本日はお招きいただきありがとう 酔っ払っているわけではない。脱稿だって一昨日キメていた。ドラルクは、はて、と愛マジロと顔を見合わせてからロナルドに聞き直した。
「どのポンチにやられたのだね?」
「やられてねえわ! なんだよ、普通に半田をこ、ここ、にお招きしてえって話、そんなに変かよ」
「変も何も、半田くんはいつだって予告なしで突撃してくるじゃないか」
「そうだけど……でももう言っちまったから」
事の発端はロナルドと半田のいつもの賭けだった。どちらがより早く下等吸血鬼を捕まえられたか、より多く退治できたか、などなど、ふたりの間で長年続いている勝負事の報酬のやり取りが善良かつお節介な市民の方に目撃されてしまったということだ。
「なんか苦情きたらしくってさ。公務員が制服姿でコンビニ前で飲み食いするなとか、余計な私語は慎めとか、ワイロ受け取るなとか」
「最後のは真っ当だろ」
「まあな。ワイロじゃねえけど。それで、今回は俺の負けで、でももうコンビニとか行けねえってなると、うちに呼ぶかってなって」
他にもやりようはあるだろう、とドラルクは思ったが、ここで引いては城主の名がすたる、と胸を張った。
「なるほど、それでこのドラドラちゃんに泣きついたってわけかね。『ドラルク様、おポンチな僕に五歳児の猿にでもわかるおもてなしの極意を授けてください』と言えば手伝ってやらんでもないぞ」
「いや、テメーはその辺で、なんかいい感じに……いい感じに邪魔にならなけりゃそれでいいから」
いつもの拳も繰り出さず、わずかに肩を落とした姿が面白くない。
「どうした、若造。変なものでも拾い食いしたか?」
「そうじゃねえって、ただ……まあ、確かにいつも勝手に来るから珍しいもんでもねえよな、って改めて思ったから」
ヌーヌ、とジョンの咎める声に良心がほんのわずかに痛む。
「だが、人目を避けるなら慣れた自宅というのは悪くないぞ。きみにしては満点なんじゃないか? して、どんなおもてなしを考えていたのだね?」
ロナルドの話に相槌を打ちながら、ジョンがメモを取り、ドラルクは算段を立てる。本当に五歳児なんじゃないかと時々思うものの、半田も同レベルなので悪くはないかもしれない。
「よし、ではこのニュードラルクキャッスルの城主として下男のお客様を喜んでお迎えしようじゃないか」
「もうどこからツッコんでいいかわかんねえけど、ありがと、なっ!」
シュッと音を立てて向かってくる拳が当たる前に、ドラルクは砂となって散った。
◇
「こちらはセロリ茶でございます」
テーブルの向かい側では「セロリ」と聞いてロナルドがプルプルと震えている。さすがに同じものは飲めないのか、向かいのカップに注がれるのは普通の紅茶のようだ。
三日後だ、とロナルドからのメッセージを受け取ったとき、半田桃は仕事のスケジュールくらい確認しろ、と呆れた。しかし、本当にたまたま非番だったため、こうしてロナルドの事務所に招かれて、花が飾られテーブルクロスが敷かれて綺麗にセッティングされたテーブルについて、エレガントに張り切ったドラルクの給仕を受けている。
「お、お前が好きだって聞いたから、用意したんだぜ」
「ム、そうなのか」
茶菓子はセロリ茶のスパイシーな風味と合うチーズクッキーを中心に、何種類か用意されている。奇行の気配を察知してカメ谷にも声をかけたのだが、アテが外れた。特に面白いことはない。ただ茶を飲みに来いというのならその必要はなかったな、と半田は改めて唸った。強いていえば、このセロリ茶を震えながら買ったロナルドの様子が見てみたかった、というくらいだろうか。記者の勘を働かせたのか、カメ谷は「その日はちょっと」とあっさりと断った。
「ま、本番はこれからだけどよ」
今回の発端は自分のせいでもある。ロナルドとのライバル関係に注力するあまりに、市民の目を気にすることができなかった。事前に適切な申請をし許可を得て、吸血鬼対策課の一員として市民感情を刺激しないやり方を模索するべきだった。隊長にそう反省を述べれば、ひどく複雑そうな顔で、「わかったなら良い」と伝えられ、サギョウには「他にもっとあるでしょ」と呆れられた。その後、ロナルドにも連絡をしたら「そうか」と言葉少なに、しかし、ひどく落ち込んだ声が電話口から響き、半田の臓腑を冷たくさせた。
なぜロナルドはこうも落ち込むのか。なぜ落ち込むロナルドが気になるのか。尋ねることも、自分なりに考えることも保留にしているうちに、ついまた勝負を仕掛けてしまって、今に至る。
ドラルクが小さなワゴンを押して、マジロがその上に乗っているトレーの蓋を取る。ドライアイスの煙が消えると、小さくくり抜いた色とりどりのアイスクリームの玉がいくつも美しく盛り付けられているボウルが現れた。ストロベリーやキャラメル、チョコレートといったソースが入った容器も添えられている。
よく冷えた皿に盛り付けてもらって、玉をひとつスプーンで崩して口に運ぶ。もうひとつ、違う色のものを割って同じように舐めてみる。
「ダッツだ」
「お、よくわかったな」
ざっと数えても五、六種類以上ある。きっとロナルドでもできるアレンジをドラルクが一緒に考えてくれたのだろう。
ロナルドも皿を受け取って、キャラメルソースをかけている。半田もそれに倣って、チョコレートをかけてみた。
「そのくらいわかるわ。しかし、これは」
「なんか、外で適当にできねえならうちに呼ぼうと思って……そしたら、せっかくだから楽しいことしてえな、って」
ぽかんと見つめれば、ロナルドが目を逸らす。
「ごめん、なんかバカみてえだよな。でも、お前が俺のせいで叱られたって聞いて、それで」
あたふたと説明するロナルドが、しまった、と口を抑えた。
なるほど、と半田は理解する。確かにバカみたいだ。勝負だってこんなに大袈裟なものを賭けてするものではない。
バカで、あまりにお人好しだ。
半田はにやける頬を誤魔化すように茶を啜る。セロリの爽やかさが濃厚なアイスクリームとまったく合わない。ドラルクをちらりと見れば、わかってないよね、とでも言いたげに肩をすくめられた。
「貴様にしては気が利いているな」
沈んだ顔色がぱあっと華やぐ。まるで子供だ、と笑い出したくなるけれど、お招きいただいている立場なので、半田はぐっと堪えた。
「ほら、貴様も食え。溶けているぞ」
「おう」
その後はマジロも交えてダッツパーティーはおかわりがなくなるまで続いた。煽り合い罵り合いもなく、ただ夢中になってアイスを頬張るというような時間は初めてだったかもしれない。
「美味かったぞ」
「そいつはよかったぜ」
安心してふやけた顔はいつもどおりに間抜けだ。腹に溜めたアイスとは真逆に胸が不思議と温かくなり、わくわくと軽くなる。
「だが次も俺が勝ってやる」
「はは、好きにしろ」
こう言うけれど、ロナルドはなんだかんだ勝負に乗ってくれるのだ。半田はにんまりと笑顔を作り、改めて告げた。
「本日はお招きいただきありがとう」
「おう、いつでも歓迎するぜ」
ヌー、とマジロがドラルクと顔を見合わせ、半田はロナルドが何を言ったのか自覚する前に、腹を抱えて高らかに笑い始めたのだった。
おしまい