑うと、「哀れな男だな、バージル」と美しく微笑んだ。

     その顔は、恐ろしいほど母に似ていた。


    ――――――――


     ムンドゥスを倒し、アビゲイルを弑し、アルゴサクスを屠って尚、バージルの力への探求は尽きること無く続いている。最早、概念的に探求から探究へ移ろっているかもしれない。
     そもそも、ムンドゥスを倒したからと言ってバージルの中の渇望が止むとは彼自身思っていなかったし、案の定、目ぼしい大物は狩り尽くしてしまい、最近はただ当て所なく各地を放浪するに収まっている。
     そんな折、とある城塞都市で悪魔の活動が活性化しているという噂をバージルは小耳に挟んだ。曰く、その都市――フォルトゥナはスパーダ縁の土地とあってか元々悪魔被害が多い場所ではあるが例年にも増して酷く、加えて、神々しい見てくれの動く鎧が深夜に度々目撃され、最後には決まって霊峰ラーミナの方へ向かっていくとか。
     ――フォルトゥナの魔剣教団。バージルがまだ10代の頃、スパーダの足跡を辿って行き着いた古めかしい都市で、政治方面でも強権を奮っていたスパーダを御神体に頂く宗教団体だ。バージルがフォルトゥナに足を踏み入れた時期に前教皇が身罷って現教皇のサンクトゥスがその座に着いた。病死とされる前教皇の遺骸を見たバージルの見立てでは「毒殺」が濃厚であった。
     何かその内やらかすのではないかという予感は確かにあったが、バージルには関係の無い事であり、人間の集まりでしかない一宗教団体に出来る事など高が知れていると今の今まで忘れていた。
     何をしようと勝手だが、スパーダの名が穢されるような事態は看過できない。――という建前のもと、良い暇潰しが出来たとバージルはフォルトゥナに向かったのだった。


     忍び込んだフォルトゥナ城のその地下――古城とは真逆の近代的設備は昨日今日作られたものでは無いことは、その充実ぶりを見れば分かった。どうやらここは研究施設のようだなと辺りを見回しならバージルが独り言ちる。
     見覚えのある鎧が何かの液体に満たされたタンクに浸されている。それがいくつも並んでいる所を察するに、件の目撃された動く鎧はここで製造されているようだった。悪魔の気配を感じる。恐らく動力源に悪魔を使っているのだろう。
     バージルは元来知識欲が旺盛な方で、こういうものは隅々まで見聞したくなる。壊す前に色々見て回ろうと更に奥に足を進めたところで見つけたものに、バージルはしばし言葉を失った。
     鎧の時点で施設の破壊は決定事項になっていたが、これはいよいよもって看過できない。冷たくなった指先で、それが収まる装置のガラスに触れる。
    「リベリオン……」
     バサバサと紙束が落ちる音にバージルが振り返ると、施設のドア付近で研究者というには筋骨隆々な大男が、逞しい顎をあんぐりと開いて固まっていた。
    「だ、だ、だ、誰だね君は!?ど、どど、どこから入った!?」
     はっと我に返った男が言葉に閊えながら喚き立てる。セキュリティは万全だったはずだ!!どうやって感知されずに抜けてきた!?何故どうやってと研究者としては譲れない一線があるのか質問を矢継ぎ早にしては勝手にヒートアップする男をバージルは無視する。
    「これを何処で手に入れた」
    「し、しし、しつ、質問に質問で、か、か、返すのは、や、やめたまえ!!」
    「これを何処で手に入れたか聞いている」
     武器も抜かず、ただ静かに質問を繰り返すバージルに底知れぬものを感じたのか研究者は「ひ、ひぃいっ……」とか細く悲鳴を上げて、害意はないと示すように両手を上げた。
    「な、な、流れ着いたんだ、海辺に。あ、あの鎧の破片と一緒に……そ、そう鎧!そ、その鎧は物質界には無いものでね!魔界産と言うべきか!そ、その物質を分子レベルで再現することに成功してから悪魔の魂の定着率が上がって、ビアンコアンジェロの稼働実験が実用レベルにまで……」
    「他には?」
     話しているうちに、また勝手にヒートアップしだした男にうんざりしてバージルが話を遮る。
    「……え?」
    「他には何かなかったか」
    「い、いや、特には……」
    「そうか。では、もう用はない。これも貰っていく。お前達には過ぎたものだ」
     流れるような動作で硝子を割って中のリベリオンに手を掛けると、ガード部分の髑髏が不服そうにガチガチ歯を鳴らした。バージルは、さぞ不服であろうなと苦笑した。それでも、スパーダからダンテに引き継がれたこの剣を余所者に渡す訳にはいかない。
    「ま、ま、待ちたまえ!そ、そん、そんなことが許されると」
     皆まで言う前にゴトンと男の頸が落ちた。
    「付け焼き刃の悪魔擬きに貰う許可など必要ない」
     デミヒューマンとは違う、人間と悪魔が入り交じった歪な魔力。それでも、後天的にかつ人為的に施されたにしては随分と馴染んでいた。
     バージルは常々思っていた。閻魔刀には特徴的な性質があるが――時空を切り裂いたり。人と魔を分かつ、即ち、物質界と魔界を切り離したり(これに関しては他にもありそうだが、敢えてバージルは探究することをやめている)対してリベリオンは、スパーダはその特性に関しては触れなかったし、リベリオン自身が何かを発揮するということも無かった。それでもスパーダが所有した三振りの剣の内、閻魔刀とリベリオンをバージルとダンテに各々与えた理由が何かあるはずだと。
     あの日、雨が降り頻るテメンニグルの頂上で、ダンテの本性は開花した。あの時は極限までに追い詰められた事が起爆剤になったと思っていたが、或いはそれこそが、リベリオンの特性では無いだろうか。閻魔刀とは対称的な特性。例えば、人と魔を融合する――
     これだけの施設を、このマッドサイエンティストが独断で持てるとは思えない。教団の上層部は皆悪魔化していると思った方が良いだろうとバージルは予想した。


     やはり碌でもなかったなと、瓦解し煙を上げる魔剣教団の本部と、その建物に身を預けるように横たわる、『神』と称するにはおぞましい残骸をバージルは見下ろす。まだ計画の初期段階だった為か諸々が足りておらず相手としては不足も不足であった。『神』の動力源として取り込まれていた、今はバージル小脇に抱えられて気を失っている子供も。もう少し成長していれば、多少は抗えたかもしれない。
     覚醒してもいないのに、魔力を吸い尽くされて酷く疲弊している。すんと子供の魔力を嗅ぐと、こちらは人工的では無いデミヒューマンの香りがした。そして、見知った魔力の形質にバージルの眉間に皺が寄る。子供の癖毛の銀髪に「まさか」とバージルが呟いたところで、「おのれぇ……」とサンクトゥスの地を這うような怨嗟の声がバージルの思考を遮った。
    「今少し!今少し時間があれば我らの使命も成ったものを……!」
    「世界征服など下らん事を」
    「違う!我々の目的は『救済』だ!我々は地上に遣わされた『天使』なのだ!神の御使いとして、惑う子羊達を導く義務がある!!」
    「お前達の神はスパーダだろう?」
     教皇サンクトゥスの成れの果て。中途半端に悪魔と人間が混じった醜悪な姿を、この愚かしい男は『天使』と言い張る。悪魔の使いが天使なわけないだろうに。
    「そうとも!スパーダ様だ!即ち、貴方のお父上に他ならない!!我々はお父上の使徒であり、お父上の力を継承する貴方は我々を導く義務がある!!」
     おおと嗚咽のような声を発し、バージルが持つ魔剣スパーダにサンクトゥスは平伏した。どうあっても助からぬと悟ったのか、詭弁を並べ立て「主よ、我らを憐れみたまえ」と狂気じみた血走った目でバージルに媚びを売る。吐き気がした。

    「なんだ、これは……」
     目の前の地獄絵図に――ネロが悪魔に拐われたのを必死に追いかけていたら、訳の分からない大きなものが教団本部から湧いて出て、スパーダの息子と戦った挙句にあっけなく倒され、教団トップの悪行を全て聞いてしまった上に、その処刑に立ち合った――駆け付けた歳若い教団騎士の青年、クレドは目眩がした。
     かつて魔界に反旗を翻し人間の為に戦ったスパーダを神と頂き、人に仇なす悪魔を排除することを教義としてきた教団のトップが自ら進んで悪魔になり、あまつさえ『救済』の名のもとに悪魔を用いたマッチポンプで世界征服を企むなどと、正気の沙汰では無い。クレドの信じてきたものの全ては目の前の教皇と同じく醜いものに成り下がってしまった。失意に沈んで膝を着いたクレドの頭上から、そんな煩悶など知ったことかと「おい」と不躾に声がかかる。のろのろと顔を上げると、鋭い美貌の銀髪オールバックの青年が子供をクレドに押し付けてくる。慌てて両手で抱えるように受け取って、癖毛の銀髪を撫でた。
    「ああ、ネロ……可哀想に……」
     我々の教義は、こういった力無き者を救うためのものではなかったのか。ほろりとクレドの頬を一つ涙が伝うのを見ていた青年は大きな溜息をついた。
    「教義は潰えたが、貴様の信念は潰えたわけではないだろう」
    「……っ!!」
     驚愕に目を見開きクレドが青年の方を見遣るも、既にそこには誰も居なかった。




     フォルトゥナ城の尖塔から街並みを見下ろしながら、バージルは久しく感じたことの無い郷愁に駆られていた。
     そういえば、昔、ほんの刹那の間だけ、ここに根を下ろしてもいいかもしないと過ぎったことがあったなと。
     あれは、おっとりとした見た目の割にハッキリと物を言う性分の女だった。城に向かう群衆に紛れるために、目に付いた民家の庭に干してあったマントを拝借したのを見咎められていた。
    「それは窃盗よ、お兄さん」
    「……」
     バージルが無言を貫き通すと、何を言っても無駄と悟ったか「仕方がないわねぇ」と苦笑して
    「私の家に予備があるからそれを貸してあげる。だからそれは返してらっしゃいな」
     何故かバージルはそれに素直に従ってしまった。
     
     それから、フォルトゥナを離れるまでの決して長くは無い時間に、バージルと余程縁があったのか、その女とは二日に一遍は顔を合わせた。
    「俺の動向でも探っているのか?」とバージルがそう聞けば「だって気になるんだもの」と徒に笑う。気が付けば、悪くは無いなと思う程度にはその女に気を許し、二、三度情を交わしもした。それでも、スパーダの力がどこに封印されたかが具体性を帯びてくると、バージルの心はそちらの方へと移ろっていった。
     そして、最後に情を交わしたその日の朝。いつもはバージルがベッドから出ても起きる気配もないくせに、その日に限っては微睡みの余韻も、温かな寝具への未練も何も無い瞳でバージルの旅支度をじっと見ていた。
     そして、ドアノブに手を掛けたバージルの背中に「見つかるといいね」と女は言ったのだった。




     ――――――――

     

     結局、バージルの旅は終わりがない。手段が目的に摩り替わっている事を自覚しながらも、それを良しとした時点で彼の中には終わりがなくなってしまったのだろう。
     地上のスパーダの足跡は、とっくの昔に踏破してしまっていて、残すは魔界のみだ。バージルにとって物質界に未練になるものは何も無い。ただ、当て所なく彷徨う事が気鬱だった。
     バージルももう、随分前から気付いている事だった。彼が探しているものはスパーダの足跡や、力を追い求めることでは手に入らないと。それでも立ち止まるわけには行かなかったのだ。こうして足が止まりそうになる度に、バージルの頭の中で誰かが非難がましく叫ぶ声がする。

     ――だったら、何のために……!!

     だったら、何のために……続きはなんだろうか。力を追い求めたのか?いや、安直すぎるな。そこまで考えて、バージルの唇が自嘲に歪んだ。
     そんなことに思いを巡らせても、最早無意味だと知っている。もう手遅れだと、その声が叫ぶ。バージル自身もその通りだと頷いた。
     諦めたように天を仰いで、「だったら、何のために……全てを手放して……」と呟いてから、あぁ、そういえばと一つ思い出した。昔、本を読みに通い詰めた家の老人に貰ったブレイクの詩集はどこへやってしまっただろうかと。
     あれは、唯一バージル個人のものだと言えるもので、あの日のダンテとの喧嘩もあの詩集が原因だった。そしてそのまま全てを失ってしまったのだ。
     見せろとせがむダンテに、これは俺のものだからと意固地になって、あんなに拘った割に、今手元に無いのは何故だろうか。そう思い至ると、どうしても気になってしまって、バージルは閻魔刀で空間を切り裂いた。


     バージルがあの日最後に見た生家は蛇のように鎌首をもたげた赤い炎に包まれて、きっと全てが焼け落ちてしまったに違いないと思っていた。
     しかし実際はかなり原型を留めていて、焼け残った玄関ホールには家族の肖像画すらしっかりと残っていた。考えてみれば当然だ。彼らの家は煉瓦造りだったから、焦げはしても焼け落ちるなんてことはそうそうないだろう。
     埃と灰と煤、剥がれた壁紙、割れた窓、燃え尽きたカーテン。これがバージルの思い出の残滓だった。
     件のブレイクの詩集は拍子抜けするほど呆気なく見つかった。打ち捨てられて、埃を被ったハードカバーは適当に払っただけでは汚れは落ちてくれない。
     どうして、あんなに大切だと思っていたのにバージルはあの日、この本を持っていきそびれてしまったのだろう。
     バージルとダンテにとって喧嘩は日常茶飯事で、「大嫌いだ」「顔も二度と見たくない」位のことは何も考えずに言ってのけていたように記憶している。
     あの日も双子にとってはいつも通りの日常だったのだ。ダンテが少ししつこくして、バージルが少し意固地になった。子供らしく感情を爆発させて家を飛び出して、今は気まずいし、ダンテに鉢合わせると嫌だから後でこっそり取りに戻ればいいと思っていた。そして、それが叶わなくなった。――ああ、そうかとバージルは思った。
    「ずっと続くと思っていたからか」
     二度と手にすることが出来ないなどと露とも思わず、手を伸ばせば届く距離にいつもあるとそう思っていた。本も、母も、弟も――還る場所も――。
     嗚呼とバージルは呻いた。バージルがずっと無視し続けていたあの声は、誰かの怨嗟の声ではなくてバージル自身の声だった。傷付くことに臆病になる前の全てを持っていたバージル自身の声だったのだ。
     
    ――かわいそうなひと
    ――哀れな男だな、バージル

     自分より余程的確にバージルという人間を理解していた2人の言葉を思い出す。
     可哀想などと、随分と過大評価をしてくれたものだと、バージルの唇から苦笑が漏れた。



     ――――――――


     開け放たれた窓から吹き込む風が、そよそよと目にかかる銀髪を優しく撫でていく。スラム街の饐えた臭いの風でも陽光とセットになれば、それなりに上等なものになる。
     今日もDevil May Cryは開店休業状態で、店主のダンテはお気に入りのソファを占領して昼寝に勤しんでいた。店番を早々にサボって惰眠を貪る姿をバージルに見咎められよう物なら、ガミガミと言われるだろうが、生憎兄は単独の依頼で留守なのである。鬼の居ぬ間なんとやらだ。
     なに、俺は眠りが浅いから、電話が鳴ったり人が来たりすれば直ぐに目が覚める。大丈夫、大丈夫。などと最大限自分に言い訳を繰り返して、ダンテは本格的に寝に入った。
     
     すっと横に一本、続いて縦に一本、何かが空間を切り裂いて十字に入った亀裂。それが音もなく大きくなって、そこから男が一人、ダンテの事務所に現れる。彼はダンテの事務所をぐるりと見回して「これは……?」と訝しげに呟いた後に、ソファに誰か寝ていると気付いて、そちらに歩を進めた。
     ダンテは闖入者にも気付かずに変わらず静かに寝息を立てている。その光景を兄が見ていたら「何が大丈夫なのか、俺の目を見てもう一度言ってみろ」と絞め落とされるに違いないが、それくらいその男は気配を消すのが上手く、加えて害意も感じなかったのだ。


     異次元の切れ目からダンテの事務所に降り立ったその男――纏う気配は彼の兄のバージルと良く似ている。それもその筈で彼は違う時空からやってきた彼らより年上のバージルであった。
     ソファで眠っているのが誰か気付いた彼は酷く驚くも、その寝顔から目を離せないでいた。
    「ダンテ……」
     久しく見ることの叶わなかった弟の名前を呼ばうその声は、吐息のように静かで、優しい。

     アミュレットとリベリオンをダンテに返してやりたい――。なんとなくそう思ったのが事の発端だった。
     魔界からも特殊な位置づけであろう地獄門付近のあの空間に取り残されたダンテの魔力の残り香を追って、ダメで元々と思いながら閻魔刀での時空間移動をバージルは試みた。
     そうして降り立った先は、どう見ても別時空で、それに気付いて不味いと思った。何か影響が出る前に去らなければと。
     それでも、ダンテを見てしまったら足が根を張ってしまったように動かなくなってしまった。
     丁度、バージルが手に掛けたダンテもこれくらいの年だった。眺める寝顔は存外に幼く、バージルは「まだ子供だったんだな」と感慨深くなって、同時に手放してしまったものの愛しさに打ちのめされた。
     そしてあの日、どうして弟の姿から目が離せなかったのかを思い知る。
     その顔が余りにも安らかだったから――まるで眠っているようだと思ったのだ。
     今すぐに起きろと、そう願っていたのだろう。

    「……ぅ……っ?」
     ダンテが目覚めそうだった。
     今ならまだ無かったことにできる。今後のことを考えれば、特にこの時空の住人であるダンテのことを思えば、今すぐ去るのが得策だと頭では分かっているが、感情が追いついてくれなかった。
    「ぅうー……」
     寝起きの鼻にかかった様な呻き声を上げたダンテが、窓から差し込む陽光が眩しいのか腕を目の上に翳して、ごろりと背もたれ側に寝返りを打った。落ち着く体勢を探して、暫くモゾモゾとしてから自分の腕を枕代わりに再び寝に入るようだった。バージルが安堵に短く息を吐く。
    「……ァージル?」
     僅かな空気の揺れに存在を気取られたのか、眠たげなダンテの声がバージルの名を呼んだ。迷った末にバージルは短く「あぁ」と応えた。
     ダンテは尚もそのままの体勢で、ふぅーと満足気な息を吐いてから「おかえり」と呟くとすやすやと寝息を立て始めた。
     穏やかな横顔を暫し眺めて、バージルは躊躇いがちに手を伸ばす。目にかかる前髪を一房除けて耳にかけてやるも、さらさらと滑る手触りのそれは、いくらも言うことを聞かず、またダンテの目を覆い隠してしまう。
     何度かその動作を繰り返し、一頻り柔らかな手触りを楽しんだ後、バージルは静かに閻魔刀を鞘から抜いた。閻魔刀の切っ先で空間を十字に斬ると、異次元に繋がるポータルが口を開く。
     バージルがその中に姿を消すと、少しした後にポータルはゆっくりとその口を閉じた。
     
     



     ああ、ひまわりよ、時のよどみに疲れ果て
     太陽の足取りを数えているお前
     甘い黄金の土地を探してる
     旅人の旅路の果てにたどり着く土地を
     
     ああ!ひまわりよ! ――ウィリアム・ブレイク
     
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